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最弱の魔王が最強の勇者を倒すまで  作者: NEO
着いたらそこは魔王城
20/23

竜の巣

 神々しいオーラを纏った竜が、そこに眠っていた。体を丸めても数十メートルはある巨体は、ただそこにあるだけで和樹達を威圧してくるようだ。死んではいないようだが、その体は微動だにしない。

 よく耳を澄ませば、ごおお、という洞穴を抜ける風のような音がする。竜の寝息である。

 竜は全身を黒ずんだ灰色の鱗に覆われ、巨大な翼を生やしている。黒竜という表現が合っているだろう。


 いつかのグリフォンが赤子に見えるくらい、偉大な王者としての風格だ。



 そこには静寂のみがあった。日常の一切から切り離された、見方によっては『神聖』とも言える異常な空間だった。

 和樹の足が石に当たった。石は巣の縁に転がり、からからと音を立てながら落ちていった。



 かちゃん。


 小さい音だった。



 が。

 竜は不快そうな表情で、もぞもぞ動いた。起きてはいない。しかし、その動きは和樹やファイリを戦慄させた。



 その時。大きな影が地面に被さった。


 皆が咄嗟に上を向く。二匹目の竜であり、この眠っている黒竜と縄張り争いをしている竜だ。燃えるような紅の身体をしている。

 天を背負い、地を見下ろす。

 間違いなくこの竜も、王者たる風格を備えていた。


 王者が同じ場に存在することはない。間違いなく闘争が行われることだろう。



 ほどなくして、地上に着いた紅の竜は、敵の巣を鋭い視線で睨む。いや、あるいは悠々と見下す。己の優位を信じて疑わない。その竜はそれだけの実力を持っている。


 紅竜は大気を取り込み、溜め、放出する。幾度も命を屠ってきたであろう凶悪な(やいば)から、青みがかった紫の光が覗く。

 その口から光が溢れ出した。紫色のそれは、強力な炎の息吹であった。


「くっ、暑いっ」

「ぐうぅ」


 和樹だけでなく、ダニィルやファイリも辛そうだ。炎の元からは十分に離れているのに、距離がまるで意味を為していない。


 炎は黒竜の表皮を這い回る。じりじりと焼き焦がそうと、それはまるで舐めまわすように。


 微動だにしなかった黒竜が、ぴくりと、身体を揺らした。重い(まぶた)を鷹揚に開く。

 眠そうに『伸び』のようなことをしたあと、鈍重な動作で、鎌首をもたげ、炎を吐くか、と思われた。しかし、一瞬の間に俊敏な動きに変わり、己に炎を浴びせた竜に飛びかかった。


 その巨躯を動かしているとは思えない猛スピードで飛び出す。黒竜の爪が敵の首筋を捉えた。軽い金属音。しかし爪は弾かれることなく、鱗の隙間に突き刺さる。ザクッ、という、肉が飛び散るグロテスクな音がする。突き刺さったところの周りを覆っていた鱗も、その衝撃で何枚か弾け飛んだ。鮮血が舞う。


 表皮を打ち破られ、紅竜は呻き声を発する。苦悶の表情に顔を歪める。目には憎悪の炎を滾らせて、邪悪な感情の矛先を黒竜に向ける。


 対して黒竜は、あれだけの炎を喰らいながらも余裕があるようだ。


 天を仰ぎ、咆哮する。


『GRAAAAAAAAAAAAA!!』


 和樹たちは咄嗟に耳を塞いだ。本能から出た行動であった。


「……っ!」


 その行動は正しい。何故ならば、竜の咆哮には特殊な能力が保有されているからだ。それ即ち行動阻害能力。その力の影響下におかれたものは、意識が朦朧とし、行動を起こそうにも身体が動かないという状態に陥る。

 竜であっても、その例外ではない。

 地面に張り付いたかのように、固まっている。辛うじて、筋肉が生理的な働きによる痙攣をしているくらいである。その表情は、もはや黒竜の敵のものではなく、ただの敗北者の惨めなものだ。


 必死の抵抗に口を開け、自分もなんらかの能力を行使しようとしたのだろうが、無意味に終わった、というか使わせてすら貰えなかった。


 黒竜が再び寄って、麻痺している相手に噛み付いた。大きな顎に付いている凶悪な(やいば)が、紅竜の首筋に襲いかかる。爪での攻撃よりもわかりやすい形で、その鱗を砕いた。まるで岩でも破壊したかのような轟音。


 紅竜は断末魔さえ発せなかった。自分の力に対して、敵の力が強過ぎた。抵抗など、できるはずもなく、呆気なく散ったのであった。


 横たわる紅竜の死体。黒竜はそれを足蹴にし、巣に戻った。勝ち誇った表情だ。

 重量感のある巨体を、のそりのそりと動かし、地に伏した。眠そうに欠伸をして、ゆったりした口調で和樹たちに話しかけた。


『して貴様らは何故(なにゆえ)そこに突っ立っておる。儂の邪魔をするわけでも助太刀をするわけでもない。何が目的なのだ?』


 脳内に響く。念話のような類いの能力だろう。


 すかさずダニィルが進み出て応対する。


『わたし達は、近隣の国からの使者であり、ここで起きているという竜の縄張り争いを鎮めに来た者です。もう終わったようですが』


 彼は毅然とした態度で、竜と退治しているとは欠片も思えない風体だった。

 和樹は、彼を見て、足が小刻みに震えていることに気づいた。ダニィルのような優秀な人であっても、竜には怯えてしまうのだなあ、と妙に感心した。和樹の物言いには少しだけ誤りがあって、それは優秀()()()()()怯えるのではなく、優秀()()()()()怯えるのだという点だ。

 竜に喧嘩を売るような真似をする愚か者は長く生きられない。ただし、竜も媚びへつらうだけの馬鹿は好まない。多少の敵対心くらいは見せた方が、むしろ命の安全は保証される。

 つまり、ダニィルは考えうる限りこの上なく適した対応をした、と、そういうことだ。彼の確かな実力の上に、今の地位があるのだ。


『ふうむ、良い、良いぞ貴様。立ち向かおうという気概は伝わったぞ、気に入った。それでなんだ、使者だ? 他国の事情にまで首を突っ込んで何がしたい?』

『他国の事情? はて、なんの事やら』


 情報が漏れているのか、とダニィルは焦り始める。竜という上位存在であれば全て筒抜けであってもおかしくない。そんな思考の下、かまをかけにいった。焦りのせいか、効果の薄いものにはなったが。


『とぼけんでもいい。儂は貴様程度の考えなら読めるわ、無駄な足掻きはやめよ』


 子を諭す父のような口調であった。


『し、失礼しました。我が国はかなり酷い状況にあり、他国の要求を拒む力は今はありません。ゆえに我らはここにいます』

『竜が争っている、そして周辺の人民に被害が出ている、とそんな所か。対策として、争う二匹に直接交渉するというのは、褒められたものでは無いが、あながち的外れとも言えない。我々は理知的な種族だからな、()()()

『本来は……? 何か異常事態にでもなっているのですか?』

『話してやる義理はない、と言いたいところだが、そうだな、その問題を解決すると言うなら教えてやらんでもない』


 と、そこまで言って黒竜は、また欠伸をした。うつつの悩みなどとは無縁のように見えた。実際、竜と人は違う、違いすぎる。人間の価値観に合わせて悩みなどというのも馬鹿らしいのかもしれない。


『教えてください、解決しようじゃありませんか』


 ダニィルが思い切った決断をした。代償を払ってでも、この情報が重要であると判断したのだろうか。


『うむ、よろしい、教えてやろう。実を言うとだな、儂の争った相手は先の紅竜だけでは無い。ここ数ヶ月、いや、人間の感覚に合わせるなら数年、縄張りを奪いに来る竜が増えてきている。特に、ごく最近、貴様らでいうここ二、三ヶ月で、九頭と接触している』

『ここ二、三ヶ月で? なぜだ? 竜種はそこまで多い種族ではない。竜同士では一年で二回程度のエンカウントが普通であるというのに』


 何かが起きている。


 黒雲が立ち込める。

 にわかに雲行きが怪しくなった。

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