тревожность 不安
『はぁ……』
自室にて。
勉強机に肘を着いた僕は、心に渦巻く不安を落ち着かせるべく静かにため息を吐いた。
選別した女子たちをマークしてから数日が経過した。しかし未だに相手を特定することができていない。
まぁ、僕に気づかせず、響を惚れさせるくらいだ。
相手がかなりの手練れなことは予め分かっていたし、こんなに早く尻尾を掴めるとは元より考えてはいなかったから、この件は焦りはせども、そこまで不安を感じているわけではない。
では、何が僕を不安にさせているのかというと……
僕は机の上に無造作に置かれた、教科書を手に持って再度ため息をつく。
――ついに明日の午後から授業が始まるのだ。
しかも初回から、苦手なことになっている現国。
次いで社会、理科と厄介な教科のオンパレードである。
それを僕は、どう受けるべきで迷っていた。
日本語が理解出来ない分かりません設定の僕が取れる行動は以下の三択だ。
1 分かりませんを貫く
2 少しずつ理解していくフリをする
3 実は理解出来てましたとバラす
まず3は除外。当たり前だ、こんなことバラしたら今まで僕が積み重ねてきたキャラクターが崩れ去ってしまう。正直、他の有象無象に何と言われようが知ったことではないが、響に嘘つき呼ばわりされたら……考えただけでも涙が出そうだ。
よって選べるのは1と2だけだが……いや、やっぱり1も除外かな。
分かりませんを貫く=テストも赤点しか取れないことになる。流石に授業の聞き取りが出来なくてテストの得点だけが高い、なんて設定は強引すぎて無理があるし……
ぶっちゃけ言って、赤点が怖いわけではない。一時期全てのテストを白紙で出してたこともあるし、もう慣れてる。
だけど、どんなに点数が悪くても自動的に中学生に上がれる小学生とは違い、高校生になるためには受験を受け合格する必要がある。それが問題だった。
残念ながら僕は頭が良いわけではない。
前世の記憶のおかげで、ある程度の知識は持っているが、授業を聞かないで高校受験に受かることができるか?と聞かれたら自信を持ってNOと答えられる。ていうか落ちる自信しかない。
響が頭の良い高校に進もうとするなら尚更だ。
響の片想い相手の尻尾も掴めない現状、響争奪戦は長期戦になることも見越せる。
もし万が一、中学生の期間内に僕が響を奪還出来なかった場合、響は片想い中の女子と同じ高校に進もうとするだろう。
その女子が馬鹿だった場合はいい。だが、学力が高かった場合……1を取り入れていると、必然的に響争奪戦での僕の敗北がほぼ確定する。
響の好きな相手の学力がどのくらいかは分からないが、これは一生に一度の大戦。希望的観測ではなく最悪の場合を想定しておかなければならない。
それだけは嫌だ。どこの誰かも知らない馬の骨に響がかっさらわれるなんて…………絶対嫌だ。
「…ぐすっ……」
きっと何年間も響非リア充計画を立ててきたから、思ってるよりずっと思い入れが深いのだろう。
嫌だという感情が強すぎて涙が出てきた。
涙を裾で拭き、荒れてきた呼吸を整える。
よし、うん、もう大丈夫。
一拍おいてから中断されていた思考を続けた。
1もダメ。3もダメ。
となれば……残ったのは2のみ。
けどこれも正直微妙だ。既に理解しているのに段々と理解していくフリをするなんて器用な真似が出来るとは自分事ながら思えないし、何より、小学生まで全く覚える気を見せなかった僕が、急に覚えようとする素振りを見せるのは変だ。
……まぁ、他に選択肢が無い以上はやるしかないんだけど……
『やっぱ心配だなぁ……』
もっと早くから日本語を少しずつ使っておけばよかった……。
なんて、何度目か分からない後悔をした。