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папа パパ

 僕がロシア人だと発覚してから二週間が経った。衝撃的すぎて、最初の一週間は毎晩涙で枕を濡らすほど動揺したけど、今ではしっかり平常心を保てている……はずだ……多分。


 それはさておき。

 お母さんの再婚相手だが、名前は神崎かんざき拓実たくみ。某大手企業に勤めているサラリーマンで子持ちのシングルファザーだということが分かった。


 お母さんが若い頃、元父と旅行で日本に行った時に偶然知り合い、それからちょいちょい連絡を取り合って今回の再婚に至ったのだとか。

 ちなみに連絡手段は携帯電話だったらしい。


 七年間一度も僕の目の前で使ったことなかったのに……一体どこに隠してたんだよ……


 ま、まぁとにかく、以上が夕食の度に耳にタコができるんじゃないかと思うくらい聞かされた馴れ初めだ。



 お母さん、神崎さんのこと好きすぎるだろ……と思う。今までその好意をどこに閉じ込めてたんだ……いや逆か、僕に気づかれないよう閉じ込めていたからこそ爆発したのか。




 お母さんは七年経過した今もとても綺麗だ。だからこんな綺麗な女性にここまで想われる神崎さんを元男としては少し嫉妬する。

 うん……ちょっとくらい爆発してもいいんじゃないかな? 




 冗談は置いといて、神崎さんがお母さんの言う通り優しい人なら、僕は歓迎しようと思っている。

 かなり上から目線だが、元父の件もある。正直お母さんの見る目は全くない。

 だからこそ僕が目を光らせておく必要がある。お母さんには今度こそ幸せを掴んで欲しいのだから。








『アリフィーユシュカ、眠れないの?』


 いつまで経っても目を閉じない僕に気づいたのか、隣に寝転がっていた母が優しく声をかける。

 辺りはすっかり真っ暗で、いつもの就寝の時間は疾うに過ぎていた。


 だが、いよいよ明日にはロシアを出て……日本へと()る。


 そう考えると、妙にバクバクと心臓が音を発てて寝付くことが出来なかった。


『……うん』


 誤魔化しても特に意味はないので素直に頷くと、お母さんは僕の頭をゆっくりと撫でてきた。そして、小さく口を開き、唄を紡いだ。


 この唄は……。


『ママ?』

『覚えてる? 子守唄よ。最近は歌ってなかったけど、アリフィーユシュカがもっと小さい頃は結構歌ってたのよ?』


 懐かしむような表情を浮かべるお母さん。

 うん、覚えてるよ。僕の……今世で初めて聞いた唄……。戸惑いばかりの僕を安らかな気持ちにさせてくれた……そんな唄。


 気がつけばあれだけ騒がしかった心臓の音もすっかり元通りに戻っていた。

 瞼が急激に重くなっていき、睡魔が僕の意識を少しずつ刈り取っていく。


『……おやすみ。ママ』

『おやすみ、アリフィーユシュカ。愛しているわ』


 額に柔らかな感触を感じるとほぼ同時に僕は意識を手放した。









『はじめまして、アリフィヤちゃん。ぼくは神崎拓実っていいます。よろしくね?』

『チッ』

『え……?』


 思わず舌打ちをしてしまったがこれには深い理由がある。


 現在の日本時間は午前八時だがロシアと日本の時差は六時間。ロシアでは午前二時相当だ。午後九時には寝ている習慣が付いている僕にはキツイ時間帯だ。

 だけど、初印象は大事だと思って頬をつねってまで睡魔に耐えてきた。


 そんな満身創痍な状態の僕の前に現れたのは、たどたどしいロシア語でお母さんの再婚相手だと名乗る物凄い美形な男性。視界の端に映るのは顔を押さえて赤面してるお母さん。


 元男として舌打ちをしてしまうのも無理はないことだろう。


 イケメンは敵だ。超、敵だ。イケメンに関わって良いことなんて何にもない。ソースは前世の僕。


 ここに来てお母さんが騙されてる可能性がグーンと上がった。


 キッと睨み付けると神崎さんは困ったように眉をひそめた。


『えーと……アリフィヤちゃん?』

『……なんですか!』

『……とりあえずアメたべるかい?』

『いりません』


 お菓子で釣ろうとするなんて……やはりコイツは敵だ!

 


「ははは……どうしようか。嫌われちゃったみたいだね」

「ごめんなさい。普段は良い子なんですけど」

「うーん、何がダメだったのかな。もっとロシア語を勉強してくればよかったよ」


 警戒心を更に上げようとしたところで、お母さんと神崎さんは日本語で会話をし始めた。僕が理解できないと思っているのか、かなり大きめの声の所為で全て丸聞こえだ。


「私がアリフィーユシュカに言い聞かせましょうか?」

「いや遠慮しておくよ。自分の手で信頼は築くものだからね」

「でも……」

「大丈夫。絶対に僕がアリフィヤちゃんの親だって胸を張って言えるように信頼を築いて見せるから!」


 ……全て丸聞こえだっての。


 よく見れば神崎さんの目の下にはくまが出来ていた。きっと僕たちがやって来るのが楽しみで寝れなかったのだろう。

 それに、頬を真っ赤にして談笑してる二人を見たら……引き剥がすなんて真似はできないって。

 神崎さんが良い人だってのは分かったよ。


 そもそも二人の関係だ。僕が駄々こねるのはおかしいよな。眠たすぎて頭が回ってなかったとはいえ……何してんだ僕は。


『あの……』


 僕は談笑してる二人の間に入り込むと、頭を下げた。


『え、どうしたのかな?』

『お母さんをよろしくお願いします』


 沈黙が流れる。

 だけど、それも束の間。神崎さんは満面の笑みで胸をドンと叩いた。


『任せてくれ』


 何でここだけ発音が綺麗なんだよ。これもイケメン補正なのか……。まぁ、任せるけどさ……。それよりホッとしたからか眠気が急に来たんだけど。あー、もう限界だ!!

 お母さんを絶対に幸せにしてくれよな!頼んだぞ。


『パパ』

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