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具合が悪い時ほど、話が浮かぶ不思議。
まったりゆっくり(腐な事を考えながら)過ごすはずだったが、西凪やヴィンセントがまだ部屋に居座っていて、ミナリアは軽く溜め息を吐いた。
「えーと、宰相補佐官様は何のご用でこちらに?」
「ああ、そうでした」
ヴィンセントはにっこり微笑み、ミナリアを見つめた。
ミナリアは少し身体を引く。
「聖女殿の公表の件です。レオナルド殿との婚姻の前に発表します。その際、ミナリア嬢にもその場に参加して頂きたいのです」
「私が、ですか?」
「ええ。聖女殿の教育係として紹介します。聖女殿も、公の場で緊張すると思いますので、ミナリア嬢がご一緒ならそれも和らぐかと」
「緊張、ですか」
ミナリアはつい西凪を呆れた顔で見てしまう。
(西凪ちゃんでも緊張する、のかなぁ?)
「わかりました。お日にちが決まりましたら、またお知らせください」
「はい。聖女殿のお支度も用意しますが、ミナリア嬢の物も用意させますので」
「ん?え?私の?」
「公の場ですので、それなりの装いをして頂きます」
「あ、はい。そうですよね」
(ええー?また面倒なドレスを着なきゃならないのー?)
心の中で泣いているミナリアとは反対に、西凪はしらっと口を開いた。
「あたし、ドレスは着ないわよ」
「西凪ちゃん?!」
「長いスカートなんて、何かあった時に動けないじゃない」
「何かあると思ってるの?」
「備えあれば憂いなし」
西凪は肩をすくめた。
ヴィンセントが困った様に首を傾げる。
「聖女殿には、ドレスではなく、特別な衣装を着て頂く予定です」
「はあ?特別な衣装?」
西凪は顔をしかめた。
「ええ。聖女らしい服装を用意すると、女官長が」
「女官長?そんな人居たんだ」
「女官長は、レオナルド殿の伯母上様です」
「え?」
「げ!」
「……………」
ミナリアと西凪は思わず変な声を出してしまった。
「あ、その、申し訳ございません、存じませんで」
「いーやー!聖女らしいって、絶対動き辛い服だよ!」
ミナリアはレオナルドに謝り、西凪は頭をかかえた。
レオナルドは軽く首を振ると、ヴィンセントを見た。
「伯母に相談してもよろしいでしょうか?」
「聖女殿の服装の事を?」
「はい。なるべく肌は晒さないようにと」
「そっちかよ!?」
西凪は思わずツッコミ、ミナリアはある意味震えた。
(怖い!レオナルドから溺愛オーラが出てる!)
「あ、肌を出さないならいいや」
「西凪ちゃん?!」
「お姉ちゃんは綺麗にしてもらってね」
西凪はパンパンと手を叩いた。
「はい、とりあえずこの話はおしまい。あたし、お姉ちゃんと二人きりで話しがあるので、レオナルド達は出て行って」
「サナ、俺は護衛だ」
「ここでは必要ない」
ヴィンセントは静かに立ち上がり、ミナリアに挨拶をして出て行った。
レオナルドも西凪に押し出されて、扉を閉められた。
「さて、お姉ちゃん」
「何?西凪ちゃん。お話って」
ミナリアは首を傾げる。
「薄い本の話に決まってるじゃない」
西凪はいそいそとミナリアの隣に座る。
「明日の騎士団の見学の後でもいいんだけど、テーマを決めて書くか、自由に書くか、決めておこうと思って」
「んー、最初は自由でいいんじゃない?」
「お姉ちゃんがいいなら、あたしは好きに書くけど?」
「うん。それでいいわ」
ミナリアが頷くと、西凪も笑って頷いた。
「…………で、本当にいいの?西凪ちゃん」
「何が?」
「レオナルド様との結婚」
「あー………」
西凪は腕を組んで首を傾げる。
「なんかね、断りたいけど、断ったらヤバイ気がするのよ」
「あ、うん、わたしもそう思う」
「お姉ちゃんは、好きな人と結婚して、幸せになってね」
一瞬西凪は泣きそうな表情をしたが、すぐににっこり笑った。
騎士団に行くというので、あまり動き難い服では駄目だろうと思い、ミナリアはシンプルなクリーム色のワンピースを着た。
髪もひとつに束ね、靴はショートブーツにした。
部屋を出ると、廊下で西凪とレオナルドが待っていた。
西凪は紺色のワンピースの下に乗馬用のズボンを着て、膝下のブーツを履いている。
腰まである長い髪はひとつの三つ編みにしている。
レオナルドはいつもの黒い騎士服だ。
「お早う西凪ちゃん、レオナルド様」
「おっはよう、お姉ちゃん」
「…………」
ミナリアの挨拶に、西凪は笑顔で返し、レオナルドは黙って頭を下げた。
「さっ、レオナルド、案内して」
西凪の言葉にレオナルドは頷き、歩き出した。
ミナリアと西凪は、レオナルドについて行く。
かなり遠くまで歩いて、やっとレオナルドが立ち止まった。
「この先が、騎士団の訓練場になる。今の時間だと、第二隊が訓練している」
「第二隊って、レオナルドの隊じゃない?」
「そうだ」
「…………うん、わかった。他の隊には許可を貰えなかったのね」
「いや、ああ、そうだ」
「…………」
(今、否定しかけたわよ?!どっちなの?!)
ミナリアはついジト目でレオナルドを見てしまう。
西凪は気にしていないようで、先に歩いて行く。
「わーい、楽しみ」
ミナリアは溜め息をついて、西凪の後を追った。
通路の先は拓けた屋外になっていて、二十人くらいの男性達が模擬剣を持って訓練していた。
ミナリアと西凪は目を皿の様にして見回す。
「西凪ちゃん」
「何?お姉ちゃん」
「騎士団の人って、顔で選ばれたりしてないわよね?」
「あたしに訊かれても、知らない」
騎士の人達は、皆そこそこ見目が良かった。
(ん?貴族の息子が騎士になるから、顔がいい人が多いの?)
ミナリアは記憶を掘り起こす。
(確か、騎士は貴族の人しかなれないのよね。一般の人は傭兵とかハンターとかになるのよね)
西凪もその事に気づいたらしく、顔をしかめていた。
「おーやだ。選民思想」
「西凪ちゃん。仕方ないのよ。そういう世界なんだもの」
「うん、まあ、ファンタジーだと思って我慢する」
二人が小声で話していると、三人に気づいた一人が走って近づいて来た。
「レオナルド隊長、この方達が見学者ですか?」
「ああ。サナ、第二隊副隊長のドンファンだ」
茶髪に青い瞳の、人懐こそうな笑顔の青年の名前を聞いて、ミナリアと西凪は思わず叫んだ。
「「ドンファーン!!」」
「えぇ?!」
ドンファンは驚いて一歩さがる。
ドンファンという名前は、前の世界でミナリアと西凪がプレイしたとあるゲームのキャラクターと同じだった。
「あ、失礼致しました。私はミナリア・ザウアーラントです」
ミナリアは慌てて身を正して挨拶をする。
西凪は笑っていた。
「やべー、リアルドンファン!」
「西凪ちゃん」
ミナリアが西凪を嗜めると、西凪は笑いをおさめて片手を軽くあげる。
「ごめん。あたしは西凪です」
「はあ、あの、お二人は何故騎士団の見学に?」
「ドンファン」
「は!」
レオナルドが一言発しただけで、ドンファンはピタリと直立不動になった。
「この二人は城の客人だ。詮索無用」
「はい、わかりました」
「えぇー?!そんな簡単に納得していいの?」
西凪が少し顔をしかめる。
(ああ、西凪ちゃんの悪い癖が出た)
ミナリアは遠い目をしてしまった。
西凪は、ちょっとばかり正義感が強い。そして、少しでも悪いと思った事を見て見ぬふりが出来ないのだ。
「あんたさぁ、上司が絶対だとでも思ってるの?上司が悪い事しても、“正しい事です”って許すの?馬鹿なの?」
ドンファンは目に見えて顔を赤くして怒っていた。
「失礼な!そんな事をする訳ないだろう!」
「今、あたし達の事ちゃんと説明されてないのに、“わかりました”って言ったじゃない。同じ事よ。あたし達が悪人じゃないという証拠は何もないのに」
「………!?」
ドンファンは目を丸くして固まった。
そして、レオナルドをそろりと見る。
レオナルドはしばし考え、頷いた。
「そうだな。サナの言う通りだ」
「しかし、それでは隊長を疑う事になります」
「信頼するのは悪くないが、この二人の身元については、もう少し詮索するべきだったな」
「…………はい」
ドンファンは肩を落として返事をする。
「うん。納得したところで、改めて自己紹介するよ。あたしは聖女としてこの国に召喚された西凪です。こっちの人は、あたしの教育係のミナリア様。あたしのお姉ちゃんです」
「はあ…………はあ??」
ドンファンは頷きかけて、首を傾げた。
「西凪ちゃん、混乱させる言い方は駄目よ」
「あ、ごめーん。あたしの心のお姉ちゃんです」
ミナリアは額に手を当てて首を振った。
「全く悪いと思ってないわね。余計混乱させるわよ」
西凪はちろりと舌を出して笑った。
「だって、この人面白い」
「ドンファン、サナは俺の婚約者だ」
「………ん?」
「ええー?!」
レオナルドがしれっと西凪の肩書きを増やす。
(恐ろしい子っ!根回しは忘れないのね!)
ミナリアはぶるりと震えた。
「で、何が見たい?」
「へ?」
レオナルドは主に西凪を見て話す。
「あ、そうね、訓練ってどんな事をやるの?」
「体力作りや剣の稽古だな」
「へー。ま、あたし達の事は気にしないで、いつも通りの訓練をしてくれればいいわ」
「そうか。………ドンファン、そのまま続けてくれ」
「はい」
ドンファンは他の団員達のところへ戻った。
「じゃ、ぐるっと回ってみようか」
西凪はミナリアとレオナルドを促して歩き出した。
読んで頂きありがとうございました。
今年の投稿はこれが最後だと思います。
来年もよろしくお願いします。
皆様、良いお年を。