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最弱の魔王が最強の勇者を倒すまで  作者: NEO
誰かに喚ばれて
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神がいる城

 その城は、熊本城だとか、名古屋城だとかとは違う、西洋の城だった。まるでファンタジーにでも出てきそうで、怪しげな雰囲気を醸し出している。

 なんとも場違いな感を否めない。ふふふ。場違いな感じだ、誰から見ても。

 城に城壁はなく、(城を建てるには)小さい敷地に、むりやり収めたのが一目瞭然だ。


 城にはお堀もあり、城の周りをぐるりとを囲っている。その中には、ひどく澄んだ清水が溜まっていた。幅は十メートル弱で、奥底まで見通すことができ、だいたい水深は五メートルといったところか。


「うわ、すげえな。」「本物のお城なのかな」

 というような、驚きをただただ述べているだけとしかいえない感想を、口々に漏らす。


 まあその気持ちは分からんでもない。これはインパクトの大きさ、それだけを考えられて造られた城だからな!


 彼らが堀の脇まで来ると、ゴゴゴゴゴ(こんなに大袈裟ではないが)、と跳ね橋がおろされた。


 跳ね橋がおりたことによって、城の中が見える。暗いわけではなく、真紅のカーペットが敷かれている。天井には豪華絢爛なシャンデリアが吊り下がり、彼らを誘っているように見える。戦いのためと言うよりは、誰かの住まいとしての印象が強い。


 彼らは跳ね橋が急に動いたことに二の足を踏み、なかなか口を開けないでいる。


 そんな中、いい意味で空気を読まない裕香が急かす。


「ま、とりあえず入ってみましょう。それで何かわかるでしょ」

「そうですね。ここで止まっていても何も変わりませんもんね」


 そう和樹が同意することによって、彼らはようやく、魔法が解けたかのように、表情に落ち着きを取り戻した。


 彼らは跳ね橋を越え、恐る恐る城内に足を踏み入れた。


   ◇  ◇


 それから十五分くらい経っただろうか。

 彼らは、今からどこかの王に謁見するのではないかと錯覚しそうなほどの威容を誇る、分厚い扉の前に立っている。


「多分、ここに何かあるんだよな」

「だよな、俺の勘はここしかないと知らせてる」

「もう、なにを馬鹿なこと言ってるの。この城全部回っても、なにもなかったんだから、ここに決まってるでしょう」


 少しばかり頭の悪そうな会話をした恵也と清治を、裕香が(たしな)める。


「じゃあ開けるぞ、いいな」


 恵也が確かめるように、ひとりひとりの顔を順に見る。躊躇(ためら)う者はいても、止める者、咎める者がいないことを確認すると、ぎぎぃっと軋ませながら扉を押す。


 部屋の中は、絶妙に見渡せない程度に薄暗かった。


 他の場所と同様に、赤と金を基調としていて、かつ安っぽさを全くを感じさせない荘厳な空気が場を支配していた。張り詰めた冷気が和樹たちを押さえつけている。


 息ができない。


 彼らはそう感じ、はやくこの部屋から逃げ出そうと思った――しかし身体が冷気にがっちりと捕まえられ、どうにもならない。


 全員の心拍数が勢い良く上昇し、右肩上がりで下がる様子がない。彼らの後ろで扉がバタン! と閉じたのも影響している。焦れったいくらいに時間が遅く流れるわりに、彼らの思考はどんどん、どんどんどんどん加速してゆく。


 ここには何があるのか、誰がいるのか、何が起こるのか、誰が起こすのか。どうしてこんなにも巨大な誰かの気配を感じるのか、彼らには判らない。

 悪意なんてないのに、いっそ殺意さえ持たれているのかという勘違いを起こすほどの恐怖に似た気持ち。感情。本能としての忌避。それは人間を超えている。人智を超えた化物ですら回り道をする、絶対存在。


 ある人はそれを悪魔といい、ある人はそれを精霊と呼ぶ。そしてある人は神という。その息遣いが、彼らに聞こえてくる。世にも不思議な圧迫感。足は震え、胴体は空に固定され、頭はフルで働こうとするも、その存在の掴みどころのなさに怖気づき、空回りだ。彼らには選択が残されている。まだ、逃げられる。ここで立ち向かうか、尻尾を巻いて一目散に逃げるか。


 逃げる先なんてなくても、もしかしたらここにいたほうが危ないのかもしれないのだから、贅沢も言ってられない。こんなところで死ぬよりは、何も見つけられず餓死する、というオチのほうが救いがあるかも。ほの暗い冷気はついに彼らの耳元まで達している。こころなしか、彼らに帰れ、帰れと警告しているかのようでもあった。


 部屋の主が彼らを歓迎しているということは勿論なく、ただこれといって迷惑な感じもせず、無関心だけがあるように思われた。この場にあるのは沈黙だけで、誰の意思も付随していない。


 彼らの時が停滞し、脳が稼働不可能な状態に陥っている中――――和樹は、勇気を持って薄闇を見据えた。この中で最も孤独と闇を知っている彼は、逃げ腰になりそうなところをなんとか奮い立たせたのだ。彼には勇者になる素質がある。


 見据えながら、彼は聴覚も研ぎすませた。


 すぅー、すぅー、という風にしては不自然な音に違和感を覚え、それが何か特定しようとした。


 ここで彼の眼が何か発見した。


 部屋の奥に誰かいる。高さ三メートルはある椅子に座っているので細かい輪郭は判断できないが、人型なのはかろうじて分かる。


 おそらくあれが、冷たい空気を作り出している絶対存在だ。


 しかし、それは石像のように殆ど動かない。時折頭が揺れたり、胸部が上下する程度だ。


 すぅーすぅーという音がより大きくなっている。


 和樹はその音をはっきりと認識した。

 彼は不意に気づく。


 そして、その閃きが勇み足ではないと、辻褄を合わせながら自分に対して証明する。


 証明が充分に満了すると、彼は混乱しながらも、その閃きを、いや、問題に対しての解答を口に出す。この部屋の主に、もしくは彼の仲間たちに。



「もしかして、貴方さっきから寝てます!?」


   ◇  ◇


「……ん……うんんん…ん…………ん?」


 城の主と思われる人物が、部屋の奥の椅子で目覚める。まだ眠りからは完全に抜け出せていないみたいだ。


 瞬間、部屋の灯りがつく。柔らかな灯りだ。壁に設置されている蝋燭(ろうそく)までが灯る。

 彼らの顔を照らす。


「どうしたんだよ、和樹」

「いや、ほら奥にいるの、人じゃん。ってかあれ、女の人じゃん」


 恵也疑問に答えると、奥の女性がぱっちりと目を開けた。んー、と伸びをしている。


「んー、よく寝ました。ん? あなたがたは、誰? なぜそこにいるのですか?」


 女性は起きて早々和樹らの所在を察知する。鈴の鳴る、透き通る声である。ソプラノ歌手然とした綺麗な声だ。


「え、いや、あの、俺た……じゃなくて(わたくし)たちは、その……」

 

 彼は丁寧にも一人称を私に言い換えるが、その後言い淀む。自分たちを表す言葉が見つからないのだ。


「あ。 和樹くんじゃないですか! それに、恵也くんと海里ちゃんと雄太くんと歌那ちゃんと清治くんと裕香ちゃん! どうしたんです、こんなにも早く。……早く?

 ……ってもうこんな時間、あなた方ずっと待っていたのですね、申し訳ありません」


 女性は彼らが来ることを(あらかじ)め知っていたらしく、更には個人個人の名前まで認識しているようだった。

 

「儂の手違いで待たせてしまって申し訳ないのう」

「いえ、大丈夫です。ところで、貴女は誰で、ここはどこなんでしょうか」


 言って、彼は今一度女性の全身を見る。ちなみに、彼以外が答えていないのは、まださっきの冷気が体に残っていて、硬直が解けていないからである。



 品格の感じられる口調の女性は若く見える。二十代後半といったところだ。


 サラリとした金髪で、真っ白な肌を持ちながらも、柔らかな日本人の顔立ちだ。キリッと鋭く見つめる眼は、決して嫌なものではない。不思議と心地の良いものだ。

 メイクを施したようには見えないのに、トップモデルばりの美人である。女性らしいふくよかなボディラインを保ちつつ、モデルのような美貌を誇るという、完璧な美人だ。


 漆黒を基調とし、金糸が鮮やかな模様を彩る和服を着ている。着物が一段とその女性の美しさを際立てている。


「わたくしは天照大神(あまてらすおおみかみ)といいます。日本人の言うところの。一応創世の神ですよ」

「天照大神って主神ではあっても、創世神ではなかった気がするんですけど……違いましたっけ」


 女性ああ、と納得しため息をついた。


「わたくしは日本人に伝わる複数の神を兼任しているもので、時々混ざってしまうのです。他の幾つかの地域の神もしています。例えば、ヴィシュヌやアテネや、まあ色々。創世神には限りません」


 思った以上の大物だ。


「え、アテネはともかくヴィシュヌ……?」

「ほいっと」


 和樹の疑問に対し、彼女は目の前で変身してみせる。先程の美しい女性が、健康的に青白い肌をした、手が四本ある背の高い男性になった。


「こんにちは、ヴィシュヌです。維持の神と呼ばれています」


 すると彼女は(彼か?)また変化(へんげ)し、眼鏡を掛けた男性になった。


「ふー、変身するのは肩凝るなあ。やあこんにちは。一応私も日本名なのだけれど、とりあえず自己紹介を。沖胡桃英雄(おきくるみ てるかた)だ。宜しく」

「は、はあ。よろしくお願いします?」

「なんで疑問形なんだよ」


 ここでようやっと硬直から復活した恵也がキレのいいツッコミを入れる。ナイスコンビネーション。


「もう一度確認するよ。君たちは、学校帰りに急にここに飛ばされた、いい?」


 和樹たちの肯定を受け、彼は続ける。


「君らがここに来たのは、私と会うため。本当は私が迎えに行く筈だったんだけどね。こちらの不手際で申し訳ない。

 単刀直入に言おう」


「君たちは、君たちの住んでいた世界とは違う世界から喚び出された、簡単に言えば異世界から召喚された」

「召、喚?」


「そう、召喚。異世界転移モノって聞いたことない? それと同じさ。向こうにどんな事情があるかは知らないけれど、誰かが君たちを召喚した。正確に言えば、召喚の儀を執り行った。まだ召喚は完了していない」

「ん、召喚の儀式が終わったのに、なんでオレたちがここに?」


 恵也が訊くと、他の者も、うんうんと首肯する。

 

「召喚の儀式が終わって、君らが喚ばれ、向こうに出現するまでの一瞬は、まだ過ぎていないんだ。ここは、時間の流れが、君らの世界とも、向こうの世界とも違うからね。」


「時間の流れ……」


 海里が反芻(はんすう)する。文字通り違う次元に存在する、この世界についての疑問は尽きない。


「まあいいんだよ、それは。別に大して気にするところじゃない。私が言いたいのは、君らが行く異世界のことだ」

「えっ。私達が異世界に行くのは確定なんですか? 帰れないんですか?」

「あー。そうそう、確定してる。君らが帰りたいと望むなら帰れないこともないけど、まだ駄目。喚ばれてるんだから、その目的を果たしてからでないと。」


 その衝撃的な話に彼らは狼狽する。


「まじかー、戻れねえのか。きついな」

「本当にひどい話だにゃあ。勝手に喚び出すにゃんて」


 清治と歌那がそう愚痴を口にする。しかし決まっていることらしく、どうにもならない。


「んーごめんよ。帰したくても決まりごとだからねぇ。まあ安心してよ。ことが終わっても、万が一帰りたいと言ったら、送り返してあげるよ。君らが居なくなった数刹那後の世界に」

「良かったぁー」


「帰りたくなるかは別だけどね。

 ……早く説明させてくれ。

 まず、君らが行くのは、いわゆる剣と魔法の異世界だ。剣とか魔法の職業適正については、バランスの取れた能力(ちから)を割り振るから気にしないで。

 とりあえず便宜上伝えておくよ。」


 彼の話によると。


 和樹:魔術師+α

 恵也:魔剣士+α

 海里:魔法使い+α

 清治:弓士+α

 雄太:重戦士+α

 歌那:獣戦士+α

 裕香:賢者+α


 と言うような感じになるそうだ。賢者とかは職業ではない気がするが、気にしたら負けだ。見てみぬふりだ、諸君。


「あとはねぇ……ゲームみたいにレベルがある、なんてことはないから気をつけて。もちろん鍛えれば強くなるし、強くなる割合も元の世界より大きいけどね。それに、少なくとも君らはスキル制でないってことも心の隅においておいて」


「それと、そうだな、向こうの者は人間だから安心してってことと……君らを喚びだした人を皆殺しにしたりしないでね。あ、や、ごめん、君らがそういうことをすると思っている訳じゃなくて、前にそうした人が居たもんだから、つい」

「いいですけど……」


 彼は腕の時計みたいなものを見て、急ぎ始める。


「お、時間だ。私は仕事が残っているから、そろそろ行くよ。えーっとあとは……。」


それから、彼は早口でまくし立てるように言う。


「じゃあ最後に一つ。

 君らは決して無敵じゃない。同じように何処からか転移してきた人もいるし、転生してきた人もいる。言葉は分かるようにしとくけど、相手を信頼しすぎちゃダメだ。

 じゃあ――」


 ばいばい、と彼が言い終わるのを待たずに、和樹たちの視界は薄れていく。


 和樹たちは何も言うことができず、何を問うこともできずに、神は目の前から消えていった。


 彼らの意識は徐々に闇に覆われていき、遂に何も考えられなくなった。

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