王都観光
一階に下りると、皆はもう揃っていた。
各々ワクワクとした様子で、城の外を伺っている。外は朝早くにもかかわらず、賑やかで楽しげだ。多くの人が笑みを浮かべ、行き交っている。
「さあ、和樹殿が来たぞ。全員集まったから行こう!」
皆の顔がこちらへ向く。
「お、和樹様、おはようございます。よく眠れましたか」
「お陰様でぐっすり寝れたよ。今日はどうするの?」
「ええ、我々は予定より早くついてしまったので、時間が空いているのです。それで、観光がてら街を巡ろうと思いまして」
本来ならば、一週間ほど後につくはずの行程である。観光でもせねば手持ち無沙汰になってしまうのだ。
「ああそういうことね。じゃあ全員で行くの? 人数が多い気がするんだけど」
「はい、ですので、分かれて行動することにいたしました。こちらで勝手に組ませていただいた分け方ですがよろしいですか?」
「もちろん」
と、ダニィルは三組のペアを発表した。
まず、ダニィルと戦斧使い。
次に、エイヴィと鉄球使い。
最後に、和樹と大剣使いだ。
和樹は大剣使いに近寄り、顔を窺った。
「じゃあ、俺は……えーと、なにさんだっけ」
「おっとすみません、自己紹介がまだだった。僕は主に炎刃両手剣を使う、護衛のファイリです」
「ファイリさんか。一日よろしく」
「ええ、こちらこそ、和樹様」
和樹は、まだ慣れない様付けがむず痒い。孫の手が欲しい、だろう。きっと。
「うーん、今日はただの観光だから、その様ってのどうにかなりませんかね」
「様を外していいのですか?」
大剣使いことファイリが食い気味に返事をした。身を乗り出すような格好だ。
「は、はい、いいんですけど、どうかしましたか?」
「あ、すみません、和樹さ……和樹くんと仲良くなりたいと思っていて」
「そうなんですか、なんか嬉しいです」
「良かった……同年代の友人が欲しかったんです。他の護衛の人たちも、良い方々ではあるのですけれど、年代が離れているからか、距離があるんですよ」
「あれ? 同年代なんですか?」
和樹は素っ頓狂な声をあげる。
それもそのはず、ファイリの外見はもっと年上に見えるのである。顔こそ若いけれど、その丁寧な態度に柔らかな物腰は、老成している、といえば言い過ぎだが、それに似た雰囲気を感じる。
簡単に言ってしまうと、大人びている。いや大人ではあるのだが。
「はい」
「えーと……おいくつで?」
「二十歳だよ。君は十七、八だろ?」
「まあそうです。へぇ、二十歳か。大人びているんですね」
ファイリは不思議そうな顔で首を傾げる。目の中に疑問符が浮かんでいそうだ。
「ん? 大人びている? むしろ僕は、君が幼いと思ったんだけど。十五歳くらいに見えるよ」
「十五歳くらいなんだ。うーん、そんなに幼い方ではなかったんだけどな」
「まあいいや。取り敢えず市場に行きましょう!」
ファイリが和樹の腕を掴み、市場まで連れて走った。
人混みを走り抜ける。町並みが後ろへと流れている。
人にぶつかったりしつつも、彼らは市場に到着した。
地球の感覚で言うなら、週一回開催される地域の市場。それが毎日のように開かれ、シャンクペトルの王都住民で賑わっている。王都では男女差別は無いらしく、老若男女問わず、幸せそうに売り買いしている。
「じゃあ、まずここを見よう」
と、ファイリが最初に目をつけたのはフルーツを売る青果店。地球では見られない様々な果物が並ぶ。
一体何なのか、籠に入った、トカゲの形をしたフルーツらしきもの(籠の中で元気よく動き回っている)や、真っ赤なヤシの実のようなものだとか、燻ったような灰色の花(これも果物なのだろうか)だとか、そういったもの。
とかく、元の世界には存在しない、奇天烈な植物が乱雑に配置されていた。うん、これ、正確な表現を探すならば、ぶちまけられていると言ったほうが良いだろう。議論の余地なく。
「ほら、このトカゲを見て。これは僕らの住む地域では珍しい。これらは豊かな森の中にしか生息しないんだ。それに、ある程度以上の脅威度を持つ生物が生息する地域にも住まない。証拠に、これだけ他のものより値段が高いだろう?」
「ほ、ホントだ」
確かに、それらは他の商品に比べて高価なものであるようだ。通貨単位は分からないけれど、数字は翻訳能力を介せば読める。比較くらいはできるということだ。
トカゲがつぶらな瞳で和樹を見上げる。可愛らしい。まるでペットのようだ。
「魔力を持つ動物としての生態と、植物としての生態、それら二つを同時に有する生物だから、この種の生物のことを混合生物と呼ぶそうだよ。ただ……」
と苦笑して続ける。
「和樹くんはもう分かっていると思うけど、これには食物として重要な欠陥があって」
「欠陥なんてあるの? こんなに可愛い食べ物なんだからさ」
「それだよそれ。果物として売られているのに、動物のように動き回るし、その上ちっちゃいから愛着もわきやすい。他の動物が食べ物になるときと違って、生きたまま販売するから、買った果物を愛玩動物として飼い始めたりするってことが起きる」
「食べるという本来の用途から外れてしまうわけですね!」
「その通り。そういうわけで、僕はこれをペットショップで売るべきだと思うんだけど、どうやらここシャンクペトルでは、あくまで食物として販売されているらしい。聞いたところによると、動物として扱い、ペットショップで販売する地域もあるらしい。そういう地域差ってのはやっぱり面白いよね」
「確かにおもしろい」
それで、とファイリは言う。
結局何を買う?
和樹は悩んだ末、赤いヤシの実を選んだ。
最も害がなさそうで、また周りに美味しそうに食べているものが数人いたからである。誰だって、動く果物を食べたいとは思わない。ましてペットにしたいなどとは、少なくとも、買う前には思うまい。
◇ ◇
その後も、多くの屋台をまわった。例えば木製の玩具を売る店や、簡素な民族料理を振る舞う店など、その種類は多岐にわたった。
玩具屋の人形は、マリオネットの様に糸で操作できるものだ。
店長の操る技術が卓越していて、人形の動く様子は、本当に生きているのではないか、と錯覚させられるほどのものだった。和樹とファイリの満場一致(二人中の二人が賛成した)で購入することになったくらい素晴らしいパフォーマンスである。
さっきの青果店でもそうだが、支払いは、予め預かっていた金から払った。ダニィルから、シャンクペトルの硬貨を朝に貰っていたのだ。
合わせて銅貨三十枚、日本円にして二千円程度の支出だ。
不便な通貨だな、と和樹は思った。
こんな小金で三十枚も出さなければならないのだ。その労力はばかにならない。
聞くと、銅貨の上位硬貨である銀貨とのレートは、銀貨一枚に対して百五十枚だという。滅茶苦茶に思える。このくらいの文化レベルなら仕方がないかもしれない、なんて思いながらも、和樹は不便さを嘆かずにはいられなかった。
日本の通貨は便利だったんだなあ、と、しみじみと呟く。一円玉を十倍すれば十円玉と等価であり、さらに十倍すれば百円玉と等価であり……と最小硬貨から十倍ごとに貨幣が存在しているのだから。
まあそんなわけで、二人は大いに買い物を楽しんだ。二人の持つ買い物袋も、この地域の伝統工芸品の織物である。
赤や黄、黒などの色が組み合わさった模様で、見ていると目の錯覚を起こしそうなぐるぐるマークが織り込まれている。
案の定、和樹なんかは気分を悪くしてしまったらしい。……病弱過ぎないか?
ファイリは和樹に顔を近づけると
「はー、大丈夫? 和樹くん」
と心配そうに言った。
「う、うん、なんとか。ちょっと休んだら大分調子が良くなった」
「そりゃあ良かった。買い物には疲れたし、なにか劇でも見に行く?」
和樹は、ファイリと自分の持った買い物袋を見て、一瞬思案すると、結論を出した。
「そうだな。もう十分買い物はしたから、見に行きたい。どこで見られるの?」
「あーっと実は……」
ファイリが苦笑いを浮かべる。
「僕もどこで見れるのかは知らないんだよね」
◇ ◇
数人の王都民に場所を聞いたところ、見世物は、主に街の外で行われているそうだ。なぜそんなところで、とは思うが、多くの護衛が付いているらしいし、なにか理由があるのだろう。
兵士の許可を得て、門から出ても、そこにはただ平原が広がるだけ……ではない。少し歩いたところに、サーカスの巨大なテントの様なものがあった。
陽気な民族音楽が聞こえてくる。笛の音や、弦の朗々と歌うような音が。
大きなテントの近くにはいくつかの店が集まっている。いずれも小規模なものであり、組み立ても容易だろう。
和樹はいくらか考え、屋台の集まりの外れを見た。沢山の馬車の荷台が並んでいる。やはり、あのテントは移動サーカスのごとく折りたたみ、持ち運びができるのだろう。フットワークが軽そうだ。
大きなテントへ歩く。ところ狭しと配置された小屋やなんかをすり抜けながら。
王都と変わらぬ賑やかさがそこにはあった。
受付らしき女性が、眠そうな表情で立っている。微睡んでいるといったほうがわかりやすいかもしれない。
「すみませーん、劇を観たいんですけど、次のはいつ始まりますか?」
「はい? ああ、次は……えっと、もうすぐ始まります。今なら間に合いますが」
「あ、じゃあお願いします」
「んー。銅貨が、二十枚と二十枚でぇ…………?」
頭がうまく働かないのか、とろんとした目で空を見つめている。大丈夫かこいつ。足滑らせて怪我しそうなくらい危うい。
見かねた和樹が、小声で耳打ちする。
「四十枚です」
女性は、目をぱちくりとさせ
「あぁ! そうです、四十枚です。ありがとうございます」
そしてファイリが差し出した銅貨を受け取り、破顔した。まあなんとも可愛らしい。
「では、あちらの入り口からお入り下さい」
女性はそこまで言うと、また睡魔に襲われたようで、瞼の重みで閉じようとするのに身を任せ、現実と夢の狭間に誘われていった。
二人はそれを呆れたように見たあと、そそくさと巨大なテントに入った。
キョロキョロと見まわし、比較的劇を見やすそうな位置に陣取った。
中は、外から想像した以上に広々としていた。灯りは少なく、薄暗い。
扇情的に揺らめく蝋燭が、今か今かと劇を待つ観客達の興奮を呼び起こす。
ボルテージが上がりきった。