понимание 理解
『……うん、目覚めが悪いなぁ……』
翌朝、またもや目覚まし時計に叩き起こされた僕は軽く目を擦って伸びをした。
どうやら僕の身体はまだ、朝は響が起こしてくれるものだと思っているらしい。起こしてもらっていたときにはパッチリと取れていた眠気がまだ若干残っていた。
『人間の慣れって怖い……』
改めて実感したところで、現状を省みる。
昨日は当番の日だった為、含めないにしてもこれで二回目。二回目だ。僕が熱を出したときは例外として、それ以外で二回も続けて起こされなかったことなんて今までになかった。
本気で響は僕から離れようとしているらしい。
そう再認識して、ベッドからゆっくりと起き上がり、いそいそと制服を着用する。
『いよいよ今日から日本語デビューか……』
正直不安だ。不安しかないし、その不安感はデビューが近いからか昨日よりも遥かに増している。
だけどいつまでも不安がってちゃいられない。
今はまだ日本語が使えないフリが許されているが、日本で暮らす以上日本語の習得は必須。今のまま使わないでいると、そのうちに両親から本格的な日本語の教育をさせられるだろうし……いつか必ずやってくる問題だ。早いうちに済ませておいたほうがいい。
『あー……うん、大丈夫。僕ならできる、大丈夫』
そう自分に言い聞かせ、部屋のドアを開ける。
顔を洗って、少し寝癖がついた髪を整えたらいよいよ勝負の時だ。
決戦の場はリビング。そこに間違いなく響はいる。
――や、やっぱり明日からでもいいかな……一日くらいなら別に大差は……
あれだけ決意したのにも関わらず、いざリビングのドアノブに手を伸ばそうとした所でそんな考えが脳裏を過った。
――駄目だ、駄目だ。今日からって決めただろ。
慌てて首を横に振って否定する。
そして寸前のところで止まっていた手を伸ばし、リビングのドアを開いた。
眼前に広がるは、いつもと同じ光景。
ズラリと朝食が並べられた食卓に響はいた。
『おはようアリフィヤ』
僕に気づいた響が、流暢なロシア語で挨拶する。
『………』
『……? どうかしたのか?』
いつもならすぐ挨拶を返す僕が無言なことに疑問を抱いたのだろう。不思議そうな顔でこちらを見てくる響から、思わず目を逸らしてしまう。
――って、なにやってんだ僕は。逸らしちゃ駄目だろ。
緊張で目頭や頬が熱くなっているのを感じながら、僕は何とか逸らした目の照準を響に当て直すと、震える唇を強引に動かし、はっきりとこの口で日本語を紡いだ。
「――お、おはようヒビキ」
「…………」
「ひ、ヒビキ?」
「――ッ! あぁ、おはよう。アリフィヤ! 悪いんだが、もう一回、もう一回さっきの言葉を頼む!」
「え、ええ……お、おはよう?」
「――ッ!! もう一回!」
「おはよう」
束の間の静寂の後、ガッツポーズを決めた響のはにかんだ表情は最高に輝いていて、そしてとても――――カッコよかった。
「普通に会話出来てることに気付いて……ないのよね…………。これで隠し切れてるつもりでいたんだから我が子ながら将来が不安だわ……」
「ははは、そうだね……この様子じゃ既にクラスメイト達にもバレてたりするかもね」
すっかり蚊帳の外に追いやられた親達は、その様子を目を細めて眺めていた。