喧嘩の仲裁
今回から文量を少なくします。作者が遅筆であり、まただらだらとした展開になりやすいというのがその理由です。
次の日。
竜の出現を王宮に報せ、その後の行いを決めたという。
ダニィルの前に、ファイリと和樹が、真剣な面持ちで座っている。あ、正座とかじゃないぞ。普通の椅子に座ってるだけだ。
「それでダニィルさん、これからどうするんでしょうか」
「和樹様、清々しいくらいの手のひら返しですが…….。まあいいでしょう。今から、竜たちの争いを仲裁しに行きます」
「え、俺達だけでですか?」
「はい」
本来であれば、シャンクペトルという国が直接行うべきことだ。しかし、それは平常時であればという話だ。
竜の争いというものは、非常にデリケートなものである。そんなものに、国ひとつが動くというのは、状況を悪化させかねない。実際、対応策を見誤って小国が滅んだこともある。
かなりのハイリスクが伴うのだ。ではどうするか。国が動けないなら、個人で仲裁しに行けば良い。あくまで一個人として話しに行ったなら、失敗しても怒りの矛先が国に向かうことは無い。
「そういうわけで、わたし達で行くことになったのさ」
「いや、そういうわけでじゃなくて」
「ん? なにか異論でも?」
「バリバリ異論あります」
断言する和樹を見て、ダニィルは苦笑いする。
「バリバリ異論があるんですか。バリバリ、ねえ。どういった異論が?」
「まあ、少人数で行くのは分かるんですけど、なぜ我々が行かねばならんのです。だって、失敗したら全責任が掛かってくるわけでしょう?」
「まあ、二国間の友好のため? とか」
「友好? 具体的には?」
「『協力せねば攻め入る』」
「思いっきり脅されてんじゃねえか!」
シャンクペトルの政治は割と力任せのようだ。無駄に歴史が長いせいか。無駄に軍事力が蓄積されているためか。どちらにせよ、交渉の現場は緊迫していただろう。
ダニィルが肩をすくめる。
交渉という修羅場を潜り抜けた者とは思えない仕草だ。平然とし過ぎだって。少しくらい怯えたような雰囲気を出してもいいものを。
彼の肝っ玉は、しっかり不動を保ち続けられる、とても頑丈なもののようだ。まあ、そういった精神力の強さがなくては、側近の役目など、簡単にはこなせないだろうから、当然のことなのかもしれない。しかも彼はただの側近でなく、魔王の側近だ。
「まあ、それほいいとしましょう。それじゃあ結局どうやって竜を鎮めるんです?」
「説得する!」
と、至極真面目な顔で言った。
「それって無策の言い換えでは……」
「そんなことはないさ。ほら、エイヴィがいるじゃない」
「まあいますけど?」
と、そこで押し黙っていたファイリが口を開いた。
「竜人であるエイヴィさんが変身して、同じ種同士説得しに行くわけですか! なるほど」
「ああうん、そういうこと。これなら無策とは言えないよね」
「でも、竜って種族の性質で、あまり仲がいいわけではないと聞いたのですが。だから縄張りが重ならないように各々気をつけていて、いざ重なってしまえば大喧嘩が始まるとか」
「それは……」
「そのことなら、私が説明するぞ、ファイリ殿」
現れた声に反応し、ファイリと和樹が声の方を見る。
エイヴィだ。誇らしげな表情をして、二人の顔を見ている。ふん、と鼻を鳴らして意気込む。頬が緩んでいる。
「私はな、竜という長命種の中では、比較的、いやかなり若い部類に入るんだ。人で言えば、大体中学生くらいだろうか。だから、この人の姿は実際よりも年齢が若干上乗せされている……のだが、それは関係ないか」
たしかに、彼女の姿は高校生くらいだから、少し上乗せされているというのなら、相当若いのだろう。
視線が集まっていることで照れくさそうだ。頬を僅かに紅潮させている。
こめかみを搔いたのち、話を続ける。
「ということでな、竜からは構ってもらえるというか、可愛がってもらえる立ち位置にいるんだ」
「ははあ、つまり孫ポジションと」
「孫ポジ……まあ、そういうことだな」
可愛がってもらえる立場か。便利なものである。
「竜と言っても歳が離れていれば喧嘩にはなりにくいというわけですね」
「どうだ? これで納得いったんじゃないか?」
「納得はできましたが……」
「俺も、不本意ながら納得できないことは無いくらいなら」
「それでは今から行こうか!」
その言葉を待っていたとでも言うように、ダニィルは言い切った。
「「そんなぁ」」
行きたくなくとも、二人に出来ることはないのだった。
◇ ◇
竜という生き物は、雄峰に住処をつくる。餌を求めて降りてくる時以外は、ほとんど巣に篭っていると考えていい。
何が言いたいかと言うと、つまりは、竜に会いたければ山を、しかもかなり険しい山を登る必要があるという事だ。
現代っ子、さらに言うなら体育会系ではなかった和樹にとって、この登山は過酷極まるものだった。
「つ、疲れました。休みましょうよ」
「なんだ、和樹殿、もうへばってしまったのか、情けない」
「そう言われましてもね、現代っ子がこんな山登ることはそうあることではないんですから、当然の帰結です」
エイヴィはふむ、と頷いて
「じゃあ、私が担いでいこうか?」
とニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「ほんと!? 是非とも頼みたいです!」
エイヴィとしては、『流石に女性に担がれるのは……』といった反応を期待していたようで、ガッカリした様子が分かりやすく表情に出ている。
だが、ちょっと待って欲しい。初対面の時に担いだのを忘れたのだろうか。
誰だって、エイヴィに担がれた経験があれば、遠慮などしなくなるに決まっている。よって和樹が大したリアクションをしなかったのも、当然といえば当然だったのである。
「全く和樹様は、しっかりして欲しいものです。今からでも遅くないので、筋トレなりなんなりをやって下さい。毎日」
ダニィルがプチお小言を口にするけれど、彼も疲弊している。人の事を言えないとはまさにこの事だ。
「そうですよ。なんなら僕がお手伝いしますから」
一応ダニィルの前であるから、ファイリは丁寧語で話している。彼に関しては、体力が有り余っているらしく、元気を持て余してすらいる。
和樹にこの十分の一でも体力があれば。
うむ、明日からの特訓は確定とみていいだろう。
元の世界で外に出なさ過ぎた報いというと、すこし言い過ぎかもしれないが。
エイヴィが近寄ると、和樹は、大歓迎だ、というような満面の笑みで迎えた。
提案したのはエイヴィだが、いまは若干辟易している素振りをみせる。それでも担ぐところは格好いいが。
「よいしょーっと」
「ちょい持ち方雑じゃないかな? ねえ、不安定だよ。落ちそうで怖いんだけどさ」
「たぶん気のせいだろう、安心してくれ」
怖がる和樹は、体が横向きで担がれている。不安定以前に、この姿勢では、披露も溜まるだろうから、実は担がれた意味はあまりない。
いや安心できないよ、とか、もう降ろして、とかいうふうに道中うるさかった和樹に、エイヴィが言う。
「もう着くぞ。静かに。竜というのは意外と繊細なんだ」
「うん、和樹様、あと数分で竜の巣です。少なくとも一頭の『気がたっている竜』がいるはずです。刺激しないようにお願いします」
竜は喧嘩で興奮状態にある。無闇な刺激は危険だ。
そういう理由で、大きな声を上げることすらも、制限したのだろう。
それから幾許かの時が経ち。
どさり。
和樹は頭から地面に突っ込んだ。
痛そうだ。
「痛っ。ちょっ……」
文句が零れそうになった和樹に気づいたエイヴィは、あわてて彼の口を塞ごうとした。
しかし結果的には意味がなかった。
和樹は、眼下の荘厳な光景に目を奪われ、口からすらも力が抜けてしまったからである。
太古から生き続ける竜。
人間がその巣を見れば、ただただ感動するだけであり、それ以外の感情は、湧き出ないというものだ。