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зависимость 依存

 よくあの日のことを思い出す。


 忘れもしない六年前の春。父が再婚相手の女性とその娘を家に連れてきた日のことを。




 親の再婚でロシア人の義母と義妹が家にやって来て早六年が経った。


 当時七歳だった俺は今十三歳。この春休みが明ければ中学生となる。

 低かった身長も伸びてきて、少しずつ大人の体つきになってきていた。

 


 そんな俺には最近ある悩みがある。


 それは―――義妹のアリフィヤが日本語を話そうとしないことだ。

 あれから六年。普通に生活していればどれだけ物覚えが悪くても日常会話くらいは話せるようになるものだが、アリフィヤは全くといっていいほど出来ない。簡単な読み書きは出来るのに話すことだけが出来ないのだ。



 ……こうなった原因は多分俺のせいだと思う。


 小学校の六年間、アリフィヤに頼られることに快感を覚えた俺は付きっきりで彼女の世話をしてしまった。彼女が誰かと会話するときは翻訳者としていつも側にいるほどに。


 日本で暮らしていくには日本語は必須だ。だから何とかして日本語を話せるようにしようと一度ガツンと言ってみたのだが、


『響がいるから問題ない!』


 ドヤ顔で断言されてしまった。


 正直、アリフィヤは俺に依存してしまっていた。

 要するに俺は彼女を甘やかしすぎたのだ。

 俺の浅はかな行いが彼女の成長する機会を妨げてしまった。


「どうしたものか……」


 どうすれば彼女が日本語を話すようになるのか。

 それが俺の悩みだった。


 いちいち会話を紙に書くわけにもいかないし、日本語を話せないかぎりいつまで経っても彼女は自立ができない。

 俺への依存から抜け出すことができない。



「……依存してる時に告白して付き合えても意味がないもんな……」


 愛と依存は似ているようで全然違う。


 今の状態のアリフィヤなら多分告白すれば頷いてくれるだろうけど、それは好意からじゃない。俺が居なくなったら困るからだ。

 

 アリフィヤと付き合えるのは嬉しいが、両思いでないならその関係は間違っている。


 告白するならば依存から解放させた後だ。

 


「……早く告白したいんだけどな」


 そっと溜め息を吐き出す。



 来た当初からアリフィヤは可愛かったが、この数年で彼女は更に可愛くなった。

 俺の心を容易く奪うほどに。


 病的なほどに白く滑らかな肌。腰まで伸びた艶のある銀髪。青く澄んだつぶらな瞳。メリハリはついているものの、全体的に線の細い体つき。妖精を連想させる義母ゆずりの整った顔立ち。

 その見る人を引き込むような神秘的な容貌に、俺以外にも彼女を狙っている男子生徒は多い。知ってるだけでも両の指に収まらない位の人数だ。しかも年が経つに連れてその数はドンドン増えていってる。


 ライバルが年々多くなる現状に俺は正直焦っていた。

 

 

 

「……これしか方法はないか……」


 声に出した方が決意はより固まる。

 だから俺は声に出して決意した。

 

「告白するために……今年からはアリフィヤと距離を取る!」

『響?』

「え?」


 聞き慣れたソプラノが耳に入り、振り向くとパジャマ姿のアリフィヤが怪訝そうな顔で立っていた。風呂から出たばかりなのか顔が火照っていて、その姿はとても可愛い……って、そうじゃなくて。


『あ、あの……アリフィヤ? いつの間にここに……?』

『ついさっきだけど……』

『いや、あの話は……その……』


 誰もいないからとリビングで決意したのが仇となった。

 告白を聞かれた!? それも意中の女の子に。


 恥ずかしさで頭がパニックになりかけるが、アリフィヤの一言で冷静さを取り戻した。


『あの話ってなんのこと? 日本語だったから何も分からなかったんだけど。なんて言ってたの?』


 危ねぇ……助かった……。

 日本語で決意したのが幸いした。今だけ思う、アリフィヤが日本語を話せなくてよかったと。 


『別になんてこともないさ。ただ今年の抱負を叫んでただけだよ。勉強も運動も頑張るって』


 慌ててそれらしいことを言うと、アリフィヤは納得したようで『なるほど』と頷いた。


『ふーん。そうなんだ、頑張ってね』

『アリフィヤも他人事じゃないぞ。今年こそ日本語をしっかりと覚えて―――』

『大丈夫だよ。僕話すのが無理なだけで読み書きはできるから。それに今年も響と同じクラスになるし。よろしくね、お兄ちゃん』


 ニコッと微笑むアリフィヤに思わず頷きそうになるが、耐える。


 今年こそ、絶対に日本語を覚えさせるんだ。


『悪いけど俺は今年は付きっきりで相手してあげられないからな』


 俺が告げるとアリフィヤは目を丸くした。


『……どうして?』

『どうしてもだ』


 重い沈黙が流れる。

 先に沈黙を破ったのはアリフィヤだった。


『……わかったよ。響も忙しいもんね』

『悪いな』

『いいよ。じゃあ僕は部屋に戻るね。そろそろいい時間帯だし、おやすみ響』

『あぁ。おやすみ』


 アリフィヤが去ったあと、グタッとソファーに寄りかかる。


 よかった、言いたいことは全部言えた。

 アリフィヤと距離を取るのは少し寂しいが、付き合うための試練だと割り切れば耐えられないこともない。


 ……なるべく早く日本語を話せるようになってくれよ、アリフィヤ。




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