наблюдатель 傍観者
「アリフィアちゃん、日本語使えるようになったって本当!?」
「ああ。まだ覚えたてで単語しか話せないけどな。少しずつ言葉を覚えさせていく予定だよ」
「響君、私もアリフィアちゃんに言葉教えても大丈夫かな!?」
「うん、勿論。俺一人じゃ教えきれないこともあるだろうし、是非色々と教えてやってくれ」
「オレもアリフィアさんに言葉教えたい!」
「私も私も!」
「教えすぎても覚えきれないかもしれないから、控えめに頼むよ」
……僕は鸚鵡か何かか。
響と名も知らぬ生徒の間で繰り広げられる会話を聞きながら、僕は頭の中でツッコミを入れた。
キッカケは今朝の挨拶だった。
「お、おはよう!」
教室の扉の前で深呼吸。
ガラッと扉を開き、大きな声でそう言った僕に訪れたのは静寂だった。
間を開けず、ワッと騒がしくなる教室。
「え……アリフィヤちゃんが日本語を喋った………」
あり得ないものを見たとばかりに目を見開き、唖然とする者。
いや、日本語で挨拶しただけなんだけど。
「知らせなきゃ、皆に知らせなきゃ!」
狂ったように同じような言葉を連呼する者。
別に知らせなくてもいいから!
「これは大スクープですね」
そう言って凄いスピードでメモ帳を走らせる者。
まって、そんな大事じゃないから!? ただ日本語で挨拶しただけだから!?
何を言っているのか理解出来ない設定の僕には止めることは出来ず。
結果として、僕が日本語を覚え始めた、と言うことはたちまち学年中に広まったらしく。
休み時間ごとに男女問わず大量の生徒が僕のところに押し寄せるようにしてやってきたのだ。
名前どころか顔も見たことがない人もやって来るので、ちょっとした有名人になった気分だ。
まぁ、今日はまだ日本語を話し始めて一日目と言うこともあり、僕の対応は依然として変わらず、無視を決め込んでいる。
その為、これもまたいつも通り響がフォローに入って仲介の役割を果たしてくれていた。
ところで、時折聞こえて来る「やっとか」「ようやく」みたいな発言は何なのだろうか。よく分からない。主に元同小学校の生徒が呟いているみたいだが、意味を尋ねようにも、まだ日本語を理解出来てない体で無視を決め込んでいる以上追及することが出来ないし。
あぁ、もどかしい。
はぁ、と誰にも聞こえないくらい小さく溜息を吐く。本当こういった時に僕の設定は不便すぎる。
かと言って早く覚えすぎたら、あの人集りを僕が相手しないといけなくなるわけで。
うん、流石に無理。無理無理。
改めて響って凄いなと思う。よくあの量を捌いていけるものだ。僕には到底真似できない。
人の噂も七十五日。今は物珍しさで見にきている輩も、少し時間が経てば僕への興味が薄れていくはずだ。
響には悪いけど、それまでは響以外の言葉に反応しないでおこう、そうしよう。
ってことでごめんね、名も知らない女の子よ。
さっきから執拗に「好き」という言葉を教えようとしていた女子生徒に内心謝りつつ、机に顔を伏せた。
『アリフィア?』
案の定声をかけてくる響に伏せたまま答える。
『…今日はもう疲れた。それにーーー』
メモ帳もないのに、一度に沢山教えられても困る。
そう言いかけて、慌てて口を閉ざす。
『ーーーなんでもない。とにかく今日はもう無理だから』
すると響は少しの沈黙の後。
『疲れたならしょうがないな。わかったよ』
「みんな、ごめん。今日はもう疲れちゃったみたいだから、教えるなら明日以降にしてあげてくれ」
えー、と不満な声を上げながらも、響の言葉を受けて、退却していく生徒達。
出来れば明日以降も来ないでください。
そんなことを願いながら、僕は去っていく足音にホッと息を漏らした。
◇
人混みから少し離れた席にて。
静かに本を読んでいた黒髪の少女はパタンと本を閉じて、一人呟いた。
「それに……ってアリフィアちゃん。何を言おうとしていたのでしょうか……」
喧騒の中、紡ぎ出されたその言葉は誰にも拾われることなく静かに霧散した。