初めての酒の味
「まぁお前がいいのなら、二十日まで俺の家を使えばいい」
そう言ってやるとホタルは口元を少しだけふやけさせて「ん」と頷いた。そして残りのはんぺんを食べる。
いつもより少し早いが、ホタルが食事を終えたら今日はもう店じまいにしてしまおう。
道を見ても誰もいないし。思わぬ収穫もあったし。
「おじさん」
店の片づけを始めていると、はんぺんを食べてたホタルに呼ばれる。
「おぅ、どした?何だったらもう少し食っていくか?」
見ればもうはんぺんもなくなっていた。食べ終えたらしい。年端のいかない子どもには先ほどの量がちょうどいいかとも思ったが、結構がつがつ食っていたし、まだ腹が減っているのかもしれない。しかし、ホタルはフルフルと首を振った。
「いい。それより喉乾いた」
「ん?さっきジュース、あぁ、飲んじまったのか」
そういやさっき口の中の大根を冷ますためにも飲んでたしな。そりゃあなくなるか。
「なら少し待ってろ、また買ってくるから」
そう言ってやると、何故かホタルはまた首をフルフルと振った。
「いい。ジュースよりも、それが欲しい」
そういいながらホタルは先ほど俺が何度か焼酎を注いだ徳利を指さした。
「あぁ、こいつは酒だ。未成年には振舞うわけにはいかないんだ」
「何事にも挑戦ってお母さん言ってた」
「あぁ、なんか言いそうだなお前の母ちゃん。姿も形も見たことねえけどなんかそんなことを言いそうだ」
しかしいくら挑戦だのなんだのと言われようが、こればかりは振舞うわけにもいかない。
「……」
しかし何だ、物欲しそうな眼でじっと見られると、少しくらいならいいかとも思ってしまう。何しろ一人旅をしようというからにはそれなりにいろいろ経験しようということだろう。何事も経験するのはいいことだとは思う。それにたぶん子供には焼酎のにおいは結構きついはずだ。お酒にはむやみに手を出してもいいことはないとわからせるには少しくらいならいいかもしれない。
「……」
それに本当はまずいが、大切なお客様でもある。
俺は新しい盃を出していつも注ぐ量の三分の一程度を注いだ。
「ほら。一応匂いを嗅いでみな。それで嫌になったらおとなしくジュースを飲め」
ホタルはコクリと頷いて盃を受け取る。そしてクンクンと匂いを嗅ぐとうへぇとでも言いそうなひどい顔をした。
「な?結構においがきつい大人の飲みもんなんだ。甘い香りのするジュースの方が絶対にうまいと思うぞ」
と手にした盃とにらめっこを続けるホタルに言って新しいジュースを買いに行こうとすると、ホタルは意を決したように大きく喉を鳴らしてから、その盃の中の液体を飲み干した。
「おぉ」
あまりの飲みっぷりに感嘆の声が漏れる。
しかし当のホタルはあんまりうまいとは思えなかったようで、げんなりとしながら舌を出した。
「苦い」
「だろうな」
「あと何か体がポカポカする」
「そういう飲み物だからな」
「でも初めて飲んだ。これでホタルも大人の女」
あまりの苦さに涙を湛えながら、それでもニッと笑って自慢げに言ってくる。根性があるやつだ。
「やったな、大人の女だ」
そうサムズアップして応じてやる。
「もう一杯」
と、盃を差し出してきた。
「これ以上はだめだ。オレンジジュースでいいか?それともコーラとかの方がいいか?」
「ブラックコーヒー」
即答だった。
「止めとけ」
七歳の女の子には絶対無理だ。まぁあ酒を出しといてコーヒーを出さないというのは順番が違う気がせんでもないが。
俺も即答してやるとムッと口を曲げた。
しかし次にはおとなしく椅子に座って「オレンジジュース」と呟いた。
「あいよ」
俺はまた駅前の自販機のところまで走る。オレンジジュースを手に入れてまた走って戻った。
「ほいよ」
そう言って渡してやる。
「……」
しかしホタルの力ではキャップを外せないらしい。そういやそうだと笑ってからホタルの手からボトルをとってキャップを開けて渡した。
「もうお腹いっぱいになったか?」
「ん」
「なら小学生にはちょうどいい時間だし、そろそろ帰るか」
時計を見れば、時刻はもう八時だ。支度をして帰れば、本当にいい時間になる。
ホタルもお腹もいっぱいになってジュースも確保し特に文句はないようだ。
「一応確認するが、本当に俺の家にとまるでいいのか?」
たぶん俺に百万払うよりホテルに泊まった方が安く済む。
しかし、ホタルも特に何も問題ないと「うん」と頷いた。
なら、俺からは特に何も言わない。
「じゃぁ、帰るか」