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とりあえずミナリアは西凪にこの世界のおおまかな常識を教える事にした。
西凪もオタクだったので、ファンタジーな世界に早くも順応していた。
ミナリアは逆に、西凪を転生トリップさせた神様とやらの事を西凪に尋ねた。
西凪がこの世界に来て、約一週間が経っていた。
西凪の部屋のソファに座って、ミナリアは白紙をテーブルに置きペンを手に西凪から聞いた事を書き付け、まとめようと思った。
「で?西凪ちゃんを転生させたのは、男神?女神?」
「綺麗な女の人………人?神様だったよ」
西凪はこの国ではそこそこ高価なチョコレートを食べる。
「…………西凪ちゃん。そのチョコ、誰に貰ったの?」
「レオナルド」
「西凪ちゃん!食べ物に釣られちゃ駄目よ!」
ミナリアは西凪が心配過ぎてつい大きな声を出してしまう。
西凪はチョコを見て、ミナリアに首を傾げる。
「もしかして、チョコってお高い?」
「結構高い」
「マジか。あたしがチョコ好きだって言ったら、レオナルドが持って来たのよ。チョコが高いんじゃ、コーヒーも高いの?」
「そうね。コーヒーもそこそこ高価よ」
「えー?やば、レオナルドにあたしコーヒーも好きって言ったなあ」
「もう。西凪ちゃんは変なところで抜けてるんだから。これからは気をつけてね」
「はーい」
西凪は素直に返事をした。
「えーと、西凪ちゃんはその女神様に頼まれたのね?」
「そう。この世界を助けてって。でもさぁ、あたし疑問なんだけど、この国の人が召喚したって言ってるでしょう?女神に送り込まれたのか召喚されたのか、どっちだと思う?」
「そ、それは、わたしにも解らないわ」
ミナリアは困った様に自分が書いた文字を見る。
「まあ、やる事は変わらないみたいだし、いいけどね」
西凪はあっけらかんと言う。
ミナリアは首を傾げる。
「でも、今のところ魔物が沢山現れたとか、聞かないけれど」
「じゃあ、今のうちに薄い本の計画を進めよう」
「………ほんとに作るの?」
西凪はじっとミナリアを見る。
「お姉ちゃん、よく我慢出来たね。前はあんなにBLがないと生きて行けなかったのに」
「確かに」
「まずはお姉ちゃんの好きそうなカップリングで話を書こう。上司×部下とか、先輩×後輩とか?」
「くっ、好きよ、そのカップリング。勿論攻めはインテリ美形でお願いします!」
「受けはヤンチャ系?それとも素直系?」
「ツンデレもいい!」
そこでハッとミナリアは我に返る。
「西凪ちゃん、どうやって本にするの?この世界には印刷技術は版画止まりよ?」
「え?活版もないの?」
「頑張れば、どうにか」
「……………よし。魔法で」
「え?」
西凪はミナリアが持ち込んだ紙に、簡単に絵と文字を書くと、さっと右手をかざした。
すると、隣の白紙に同じ絵と文字が写り、ミナリアは目を丸くした。
「ええ?!」
「こんな感じで。薄い本程度の枚数なら、いけるかも」
「西凪ちゃん、魔法が使えるの?」
「だから言ったじゃん。神様にチート貰ったって」
「えぇー?」
その時、扉がノックされた。
ミナリアは慌てて紙をまとめて布製の鞄に入れて、扉を開けに行く。
「どなた様でしょう?」
「ヴィンセントです」
扉の向こうからの返事に、ミナリアはややホッとして扉を開けた。
「宰相補佐官様、どうぞ」
「失礼します」
入って来たヴィンセントの分のお茶をミナリアが淹れると、ヴィンセントが少し眉を寄せた。
「お茶くらいは侍女にさせましょう」
それには西凪がニヤニヤ笑って止めた。
「お姉ちゃんはお茶を淹れるのが物凄く上手なんですよ。好きこそものの上手なれってね」
ミナリアはヴィンセントの前のテーブルにカップを置く。
「そう言えば、先日もミナリア嬢がお茶を淹れたのですよね。では、いただきます」
ヴィンセントがカップを口に運ぶ。
「で?宰相補佐官は何の用事?」
「ああ。聖女殿の結婚の儀についてです」
「はあ?!」
「ええ?!」
ヴィンセントの言葉に、二人は驚きの声をあげる。
「ちょっ、ま、補佐官様、性急過ぎだと思いますけど」
「わたしもそう思うのですが、聖女殿に絡んできそうな貴族達を黙らせる為に必要なんですよ。聖女殿が人妻であれば、まあ行動に起こす者はいないでしょう。しかも、あのレオナルド殿が相手ですからね」
ヴィンセントが溜め息混じりに言う。
「あー………。なんとなくわかる。わかるけど、確かに早過ぎ」
西凪が遠い目をして首を振る。
「それがですね、聖女殿のお相手として第二王子殿下と第三王子殿下が名乗りをあげまして。レオナルド殿が早く結婚してしまおう、と」
「王子殿下が?!」
驚くミナリアの隣で、西凪は首を傾げる。
「………誰?」
「ええ?!西凪ちゃん、知らないの?!」
「いえ、聖女殿はお会いしてますよ?」
「いつ?何処で?」
「召喚の儀の際に、お二人はいらしたので、お会いしてます」
西凪は上を見上げ、思い出そうとしたが思い出せなかったらしく、首を振る。
「やっべ、思い出せないわ。どんな容姿?」
「王子殿下はお三人共綺麗な金髪ですよ。第二王子殿下は十八歳、第三王子殿下は十五歳です」
(あ、王子、可哀想に)
ミナリアはそっと目を伏せた。
「あたし、金髪の男って嫌いなの。あたしの視界に入れないで」
西凪は心底厭そうに顔をしかめた。
ヴィンセントは苦笑いで頷いた。
「なるほど。レオナルド殿は深い青色の髪ですね」
「え?レオナルドは関係ないでしょ」
「ええ」
「………………」
しばし三人は沈黙する。
「………で、西凪ちゃんは、いいの?」
ミナリアが眉を寄せて西凪に訊く。
西凪は意外にもあっさり頷いた。
「ま、金髪野郎よりはいいわ」
「でも、西凪ちゃんとレオナルド様は出会ってまだ一週間しか経ってないじゃない。ほとんど知らない人と一緒よ」
西凪はミナリアに微かに笑った。
「状況がね、それ以外を選択すると、駄目なのよ。たぶん、レオナルドを選ぶ事が一番良い手」
「西凪ちゃん………」
(やっぱり、この世界に喚ばれたせいで………)
ミナリアは自分の手に視線を落とす。
「あ、そうだ。お姉ちゃん、明後日騎士団の見学があるから」
「え?」
「は?」
ミナリアは目を丸くしたが、何故かヴィンセントまで驚いている。
「レオナルドが許可取ってくれた。お姉ちゃんも一緒に行く事になってるから」
「ああ、うん、わかったわ。騎士団のどの辺りを見学するの?」
「さあ?テキトーにお願いって言ったけど」
「西凪ちゃん。それは、適切という意味と、いいかげんという意味とで、だいぶ違うけど」
「どっちでも大丈夫じゃない?」
「わたしも同行しましょう」
ヴィンセントが真面目な表情で言った。
「ええ?宰相補佐官が来たら、普段の騎士団が見られないじゃない」
西凪が顔をしかめる。
「普段の騎士団、ですか?」
「そうよ。“今ちゃんと仕事してます”って堅苦しいのじゃなくて、ちょっと砕けた雰囲気の騎士団が見たいの」
「何故?」
「……………」
実際の理由が言えないので、西凪は黙ってしまう。
「宰相補佐官様。西凪ちゃんは騎士が珍しいのですよ。元の世界には、騎士はほぼいませんでしたから」
ミナリアが誤魔化す為にそれらしい事を言うと、ヴィンセントは驚いた。
「え?騎士がいなくて、どうやって国を守っているのですか?」
「騎士に相当する職がありました。ただ、騎士とはだいぶ職業形態が違いますけど」
ミナリアの説明に、ヴィンセントはなんとなく理解したのか、軽く頷いた。
「大体、レオナルドが案内してくれるって言ってたから、変なところには入らないわよ」
「わかりました。ただ、騎士と言っても男ですので、気をつけてください」
ミナリアはヴィンセントから視線を反らして、頭を下げた。
「西凪ちゃんはちゃんと私が守りますので」
「………そうではないのですが………」
ヴィンセントの呟きはミナリアには聞こえなかった。
読んで頂きありがとうございました。