ホタルの名前
ホタルの取扱説明書によると、ホタルは朝飯を時間通りに食べるのは相当難しかったらしく、特にご飯だのといった炭水化物を好んで食べようとはしないらしい。朝の七時にご飯を食べるという習慣がようやくついたばかりなので、朝飯は七時にお願いということだが、すまんな。早速無理だった。
ホタルの一家は朝飯はパン派ではなくご飯派らしい。しかし朝飯のご飯もお茶づけやふりかけといった味のついているものでないとなかなか食べないようだ。その代りトウモロコシの缶詰なんかは大好きで、がつがつ食べてくれるらしい。困ったらそれを朝飯にしてくれと書いてある。
それならばと昨日のおでんの残りと飯を出したら喜んで猫まんまにして食べた。
ほかにも家事なんかを手伝ってくれた時は頭を撫でてほめると喜ぶだとか、お酒やたばこなんかにも興味を示すことがあるので絶対に与えないでくださいだとかいろいろ書かれている。まぁ、いくつかもう取り返しつかないものもあるが。それはしょうがない。後の祭りというやつだ。
というか赤の他人にこんな情報教えちまっていいのか?まぁ、預かる立場としてはありがたいが、本当にこいつの親の危機管理能力とかそこらへんぶっ壊れているんじゃないかと疑いたくなる。
しっかし、一人旅か。一人旅っていえばだれか他人の家に訪れるというよりかは、宿屋なんかを転々とするイメージがあるけど……。まぁ、見知らぬ人の家に泊めてもらうのも一人旅っていえば一人旅なのかな?まぁ何にしてもこのご時世に一人旅をしてみようとか言う子どもに出会うとは思わなかった。
そもそも一人旅とかだったら都会とかの方が断然便利だと思うんだけどな?まあああいうとこってこういう田舎よりも人相の悪い人とかいるから、大人としては田舎に行かせる方がいいんだろうけど。でも子供の心境とかだったら絶対に大人になったら都会で一人暮らししてやるんだとか、そんな生活に憧れていると思ったんだけど……。
「そういえばお前、どうしてこんなところに来たんだ?」
訊いてみるとホタルはどういうことかといわんばかりに首をかしげる。
「一人旅するんなら、こんな田舎よりも都会の方がいいと思わなかったのか?」
「ひとりたび?」
またホタルは「ん?」と言わんばかりに首をかしげる。
俺も同じように「ん?」と首をひねった。
「一人旅じゃないのか?お前の取扱説明書にはそう書いてあんだけど」
そう訊くとホタルは「あ」と小さく口を開けて息を漏らした。
「そういえば、そんなこと言ったかもしれない」
結構曖昧な返事だった。
「えなに、お前が行きたいって言って説得したんじゃないのか?」
「違うよ」
違うのかよ。じゃあ何でこんな田舎に来てんだよ。何で見知らぬ俺の家なんかに泊まって朝飯食ってんだよ。
「じゃあ何でこんなとこに来たんだよ」
「ホタルを見に来た」
「は?」
え何それ?七歳ですでに自分探しの旅してんのか?
「もうすぐここでホタル祭りある」
「え?は?……あ、あぁ、ホタルって、そっちの蛍か」
おしりが光る夏の虫の方な。一瞬ホタル祭りといわれてホタルがうじゃうじゃいる祭りを想像しちまった。やべえ、超こわかった。
「そういえばそろそろだな」
ここはまじな田舎だけあって、蛍のような虫は時期になれば結構出る。蛍が結構公園の名前に入っていることもある。俺も今はもうあまり行ってはいないが、昔は何度か行ったことがある。確か十九日の夜。ここから北に車でに十分ぐらいのところであったはずだ。
といっても蛍祭りは夕方近所の人で集まって酒を飲むことが最近は主になってきて、蛍の観賞はそのおまけみたいなもんになってはいるが。
「なんだ、蛍が好きなのか?」
しかし、またフルフルと首を振られた。
「特に好きじゃない」
「じゃあ何で行きたいんだよ」
もう意味が分からなかった。
「ホタルの名前」
「ん?」
「ホタルの名前。蛍からとったらしいから。どうしてその名前にしたのか知りたくなった」
「おぉ、そうか……」
割とマジで自分探しの旅だった。
「ふぅん。じゃあまぁ、好きになれるといいな。蛍のこと」