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12 先駆けの 

「忘れてたわ」

 と、実に悪びれなくジャニスは言った。


 昨日、本来いるべき打ち合わせにピーターの姿はなかった。ごまかされていたが、蓋を開けてみればすでにジャニスの企てに搦めとられた後だったらしい。 

 一晩すまきにされてジャニスの私室に監禁されていたピーターは、血走った目でナザレスを睨みつけていたが、時間の関係上縄を解くのもさるぐつわを外すのも後回しのまま放置されている。


「すまん、後で謝るから」「同じく」


 謝る時間くらいはなくもなかったが、それはそれ。

 転がったピーターの横でナザレスとジャニスは額をつきあわせる。


「ピーターを足止めしておいて、オレとアンジェリカ様で先方まで向かうつもりだったんだよ」

「足止め……ってか、あれ、頭にコブできるてみたいだけど、なんかお前結構痛めつけたんじゃないのか?」


 ちらりとナザレスは横たわったピーターに視線を送る。射殺されそうな目で見られて慌てて逸らせば、ジャニスは満面の笑顔。


「この間王子に剣を向けてたから、ちょっとだけお仕置きもかねて。ほら、オレ、ナザレス推しだから」

「うん。で?」


 深く立ち入りたくない話には立ち入らず、先を促す。


「オレが迎えに行かない限りは動いていないと思う、けど」


 そのとき、ドアの影からアンジェリカが顔を見せた。

 今日はいつもの農作業着ではなく、服装も華やかなドレスなら、薄く化粧をしており爪の先まで磨き上げている。

 ジャニスでさえその姿を見て一瞬押し黙ったが、アンジェリカは頓着せずに部屋の中にいる人物を順々に見てから、ナザレスに目をとめた。

 とび色の瞳に、真剣そのものの光が宿っている。紅のひかれた唇から、凛とした言葉がもれた。


「ナザレス、私のこと、止めます?」

「止めない」


 考える前にナザレスは答えてしまっていた。

 あれから真面目に日避けもしていたのだろうか、肌の日焼けも落ち着いており、髪もつややかだ。

 もしかしてアンジェリカは本当に縁談を進めたいのではないだろうかと、思ってしまったせいだ。

 無念そうなため息で返されて、自分の思い違いには気づいた。

 言い方を変えることにした。


「もし止めて欲しいなら止める。でもそれは、アンジェリカに俺のそばに残って欲しいからじゃない。ただ、幸せになれないならやめておけって意味だ。俺はアンジェリカの、姫様の幸せを願っている」


 アンジェリカは、目を逸らさずにまっすぐナザレスを見つめ、やがてふっと横を向いた。


「わかりました。この縁談はなかったことにしてもらいます。……どちらにせよそうなるでしょうけれど」

「……なに?」


 何か不吉なことを聞いた気がした。ナザレスはよくよく記憶をたどってみる。

 何か忘れている。いやしかし、まさか。

 ジャニスではあるまいし、そんな大切なことを簡単に忘れるはずが。


「ルシュカが、先ほどロビンとその配下の者とともに会談の場に出て行きました」

「なんであのバカ隊長は姫じゃないルシュカの供なんかするんだ!?」


 バカだからだよ、とジャニスが茶々をいれたが、アンジェリカは実に生真面目な顔で言った。


「おそらく、先に行って様子を見るように私に仰せつかったなどと言ったのではないかと思いますわ。ああルシュカ。遠目に見ても、本当にかわいらしくて、私少し心配になってしまいましたわ。何事もなければいいんですけれど」


 聞き終える前に、ナザレスはアンジェリカの横を過ぎ、部屋を飛び出していた。

 しかし、廊下に出てから振り返り、釘を刺す。


「俺はアンジェリカのことがよくわかってなかった! 隊士の宿舎なんて男の巣窟なんだから、のこのこくるな! あと、いつの間にジャニスの部屋まで知ったのか知らないが、そこはお友達止まりで」

「ナザレス、お兄さんは心配性してないで早く行きなよ。見苦しいから」

「後で話し合おう! いいな!」


 なぜか揃いもそろって呆れた顔をしているジャニスとアンジェリカの表情に少しばかり動揺しながら、ナザレスはその場を後にした。


 * * *


 近衛騎士を統括しているロビンには、いかんせん常識が少し弱い。


「どこに、ドレスで遠乗りに出かける騎士がいるんだ! ルシュカが兵装じゃない時点でなんかおかしいって気付けよ!」


 ナザレスは悪態をつきつつ馬を駆って後を追いかける羽目になった。


 ルシュカは本当にロビンを騙しおおせたらしいが、騙されるロビンもロビンだ。

 ルシュカがドレス姿で現れたら一大事だと思わないのだろうか。どうしたその格好、とかなんとか怪しがらないものだろうか。

 それとも、そんな細かいことを考えずに職務に忠実だからこそ隊長が勤まるのだろうか。


 落ち合う予定の森に向かう途中、空はゆっくりと曇りつつあった。

 のどかな農道を一人でせわしなく馬を駆っていると、周囲には見事に開墾された土地が広がっている。今日も借り出された近衛隊士たちが汗を流している。


(これで雨さえ降れば)


 すべてがうまくいくとは言えないが、国のどこかで旱魃被害なんかが出たとしても、まわせるだけの収穫が確保できるかもしれない。

 そうやって、少しずつ生産量を上げていけば、他国にも売りつけられるかもしれない。


 いや、そんな先の話を考えるよりも、ひとまず国民が餓えなければいい。

 戦争なんかが起きなければいい。

 そこまで考えて、ナザレスは呻くように呟いた。


「……ルシュカはああ言ってたけど、一歩間違えれば戦争だぞ!」


 ルシュカが淑女や悪女になんかなれるはずがない。手の甲に口づけられるのさえ恥ずかしがって大騒ぎするような女だ。まともに相手にされるはずがない。

 が、もしまともに相手にされたら。


(されたら、戦争だ)


 きっと相手を殴りつけてそこでおしまい。だから。

 だから、走るのだ。

 夕暮れの中で見たルシュカの憂いを帯びた顔が目裏にちらつく。


 顔を振って振り払って、手綱を握り締めて、ナザレスはルシュカの向かった場所へと急いだ。


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