ある可能性
「会ったことが? 二、三年前に? もちろんです、ぜひぜひ話してください。少しでも情報が欲しいですから」
目を丸くして驚くダニィル。その反応も当然だ。その存在を知る者さえ少ないのにも関わらず、まさか出会ったことがある者がいるとは、それも当事国の首長がそうであるとは、想定外であることも自然だ。
「うむ、ダニィル君からは沢山情報を貰ったからな、よし、話そう」
と言ってラウロは髭を撫でる。
「時は……もうら言ったな、そう、二、三年前だ。二、三年前に……民からの依頼があった。あれはどこだったか」
「クルグの村でございます、ラウロ様」
ラウロはぱちぱちと瞬きして
「ああ、そうだったな。クルグの村、いい所だ。そうだそうだ、思い出してきた。たしかあそこは、低中級の迷宮が多くてだな、うむ、村人が皆一様に助け合いの精神を大切にしている、とてもいい村だ。あー、竜もどきとやらが出たのはあの村の近くのダンジョンだったか?」
「はい、しかし竜もどきの強大さに対してはおかしなくらい低級のダンジョンでした。ただとてつもなく巨大なダンジョンでしたので、それが原因の一つではあるかもしれません」
ダニィルは訝しげに疑問を投げかける。
「あれ? 国王であるラウロ様ご自身が依頼をお受けになったのですか?」
「ああ、そうですね、事情を知らねば疑問に思われるのも無理はありません。当時ですね、上位・中位の冒険者はほとんどが出払っており、騎士団も別件で国から離れ、最低限王都に配備できる程度にしか残っていなかったのです」
「そこで仕方なく、私やローレンツ、数人の私専属の私兵、それに残っていた下級冒険者たちで討伐隊を結成したのだ」
一応は納得するダニィルだが、今度は和樹のほうに疑問が生まれてしまった。
「えっと、下級冒険者を連れていく意味ってあったんですか? お話を聞いている限り、下級では対応できないような過酷な任務のように思えるんですけれど。重荷ではないのかな、と」
疑問に思うのも無理はない。だが、きちんとした理由があるのも確かだ。
「うむ、それに関しては、私がカバーすればいいだけであったし、彼らに重圧などかけぬよ。彼らにさせたのは、偵察と、深部へ至る道の雑魚を相手してもらっただけだ。迷宮から即座に脱出できる道具も渡してあり、怪我をした時のため、宮廷に残っていた治癒士二、三人も連れて行った。もちろん宮殿をからにする訳にはいかないから、その辺はしっかりと検討した上での編成だ」
「凄く細かく考えてその結果になったわけですか、なるほど。理想的な上司じゃないですか……そういう人間ばかりならなあ……あ、いや、なんでもありません」
和樹のつぶやきは故郷へ向けての憂いからのものだったが、ここからでは何もできることは無いのだった。
「うん?
まあそうだな、つまるところそういう事情だ。それにしても、強かった。君たちは竜もどきと言うが、そんなものだとは到底思えないほどには強敵だった。倒すのに二十分もかかってしまったのだからなあ」
そんなふうに懐かしむように目を閉じる。情景を思い出しているようだ。
……どうやら、彼にとって、巨大な怪物との戦闘は、恐怖よりもまず懐かしいという思いが出てくるようだ。強敵だとはいえ、モンスター程度にはやられないという自信の表れでもあるのだろう。
しかも、もどきとはいえ、竜と同等の力を持つ怪物をたったの二十分で倒すのは並大抵のことではない。
それを長いと感じる彼はやはりずば抜けて強者であると言えるだろう。
いやはや、末恐ろしいものである。
「息吹や魔法、あとはなんだ、あー、技か。その辺の攻撃を、見て、受けてみたが、実際の竜と大した違いはなかった。威力も、系統もな。何かしら、他の強力なモンスターが擬態している、と、そういった可能性は望めないだろう」
擬態であったならば、楽だった。それだけならば、竜と脅威度は大して変わらない。しかし、そうでないのだから、話は簡単に終わらない。
あくまで、『もどき』なのだ。
出処を探らなければいけない。
と、ここで、和樹はひとつの可能性に思い至った。別の科学が発展した世界から来た和樹だからこそ、思い出せたことだ。
それは――複製という可能性。
この国では、この世界では、まだ一般に認知されていない、高度な技術。精々が、上の方にいる聡明な学者達が曖昧模糊な妄想を、なんとなく、思い描いている程度だ。
それが、この世界出身であり、また高度な科学技術を学んだ、ダニィルの考えである。曖昧な認識、故に、彼は気づけない。
和樹も、ともすれば、気づかない所であった。
そこまで精密であり、強大な複製だというのならば、その実験(もしかすると実践段階かもしれないが)の行為者は、ひどく高次の学者であり……その技術は、元の世界をも、軽く超えている。
なにせ、普通の複製であれば、寿命が短くなるなど、劣化コピーとさえ言える結果になってしまう。それが、自由に動き、竜と大差ない強度を持つという。
その上、一体のみではない。複数体、しかも発見されているだけでも、かなり多い頭数が存在しているのだ。
まだ――――可能性の話ではあるが。
油断は……
出来ない。
和樹は何も言わなかった。言えなかった……そんな荒唐無稽な可能性、和樹が言えるわけなかったのだ。
「対策としましては、先程の少年の件と同様に、我が国の方面ということですから、先程の件も重要性を増します。関連しているかも知れませんからね」
「そうですな。これは我々二国だけで対処出来る問題とも言えなさそうです。ひとまず我々の間にあるいくつかの国に協力を求め、この二件に対する同盟やらを作らなければいけません」
「とゆうわけで、そうですね、早速、私たちの帰国後私とローレンツ様……で交渉しに行くこととしましょう、いいですね?」
「勿論ですとも!」
ローレンツは恰幅のいいその身体を揺らし、誇らしげに承諾した。
話が早いな。外交官同士の距離が近い、親密であるためか。
「うむ、これにて会談を締めくくろうか。いや、いい話が出来た。細かな対策はおいおい決めていけば良い。とにかく今は、問題が起こっている可能性のある街道、地域を押さえ、次なる問題が起こるのを監視しよう、ということだな」
と、ラウロはさりげなくではあるが、和樹に分かりやすいようにまとめ、話を終えた。
そのあとはなんとなくの雰囲気で会談を終わらせ、和樹とダニィルは宿泊部屋に戻ってきた。
部屋の前でダニィルと別れ、静かな部屋に入った。
「ぷはあ!」
と入るなり息を吐き出す。
そのままふかふかのベッドに飛び込む。
「気ぃ張るの疲れる! ひどいわ、あんな緊張した雰囲気。ラウロさん? もめちゃくちゃ重々しいオーラ出しているし……大変だったあ……」
そりゃあ大変だったろう。つい先日までただの一高校生だったのだ。重荷も重荷、彼の両肩にかかる責任は、前の世界で言う大統領や、総理大臣並の重さだ。
本来ならば、こんなに多くを背負わせるつもりではなかったのだが……上手くいかないものだ。
和樹はおもむろに掛け布団を上げ、中に入った。うつ伏せになって呟く。
「ふうー。やっと落ち着ける」
枕に突っ伏しているからもごもごとしか聞こえないが、大体こういうことを言っているようだ。
「暇だ……」
突っ伏して、そのあとすることがない。会談の前にも起こっていたことだ。違うところはといえば、疲れたとはいえ、会談前にいくらか寝てしまっているところか。そう、眠気など消えているのだ。
寝転んでいても寝られない。
退屈は人を殺す、とはよく言ったものだ。
暇を持て余した和樹は、窓辺にもたれ、外の風景を楽しみ始めた。後で絵に描きおこすつもりなのかもしれない。
まあ、精々、つかの間の平和を楽しんで頂こうか。