vsグリフィン
グリフィンは忙しなく目を動かした。それは、最も簡単に連れされる者を探すため。その目に、和樹が映った。
無防備なあいつなら、簡単に食えるだろう、と、彼は思ったのだろう。
グリフィンは巧みに白竜エイヴィをよけ、和樹に掴みかかった!
しかし、和樹のボディガードがその攻撃を予測していないわけがなかった。
二丁戦斧を持った護衛が、今まさに和樹を襲おうとするグリフィンの前に立ちふさがった。ここでは仮に、彼のことを戦斧使いと呼称しよう。
戦斧使いは、グリフィンを馬鹿にしたように笑った。二つの戦斧の内一つを傍らに放り、自慢の顎ひげを撫でた。それは挑発であり、お前を倒すという意思表示でもあった。
ただし……その挑発時に、彼がハンデを付ける目的で一つの戦斧しか使わないのかといえば、あながちそうとも言えない。
二丁戦斧には、大きなメリットがある代わりに、大きなデメリットも持っている。
メリットとしては、純粋な火力と手数がほぼ倍になり、攻撃を繰り出す技の組み合わせが大幅に増えることが挙げられる。
だがデメリットもかなり『痛い』ものだ。
ハルバードは、その長さ、重さ故にもともと扱いやすく小回りの効く武器ではない。重装備の敵に対して使う武器だ。
それを二丁で使うとは……本来なら阿呆の所業である。この力自慢の男だからこそ使えているのだ。
だから――戦斧使いが二丁という選択肢を捨て、あくまで一つの武器として戦斧を振るえば、火力戦ではなく、速力戦にシフトする。
グリフィンの鉤爪が迫る。
戦斧使いは動じない。迫りくる攻撃を冷静に見極める。のこり五メートル、三メートル、一メートル。鉤爪が当たる……! と思いきや、戦斧使いはハルバードを両手で構え、横に薙ぎ、グリフィンの爪を、いや、指を跳ね飛ばした。
グリフィンの肉・皮膚は非常に硬く、中途半端な威力ではきたない切り口になってしまう。果たして、戦斧使いが与えた傷の切り口は、艶めいて見えるほどきれいなものだった。
わお。前言撤回、火力は下がらない。手数とスピードの等価交換となるようだ。
GEEEEAAAAAA!!!
グリフィンがその痛みにのたうち回る。襲ってきた敵ながら哀れである。グリフィンは一旦体勢を立て直すべく、空へ戻ろうとした。そして、戻ったことには戻った。
が……彼は完全にその情報を忘れていた。そのせいで気づけなかった。空は決して自分のものではない、と、そうは思わなかった。和樹のがわには、空飛ぶ竜がいる。
白竜がおもむろに、大地を隠す極大の翼を広げる。
ゆっくりと、扇ぐ。翼の動きは遅かったが、白竜はグリフィンの飛翔速度を軽く凌駕する高速で飛んだ。高い標高に飛び上がる。グリフィンの遥か上空まで。
襲ってきたときにグリフィンがそうしたように、重力に任せ、急降下する。風を切り、轟音がした。
ぐわん、とグリフィンに近づく。グリフィンは己の傷に気を取られ、まだ気がついていない。
白竜が鉤爪を振り下ろす。
グリフィンの胴が深く抉られた。間から心臓などの臓器がちらちら見える。
QWEEEEEEE……
グリフィンは唐突な展開に驚き、墜落していく。
腹に穴を開けつつも、己を鼓舞して着地する。
しかし。そこまでが彼の限界であった。ひゅー、ひゅーという明らかに異常をきたした様子で喘ぎ、ニ、三歩進んでどさっと倒れ込んだ。
まだ動いている。
痙攣が続いている。びく、びくと身体が飛び上がり、その都度血が飛び散る。巨大であるだけに、出血量も甚大であり、大きな血溜まりができた。グロテスクな光景だった。
和樹は吐き気が込み上げてくるのを必死に抑えた。それでも気持ち悪いのは変わらない。和樹はうずくまった。
気づけば和樹の傍らにはダニィルがいた。彼は和樹の背中をさすってやると、こう言った。
「大丈夫ですか。いずれはこういうのには慣れて頂かなければなりませんが、今はまだ辛い、ですよね」
「は、はい。……えっと、あのグリフィンは殺してしまうんですか?」
「そうですね。和樹様からすれば、厳しいことのように聞こえるかも知れませんが、あちらが襲ってきたのですから、殺さねば、自然のルールに反します。それに、あんな傷で生かすのは、殺すよりも残酷ですからね」
ダニィルは、和樹の世界におけるルールとは違う、自然界の厳しい掟、殺しが日常である世界の掟を語った。和樹には理解できそうもない話、ではあったけれど、和樹は異世界人との価値観の違いについて、真剣に考えた。彼はこの先も、この問題に悩むこととなるだろう。
―――その時。
大空から一人の人間が飛来した。正確に言えば……跳んできて着地した。
どぉぉぉん、と轟音。土埃が舞い上がり、あたりは見通せない。爆発でも起こったような被害である。
それは、まだ、ぎりのぎりぎり生きていたグリフィンの座標に跳びおりた。
欠片の配慮も思いやりもなく。微塵の考慮も労りもなく。
グリフィンの亡骸は衝撃によって、至る所が千切れ、ぐちゃぐちゃに踏みにじられた。
血、だけでなく、肉片が、羽が、くちばしが、鉤爪が、飛び散った。死んだばかりなのに酷い匂いだ。内蔵も潰され、胃の内容物なんかが悪臭を放っているのである。
舞った砂塵は、なかなか晴れなかった。グリフィンの死骸の周りに立ち込めていた。
砂ぼこりの中に、さっき跳んできた何かがいることは確定しているが、それは一向に出てこようとしない。
砂ぼこりが晴れてくる。砂塵が舞う中に、人影が。
「おい、お前ら。このグリフィンを殺したのはお前らか?」
いやお前がトドメを刺したんだろ、というツッコミは置いておいて。
彼は――そう、その生き物は男のようだ――ケタケタと笑った。凶悪な目をしていた。
その男の声を聞いて……ダニィルか和樹に目配せした。『あれは、わたしを半殺しにし――前魔王を死に追いやった冒険者です』
その情報を伝えた彼の顔には、恐怖が混じっている。
「俺が聞いてんだから答えろよ。質問に答えるのは常識だろ」
彼が殺気を発した。
こんなくだらない内容の質問に常識もクソもあるか。気安く殺気を出すんじゃねえよ。
「ああ、そうですが。俺たちが殺しました」
和樹は冷静だ。相手のぞんざいな口調にも激昂することなく、丁寧に返事をした。
声が震え、怯えているが、殺気に抵抗したのだと考えれば、及第点だ。これが異世界に来たての和樹の点なのだから、なかなかいいんじゃないか?
「ふーん。ちょっと見てたけどよ、そこのハルバード使ってる人、そこそこ筋いいから、俺の仲間にならねぇか?」
そいつは、失礼なことを言い出した。
どうでもいいというようにその台詞を口にした事も、グループで活動している者を、しかも初対面で勧誘することも、普通の人間なら絶対しない無神経な行動だ。癇に障る。
「申し訳ありませんが、彼は私達に仕えていますので、それはできません」
「俺はあんたに聞いてるんじゃねえよ。そこのヒゲの人に言ってんだよ。ヒゲの意思を尊重しろよ。ひっでえ扱いされてんな、あんた。可哀想だ。俺の仲間に入れば、そんな事はされねえぜ」
なぜか、相手は、ダニィルが先日ボコった敵であることに、全く気づかない。よほど周りに重きをおいていないのか、彼はダニィルを忘れている。
ダニィルや和樹は戦斧使いを見た。
戦斧使いはやはり顎ひげをさすり、うむ、と悩む素振りをする。
「む。わたくしは貴方に付き従おうとは思いませんな。貴方のような失礼極まりない、人間の出来ていない不逞の輩が言う雑事などに惹かれる者などいないのだと、自覚したほうが良いのでは? まず初対面なのですから、丁寧語くらいは使うべきで、さらに言うなら『ヒゲ』なんて呼ばれて気分を害さない人間がいるとでも思っているのでしょうか。まあ、わたくしはこの髭が自慢ですが、いずれにせよ、そんな言い方ではね、性格の悪さが透けて見えますな」
至って平静のように見えるが、どうやら戦斧使いの彼は怒髪天を衝くほどに怒りを感じたらしい。丁寧な言葉遣いでやつを罵った。スカッとする。ナイス! とは思ったが、状況的には悪化している。相手は『魔王』を殺せる強者なのであるから。
「黙って聞いてれば好き勝手言いやがって。お前ら調子乗り過ぎな。殺すぞ」
やつは手に黒いオーラを纏う。禍々しいそれは、風に揺らぎ、不安を与えるように存在している。彼を放っておけば、すぐに殺戮を開始するであろう。なんとかしなければ、和樹たちの命が危ない。
「待て、そう早まらなくてもいいんじゃないか?」
和樹が、意を決し、いつもとは違う含みを持たせた声で言う。
「どういうことだ」
「そんなに急く必要はないと思ってな。貴様だって死にたくはないはずだ」
「あ”あ”? 何が言いたい」
「貴様程度ではここにいる誰にも敵わないと言っている」
「なわけ……」
「まあ聞け」
相手が声を荒げるのを手で制す。彼は続ける。
「貴様は、俺たちが強くないように見えていると、そう言いたいんだろうが、そんな訳あるか。俺たちは、力を周りに無闇やたらと示す愚か者ではないというだけだ」
「馬鹿にすんな! てめえが嘘ついてるなんざ、俺にゃお見通しなんだよ! 虚勢張ってんじゃねえぞ!」
「俺が嘘を吐いていると思いこんでいるのか。哀れなものだな。貴様のようなおつむの弱い者には分からんかもしれんが、力を見せびらかすのは美徳ではない。
考えてもみろ。俺は強い俺は強いと、威張っている奴を信用できるか? できないに決まっている」
「……ぐっ…………」
彼は奇妙に説得力のある嘘をぽんぽん吐き出してゆく。相手も嘘発見能力を持っていないがために、その嘘にとまどっている。
「貴様も相手をよく選んだほうがいい。喧嘩を売っていい敵なのか考えろ。いまなら許してやる」
相手の心が揺らいだ。
がしかし。和樹はつい要らぬ一言を言ってしまう。
「ここで手をついて謝れば、許す」
「うるせえッ! 巫山戯んのも大概にしやがれ! もう決めた。てめえらを殺す、無惨な死体にしてやんよ!」
やつが拳を握り足を踏み込もうとした瞬間、和樹は己の失言を挽回するようにファインプレーを見せる。
「本当に、いいのか? 死ぬぞ? 俺が貴様程度に負けるとでも言うつもりか」
「当然だ。てめえなんか赤子の手をひねるより簡単だぜ」
「はっ。笑わせてくれる。一つの曇りもなく言えるのか? 俺より強いと。それは絶対か? 確定の百パーセントか? いまでも俺の強さを探っている途中なんじゃないのか? どうせそのくらいだって見極められていないんだろ? いい加減認めたほうがいいぞ。お前は何を根拠に自分を強いと勘違いしているんだ? 死ぬのが怖くないのか? 痛いだろう、苦しいだろう、貴様はそれに耐えられるのか?」
「それは……それは……」
相手は言葉がつっかえて先が出てこない。最初は自信たっぷりだったが、あそこまで問い詰められて反論できるものなどまあいない。
そこから相手の言葉が紡がれることはなかった。
前回のあとがきでアクション回です、みたいなことを書きましたが、あれ? 今回のアクションだいぶ短かったような……。
それはともかく。今回、和樹がいい活躍しましたね。彼の実力はこんなものじゃありませんよ。
次回にその力が説明できるかなー、と思ってます。
では。