зависть 嫉妬心
『ここがぼくのいえだよ』
案内された神崎さんの家は二階建ての洋風建築だった。
庭が一般的な家より少し広いくらいで、後は普通な感じだ。
ジロジロと見ていると、お母さんに腕を引っ張られた。
『アリフィーユシュカ、知ってる? 日本では人の家に入るときは「おじゃまします」って言うのよ』
『へー……』
もちろん知ってるが、当然知らないフリをする。
習ってもないのに日本語を話せるなんて知られたら不気味に思われること間違いないからだ。今後の生活にも影響が出るだろうし、何年かは理解できてないフリをしようと思っている。
「おじゃまします」
「お……じゃま……しま…す」
お母さんに習い、声を出す。
……少しわざとらしすぎたか? 神崎さんに笑われた。まぁ、バレてないみたいだしいいか。
『ゆっくりとなれていけばいいさ。ぼくもすぐにロシア語を使いこなせるようにするからさ。さぁ、はいろう。ぼくのむすこを紹介するよ』
先導する神崎さんの後に続き、玄関をくぐり、リビングに出ると少年がソファーに腰を下ろしていた。
『これがぼくのむすこの響だ。アリフィヤちゃんのおにいちゃんさ』
顔を見て、舌打ちをしたくなった。
響は僕より一ヶ月先に産まれた子で、神崎さんに似て顔立ちが整っており、幼いながらにして既に美少年と言っても過言ではない容姿をしていた。
……嫉妬心しか湧かないんだけど……
「響、あいさつしなさい」
「初めまして響です」
日本語で挨拶されたので、首をかしげておく。何事も徹底してやることが大事なのです。
「こら、響」
「ごめんパパ。ホントに通じないか試してみたくて……『はじめましてひびきです』」
『初めましてアリフィヤです』
今度はロシア語で挨拶をされたのできっちり返す。
と、何やら響が顔を赤くして焦っていた。
「……顔だけじゃなくて声も可愛いのか……ズルい……」
…………
……
僕が根っから女だったら絶対落ちてたぞ、今の台詞……。やっぱりコイツ危険だ。将来は女たらしになるに違いない。
なんて羨まし……ゲフンゲフン。酷い奴なんだ。
僕ものすごーくそれを阻止……じゃなくて嫌がらせしたくなってきたんだけど……何か良い案ないかな……。
……要は女の子に声をかけれないほど忙しくさせてやれば良いわけだろ?
……うん。僕、学生終わるまで日本語封印しようかな。そうすれば嫌でも兄だから響は僕の世話をしなくちゃいけないわけだし、忙しくなる。つまり響がリア充になるのを阻止できる!
悪いな響。君に罪はないが、僕はイケメンがモテるのは許せないんだ。アイツを思い出すからな。恨むならイケメンな自分を恨んでくれ。
この日を境に僕は響への嫌がらせを開始した。
◇
神崎さんは僕やお母さんの部屋を用意してくれていたようで、自己紹介が終わるとその部屋を案内する時間に当てられた。
『あそこがアリフィヤちゃんのへやだよ』
案内されたのは二階の突き当たり。そこが僕の部屋らしい。ちなみに隣は響の部屋で、神崎さんとお母さんの部屋は一階なのだとか。
うん、まぁ……子供と階層をズラしたのは配慮かな……? 神崎さんも母さんもお互い若いですし…………
妹か弟が出来るのは案外すぐかもしれない…………どんな顔して祝福すればいいんだ……ちゃんと笑えるかどうか今から心配なんだけど。
……ってなんだコレ。
ピンク、ピンク、ピンク。見渡す限り真っピンク。もはや狂気の沙汰である。
自室の扉を開いた瞬間、飛び込んできたその圧倒的なピンクに僕は気圧されてしまった。開いた口が塞がらず、言葉も出ない。
『どう、きにいってくれた?』
神崎さんが聞いてきたが、これをどう気に入れと……? 無理ですよね……? え、おかしいのは僕なのか……?
見れば、お母さんと響も引きつった表情を浮かべていたので、きっと僕は正しいのだろう。
大義名分を手に入れた僕は、満面の笑みを貼り付けると、神崎さんに向き合ってこう言った。
『大嫌いです』
神崎さんが膝から崩れ落ちたのは言うまでもない。