завтрак 朝食
入学式の翌日。
今日は当番の日だったので、いつもより早起きして寝間着のまま階段を降りる。
台所の扉を開けると、お母さんの姿があった。
『おはようアリフィーユシュカ』
『おはようママ。今日は何を作ればいいの?』
『いつも通り目玉焼きとトーストで良いわよ』
『了解』
タンスを開け、エプロンを付けると素早く材料を用意する。
この当番制が始まったのは小五の頃からだ。
『女の子たるもの結婚する前に料理は出来るようになるべし』というお母さんの方針で週に一度、僕が朝食を作ることになっていた。
正直、女の子になって十三年。身体に引っ張られているのか、単純なことで怒ったり傷ついたりと、精神は幼くなった気もしないでもないが、男に好意を抱いたことは一度もない。
そもそも響とお義父さん以外はまともに話したことすらないしね。
だから結婚する可能性なんて微塵たりともないので、簡単な料理しか作れないが、料理スキルをこれ以上上げる必要性はないと思っていた。
今さっきまでは。
『――え? ママ、今なんて?』
油を引いたフライパンに卵を入れ、白身にほんのり焦げ目が付き始めた頃、唐突にお母さんは口を開いた。
その言葉に思わず、強火と弱火を間違えてしまい、慌てて火を消すと、再度お母さんは同じ言葉を口にした。
『好きな人出来たんでしょ?』
『な、なにいきなり!? 出来てないよ!』
嘘は言ってない。惚れさせなければいけない人は出来たけど好きな人は出来てない。
『照れなくてもいいのよ? そうね、じゃあ女の先輩として二つアドバイスをあげるわ』
だが、僕の否定を軽く押し退けるとお母さんは真面目な顔で言った。
『一つ目。物事を大袈裟に言う男だけは止めといた方がいいわよ……まぁ、アリフィーユシュカの好きな人はしっかりしてるから問題ないだろうけどね』
『誰の話!? ママの目には僕が誰に惚れてるように見えるの!?』
『うんうん、照れない照れない』
『照れてない!』
取り付く島もない。
『ふふ。で、二つ目のアドバイスなんだけど、男の人って単純だから、惚れさせるためには胃袋を掴むのが一番重要なの』
『……』
僕は少し考える。確かに一理ある、と。
お母さんは僕が誰かを好きになったと勘違いしてるようだが、特定の誰かを惚れさせようとしているのは事実だ。
どちらにせよ、週に一度は料理を作らなければならない。だったら、真面目に取り組んで上達出来るようにするべきでは……?
外見だけでも一級品な僕が中身も完璧に鍛え上げたら……それこそ響が僕に惚れない道理はない。
自分から手助けしたいと懇願してくることだろう。
『ふふふ』
そう遠くない未来のビジョンに自然と笑いが込み上げてくる。
簡単には許してあげない。僕から距離を取ろうとしたことを死ぬほど後悔させてやる。
と噂をすればなんとやら、響が欠伸をしながら入ってきた。
『おはよう母さん……アリフィヤ? そっか今日当番の日か』
一瞬僕を見て動きを止めたが、なるほどと頷くと食卓に腰を掛ける。
――って、あっ。目玉焼き、フライパンに乗せたままだった。
『ごめん、響。少し待ってて』
急いで皿を用意して、トースターから取り出したパンと目玉焼きを載っけると、響の前にドンと置いた。
次いで、お母さんと自分の分も皿に載っけて席に座る。
目玉焼きとトースト。今は簡易な食卓だが、いずれ腕が上達したら、毎日作って貰いたくなるような料理が並んだ食卓にしてやる。
なんて考えながら僕は常套句を口にした。
『美味しく召し上がれ』