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墓のない理由



 

 俺の家は古びたアパートの一階にある。ずっと一人暮らしだったため、中も外もそこそこ汚い。今まで全く気にしたことはなかったが、ホタルをここで生活させるとなると気が引ける程度には汚い。ゴミ袋はカップ麺やコンビニ弁当で埋め尽くされており、あまり教育上よろしい部屋とは言えなかった。


「うへぇ、きたない」


 そんなお言葉までいただいた始末だ。


「だな。まぁお前が寝るのには困らない程度には片付けるよ」


 俺は台所の棚からごみ袋を取り出して、そこらへんに散らかっているごみを片付ける。


「おじさん一人暮らしなの?」


「おう。目の前の惨劇が物語っているとおりだ」


「結婚しないの?」


「……」


 ぴたりと、ごみを拾う手が止まる。一瞬だけ、反応に困った。


「ふ、お子様にはわからないだろうがな、結婚というのは人生の墓場なんだぞ」


 俺は少し気丈にそう笑ってやった。

 八年前、大学を出ると同時結婚しようとした矢先のことだった。彼女が俺の元を離れて行ったのは。結婚式と同じタイミングで婚姻届けも出そうと思っていた。

 結局その婚姻届けも役所に提出する前にゴミ箱の中だ。

 あんな経験をして、人生をやり直そうとするほど俺も強くはいられなかった。

 だからこそこんな田舎に逃げ込んで、家賃三万のやっすいアパートを借りて、一人で細々と生活している。


「だから結婚しないの?」


「おうしない」


「……」


「ん?どうした?やっぱりここに泊まるのは嫌になったか?」


 まあこんなきったねえ部屋に泊まるのは嫌と思われてもしょうがない。その時は仕方ない、少し遠くなるが旅館に連れていくか。

 一応プランも考えてはみたが、ホタルはまたフルフルと首を振って上がり込んでくる。


「結婚が人生の墓場なら、結婚しないおじさんにお墓ってあるの?」


「…………」


 あらやだ。子どもの想像力って逞しいんだから。

 っていうか何その返し。すげえなその発想。びっくりしすぎて言葉失っちまったじゃねえか。


「ないのなら、作ってあげようか?お墓」


「えなに、お前に作れるの?」


 まさかの衝撃発言に驚き振り返る。ホタルは特に変わった様子なく、愛想のない顔をしたままじっとこちらを見ていた。

 というか今の発言、どういう意味で言ったんだ?結婚して俺に墓場を作ってくれるという発言か?物理的に俺に墓を作ってくれるという発言か?ホタルの顔愛想なさ過ぎて一切感情が読めないんだよ。

しかし、顔が合ってもピクリとも表情を変えないホタルを見ていると、なんとなく落ち着いた。


「いやいい。よりにもよって初めて会った女の子にお墓を作ってもらうとか悲しすぎる」


俺は止まっていた手を再び動かす。ゴミを拾っては捨て、拾っては捨て。


「手伝う?」


 そして部屋に上がり込んできたホタルも、そう声を掛けてくる。「手伝う?」などと疑問形で言いながらも、もうすでに両手に大量のごみを抱えていた。ただし分別はまだ難しいようだ。


「おうサンキュー。でもお前はお客様だからな。ソファーにふんぞり返って、座ってテレビ見ててもいいんだぞ?まぁうちにソファーなんてないんだけど……あぁ、でももういい時間だな。先に風呂にするか。シャワーとお湯につかるの、どっちがいい?」


「……シャワー」


「そっか。じゃあ先に入っちまえ。お前が風呂に入っている間に俺が部屋を片付けておくから」


「わかった」


「風呂の場所は……あぁ、まあいいや、ついてこい。……そういやお前、着替えあんのか?」


「あるよ。一日分だけ」


 ポンと背負ってきているリュックを叩く。四日間滞在させるのに本当にアバウトだなその親。洗濯機毎日回さねえといけないじゃないか。

 仕方ない。二十日まではそれなりにちゃんとした生活を送ることにするか。


 一応風呂場まで案内して電気をつけてやる。


「せまい」


 開口一番それか。まあ否定はせんが子供に大金持たせているような人間の住む家の風呂と比べられてもどうしようもない。なんせ家賃三万のボロアパートだからな。


「お湯の出し方わかるか?」


「それくらいわかる」


 頼もしい答えだ。


「一人で入れるか?」


「……入れる」


 少し頼りなさげだった。自分には子供がいないから、大体どのくらいで子供が一人で風呂に入れるようになるかっていうのは、よくわからない。俺の記憶を引っ張ってこようにも、もうずいぶん昔の話で覚えていない。

 しかし一緒に入ろうにも、女の子の体の洗い方なんぞ知らん。というかさすがに預かっているだけの小学生と一緒に風呂に入ったら、それはそれで案件な気がする。牢獄人生一直線な気がする。

 ここはホタルに頑張ってもらうしかない。

 きっとこういう部分での成長も、一人旅の醍醐味だ。がんばれ。


「じゃあ、ゆっくりな」


 俺がそう言って風呂場を出て行くと、不愛想な顔にほんの少しだけ寂しそうな影を落として、「ん」とホタルは頷いた。




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