GDL-GLYD
それは私たちだけの秘密の入り口だった。
鉄筋鉄屑と、木っ葉と、得体の知れない水が染み出す大型家電。
昔は豪奢極まりなかったに違いない二階建ての家の、成れの果て。
俗に言う、ゴミ屋敷のような風景。
「ほら、行こうよ」
彼女は振り向き、手を指し伸ばしてきた。
顔は陰になっていてよくわからない。口元だけは、楽しそうに弧を描いているのだとわかる。
自分はボクになっていて、何時だってここでは子供に戻っている。
そして更に彼女が手を伸ばす。ボクの腕を掴み、倒れた緑色の冷蔵庫の上へぐいぐいと引き上げる。
ここは彼女の家の庭の外れだった筈だ。
彼女の家の境界線を侵すゴミの山/アスレチック)だった筈だ。
沈み込む廃タイヤの山を飛び、伽藍洞になったドラム式洗濯乾燥機の殻を潜り抜け、格子状の竹垣を乗り越える。
するとモザイクの丘の向こうに見えていた家に辿り着ける。
また、ここに来たのだ、と思う。前にいつ来たのかは知らない。ただ、初めてではないと何かが告げている。
その家の入り口は『三つ』。
一つは自動扉みたいに透明な壁。
もう一つは木製、ぼろぼろの観音開き。
後は。
ボクは透明な壁に肩を押し付けた。じぃんと、電気が流れたような感触。ちらりと見やると、透明な壁越しに、透明な玄関のようなもの、透明な壺、透明な靴、透明な絵、透明な……目がチカチカした。
「うふふふふ」彼女が笑う。何処からか用意したノッキングチェアに座りながら。
ボクはしびれた肩を壁から離し、顔を背けてそこを、二度叩いた。
今度は木製、ぼろぼろの扉だった。
くすんだ金属色の丸ノブを掴む。ノブを回せども回せども、扉は開かなかった。
ベコリ、とノブが凹む。
ボクは人差し指の、そろそろ切ろうと思ったままほったらかしで大分伸びた爪でもって、ノブをつつく。
ヂヅン。ヂヅン。と、見た通りのくすんだ金属色の音が出た。ブリキだ。
「あははははは」彼女がいよいよ愉快そうに、お腹を抱えて身をよじる。
少し悔しくて、少し恥ずかしくて、何やらボクは口を尖らせたりして、文句のようなものを言ったのだと思う。
すると彼女はふわりと椅子から下りて、壁にめり込んだ食器棚の下部の引き戸を開いた。
食器棚の背板にはぽっかり穴があいていて、家のなかに通じている。
そうだった。そういえば、そういう仕組みだったっけ。
思い出してしまえば大したことじゃなかった。
中に入ると、だだっぴろい一部屋。外にあるようなものは一切ない、床から壁から全部リノリュームの、四角い部屋。
部屋の隅からぐるりと、壁伝いに四角い螺旋の通路がある。
不意に上から、銅鑼を叩きまわしたような、或いは雷を封じた鞠をついたような音が響いた。
ボクは不思議と、全く理解できないのにそれがこの家の主の誰何の声なのだと知ってたけど、どう返事をしたらよかったのか思い出せない。
腕を組んで暫く考えていたら、彼女がボクの腕組みをほぐした。手を引かれて、四角い螺旋通路を駆け上がる。
また轟いた音に、ボクは一瞬躊躇ったけれど、よく聞いたら今度のそれは、ボク達を呼んでいるの風情の音だった。
延々登り続けてやっと辿り着いたそこには、またガラクタばかりで、矢鱈と理路整然と詰め込まれたガラクタ達が、どんなに詰め込まれても誤魔化しきれない体積の加算で、一つ一つが高密度の壁めく様相で、部屋を内へ内へと圧迫していた。
窮屈な部屋の真ん中にはコタツ。ほっそりしたざんばら髪の無精な髭だるまが座っている。
部屋のガラクタに紛れた何処かにラジオが幾つか有るらしい。
声。
「あな……いつだっ………そう!」
ノイズ。
ノイズ。
声。
「私が言って……ことなんて……」
髭だるまの正面にはテレビがあって、それも操作していないのに勝手にチャンネルが変わる。きっとガラクタにリモコンが埋もれていて、ボタンが押しっぱなしなんだ。
砂嵐のような画面。
女が男にがなりたてるシーン。
揺らぐノイズ。
何かが砕けるシーン。
砂嵐。砂嵐。砂嵐。
ノイズにまみれて、ふと顔を上げる。
彼女は隣に居なかった。
背筋に走る悪寒に、今度は髭だるまに振り返った。
誰も居ない。
ボク/ワタシ)しか居ない。
ノイズ。
もうテレビなのか、ラジオなのかわからない。
ぼわぼわと、輪郭が白く滲む。
「だって、一周年じゃない!ずっと準備していたじゃない!」
叫んでいた。
「楽しみにしていたのにっ!」
「貴方なんて、■■■■」
なんてヒドイコトバ。
あぁ、これは。
これは、夢なのだと、急激に冷めていく身体が教えてくれた。
ブヅリ、
ブラックアウトした画面の中に、ワタシ/彼)の顔が映り込む。
「嫌だ、嫌だよ、宗次」
肩を抱いて、うずくまる。確かに抱いているはずの自分/宗次)が砂になって消えていく。
「独りは嫌だ、嫌だよ」
浮遊感が襲い掛かってくる。
きっと、このまま浮き上がれば終わってしまうと思った。
終わりを見なければならないと思った。
この全てを、忘れてしまうような気がしたから。
「嫌、………だ」
頬に水気があたる。湿った枕が気持ち悪かった。
身動ぎと共に、はらりとタオルケットがベッドから落ちた。
うろんな頭のまま身体を起こす。
カーテンの隙間から西日が細く差し込んできていた。
テーブルの上には彼との一周年記念のご馳走の準備がしてある。
「ん…」
もぞりとベッドの横で何かが動いた。
ツナギのまま、慌てて帰ってきたのだろう。仕事着をぐしゃぐしゃのシワだらけにする盛大な寝相で宗次が横になっている。少し、汗臭い。
『だからごめんって言ってるだろ?先方さんのお陰で急に仕事はいっちまったんだからよ!何とか早く切り上げてくるから勘弁してくれよ』
朝、ろくに振り返りもしないまま、玄関でそう宗次が言ったのを思い出す。
そう、私はヒドイコトを言ったんだ。
ノイズ。
胸に夢が突き刺さる。
「ふっ……………う、ぅっ」
何かが壊れたように、涙が溢れてきた。
何か大事なことを忘れてしまったような。
何か大切なものを無くしてしまったような。
あの荒唐無稽な夢が。
眠る宗次の横顔が。
それが何かを理解できないのに、無性に何かが哀しかった。
「ん……。紗夜………泣くなよ」
ベッドの下から手がのびてくる。目を醒ましたようだ。
「今日は俺が悪かった。だから、泣くなよ」
その指が私の目元を拭う。
「これ…は…うぅっうっ、違、っう」
「ごめん、紗夜」
ごめん。
もう一度宗次は小さく耳もとで囁いて、私の頭を抱いた。
「ごめん、な、さい…っ」
「ごめんな、紗夜」
「宗次……ごめんなさい…」
「わかった。だからもう泣くなよ、ごめん、紗夜」




