стратегия 作戦
朝食を食べた僕と響は、揃って家を出た。
昨日と違って今日は時間に余裕があるため、比較的ゆっくりと自転車のペダルを漕ぐ。
と言うのも、少しでも考え事を整理する時間を作りたかったからだ。
同小学校の女子生徒は同じクラスには五人だが、学年全体で見ると四十人を超える。
その中に響の想いの相手がいるのは確かだが、流石に全てを見張るのは厳しい。
故に、僕は一つの作戦を立てた。
響に好かれそうな女子を選りすぐり、それを徹底的にマークする。そんな作戦を。
まぁ、あくまで僕が主観のため、100%ではないが。
幾ら同じ時を共に過ごそうとも人の気持ちは完全に理解することは出来ない。
だが、一つだけ確実だと言えるのは、僕と同じタイプ――所謂守ってあげたくなるような女子ではないということ。
当たり前だ。
容姿、共に過ごしてきた時間、友好度、そのどれを取っても僕が同じタイプの女子に負ける理由がない。
となれば必然的に二十人くらいまでは選択肢は狭まるが、それでもまだ多いため、お義父さんの面食いを引き継いでると仮定して……。
『アリフィヤ、そろそろ着くよ』
『え、あ、うん。ありがと』
最終的に六人まで絞り混んだところで学校に着いた。
考え事を止め、自転車から降り、教室へと向かう。
歩きながら、当然のように歩幅を合わせ隣を歩く響を見て、静かに思う。
そういえば、響ずっと隣にいるな……と。
思えば自転車を漕いでいるときも、歩いているときも。
自然と同じスピードで隣にいた。
こういうところが、前世の僕にはなかったモテる秘訣と言うやつなんだろう。
これだからイケメンは……。きっと誰にでも無自覚でやっているんだろうけどね。
感嘆すると共に、ズキリと何かが心を打った。
この感情を、僕は知っていた。
『え……』
『? どうしたアリフィヤ』
『い、いやなんでもない……』
今、どうして僕は"哀しい"と思ったのだろう……。
小さな疑問を抱きながらも、僕は響に笑顔を向けた。
「おはよう! アリフィヤさん」
教室に入ると、いち早く気づいた男から声をかけられた。
確か……昨日一番始めに自己紹介してた……浅……何とか君だっけ……。
そんな事を考えながら無視して席に向かう。
僕は別に浅……何とか君のことが嫌いなわけではない。
しかし、日本語を話せない設定の僕は響に声をかけられるまでは反応を示せないのだ。
『アリフィヤ、挨拶されてるぞ』
心の中でひたすらに弁明していると、響が口を開いた。
『おはよう、浅……井くん?』
『違う、アリフィヤ。浅井じゃなくて浅野だ』
『え、あ、ごめん。おはよう浅野くん』
あたかも今初めて気づきましたばかりの雰囲気を出し、笑顔を貼り付け会釈すると、おおおと何故か歓声が沸いた。
「やっぱり公認カップルは違うなぁ」
「教室内で二人にしか分からない言葉を話す。ロマンよね」
「何を話してるんだろうね」
「きっと愛の言葉よ。私もロシア語勉強しようかしら」
そんな言葉が沸き上がる。
きっとロシア語が理解できない人にとっては僕と響の会話が崇高なものに聞こえていたのだろう。
実際は人の名前を間違えて、それを訂正されてただけのしょうもない会話なのに。
日本語が理解できない設定の僕とは違い、日本語もロシア語も話せる響は、その言葉に対して苦笑を浮かべていた。




