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ミナリア、西凪、ヴィンセント、レオナルドの四人でお茶を飲んで、ミナリアが「そうだ」とカップをソーサーに置く。
「宰相補佐官様」
「ヴィンセントとお呼びください」
「…………補佐官様、聖女とは」
「ヴィンセント、と呼んでください」
「………………」
「………………」
ミナリアはじっと口を閉じたが、ヴィンセントも黙ってしまった。
西凪が呆れた様に溜め息を吐いた。
「お姉ちゃん、本人がいいって言ってるんだから、諦めたら?」
「聖女とは、何をするのですか?」
「…………そうですね。特に、今は何も」
「今は?…………訊き方を変えます。西凪ちゃんに何をさせるつもりですか?」
ミナリアはヴィンセントを睨む様に見つめる。
ヴィンセントは目を細めてミナリアを見て、軽く息を吐いた。
「ミナリア嬢は、魔物の存在をご存知ですか?」
「魔物?一応、居るらしいという事だけは知っています」
「約百年に一度の割合で魔物が大量発生するのです。それを討伐する為に、聖女が異界から召喚されます」
「魔物、を倒す為だけに、西凪ちゃんはこの世界に召喚された、と」
ミナリアが両手を強く握って、無表情にヴィンセントを見る。
「ミナリア嬢。聖女召喚は、王が決定した事です。我々がそれについて何か意見する事は、王への批判になります」
「……………」
(そんな事わかってるわよ!でも、この世界の事情に西凪ちゃんは関係無いじゃない!今までの聖女も、そうやってこっちの勝手な事情で喚んで、魔物と戦わせてたって事?!)
ミナリアが俯いて黙っていると、西凪が微かに笑った。
「お姉ちゃん。あたし、一応魔物と戦う事は聞いてるし、あたしも承諾したから大丈夫よ。それに、あたし自身が聖女召喚について何か言うのは構わないんでしょう?」
「え?」
西凪は少し唇を歪めて笑う。
(あ、怒ってる)
ミナリアは顔を引きつらせて西凪を見た。
「まずねぇ、事情を知らない人を勝手に召喚ってどうなの?はっきり言って誘拐よねぇ?で?今までそういう訓練をしてない人に、魔物なんて未知の生物と戦えって?死ねって言ってるのと同じよねぇ。この国の王様や貴族達は、想像力ってものが欠如してるとしか思えないわねぇ。自分がもし全く知らない世界に召喚されて、未知の生物と戦えって言われたらどう思うのか、ちょっと想像してみればいいのに、ねぇ?宰相補佐官、あんたはどう考えているの?」
西凪が「ねぇ」を連発している時は怒っている時だと、ミナリアは知っている。
チロリと流し見る様にヴィンセントを横目で睨んだ西凪は、突然カップの横に置いてあったスプーンを掴んで、部屋の隅に向かって投げた。
スプーンは何かに当たって、壁の手前で床に落ちる。
すぐにレオナルドが大股で近づき、その何かを掴んで引きずって来た。
ヴィンセントは無表情にそれを見ていた。
西凪は眉を寄せて、レオナルドが捕まえている人物を見た。
全身黒ずくめで、顔には覆面をしている、たぶん男性。
「なぁに?あたしは監視されてるの?それとも、この人暗殺者か何か?」
「暗殺?!」
「あ、大丈夫よ、お姉ちゃん。あたし、神様からチートもらってるし、簡単には殺られないわよ」
「そういう事じゃないのよ!?聖女ってこの世界にとって救世主みたいな存在じゃないの?!」
「善悪は人それぞれ違うって事よ」
慌てるミナリアとは反対に、西凪は落ち着いている。
「西凪ちゃん、やっぱり危険だわ。なんとか…………」
「お姉ちゃん」
西凪がミナリアの言葉を遮る。
そして軽く首を振った。
「で?宰相補佐官。そいつは監視の人?それとも、あんたも知らない暗殺者?」
ヴィンセントは無表情に男を見て、西凪を真っ直ぐ見つめた。
「たぶん、暗殺者ですね。誓って言いますが、聖女に監視など付けません」
「…………そう。あんたが誓う対象が何か、訊いても?」
「女神と、わたし自身です」
西凪はヴィンセントを見て、暗殺者の男をチラリと見た。
「誰に雇われたかなんて、教えてくれないわよね?」
「………………」
男は何も言わずに、視線を逸らした。
「レオナルド殿。連れて行ってください」
ヴィンセントに言われて、レオナルドは男を部屋の外に引き摺って行った。
西凪は、冷めてしまった紅茶を飲む。
「さて。答えを聞かせてもらおうかしら。宰相補佐官」
「答え、とは?」
「さっきあたしが訊いた事も忘れたの?その年で、認知症なの?とぼけてないでさっさと答えなさい」
ミナリアは西凪とヴィンセントを交互に見て、ハラハラしていた。
ヴィンセントは溜め息を吐くと、やや目を伏せて口を開いた。
「…………正直、今までこの国の人間は聖女に頼り過ぎだと、わたしは思っています。実際、聖女殿の仰る通り、召喚されても魔物と戦えない聖女が過去に居たようです。それは、聖女個人の性質にも因るでしょうが、やはり世界が違い過ぎたのでしょうね」
「そこまで解ってて聖女召喚をするって事は、よっぽど切羽詰まってるって受け取るけど」
「ええ。今、この国で魔物を倒せる者は、ほんの数人ですね」
「え?!だって、騎士団は…………」
ミナリアは、この国の騎士団の噂話くらいは知っている。
まあ、なんの目的で騎士団の情報を手に入れたかは、腐女子故というところだ。
この国の騎士団は、周辺諸国の騎士団の中でも最強だという話だった。
それが、魔物も倒せないとは思わなかった。
ヴィンセントはミナリアを見て、困った様に苦笑する。
「ミナリア嬢の言いたい事はわかります。この国で魔物を倒せる者が数人とすると、他国では一人もいない、というのと同じなのですよ」
ミナリアは目を丸くして、西凪は顔をしかめた。
「はあ。ねぇ?あたしが召喚された時に、なんでその事を言わなかったの?馬鹿なの?あたしの心積りも違ってくるんだけど」
西凪は溜め息をついて、呆れた様に額に手を当てる。
「いえ、あの、聖女殿の保証人を誰がするかと、阿呆共、いえ貴族達が揉めまして………」
ヴィンセントが言いにくそうに言葉にするが、本音が漏れている。
「あれ?西凪ちゃんの保証人って、誰がやってるの?」
「レオナルド殿です」
「ええ?!」
「あ、そうだったんだ」
ミナリアは驚き、西凪は今知った様な反応をした。
「ええ?!西凪ちゃん、ちゃんとそういう事は確認しておこうよ!」
「いや、ずっとレオナルドが張り付いてたから、まあ大丈夫かな、と」
「西凪ちゃん。あの人が良い人かは判らないでしょう?」
「え?あー、えっと、なんかね、騎士の誓いとか言って、変な契約魔法を使ったから、大丈夫かな、と」
西凪が手首を見せる。
そこには、手首をぐるっと回る模様があった。
水と炎が絡み合う様な、不思議な模様だ。
ヴィンセントがそれを見て、眉を上げた。
「それは、古い婚姻の契約魔法ですね」
「はあ?!」
「ええ?!」
「ちょっ、西凪ちゃん、騙されてる!?」
「いやいや、ええ??だって、“裏切ったら死ぬ”みたいな文句が入ってたよ?」
「ええ。不義密通を犯せば死にます」
「なんちゅう魔法?!昔の人は馬鹿なの?!」
「まあ、離婚されない為の誓いだと、古魔法の書に書いてありましたから」
冷静に説明するヴィンセントをミナリアは睨む。
「これじゃあ西凪ちゃんが自由恋愛もできないではないですか」
「無理だと思いますよ。レオナルド殿に気に入られた時点で」
(お、恐ろしい男!!レオナルド、急激にわたしの中で危険人物になったわ!!)
ミナリアはそっと西凪の腕に手を置く。
西凪は微かに震えていた。
「西凪ちゃん………」
「そんな……、あたしの“美少年を愛でよう”計画が頓挫するとは」
「そっちかーい!西凪ちゃん、その魔法、解除出来ないの?!」
そこに、レオナルドが戻って来た。
そして、「あ、まずい」という顔をした。
ミナリアはレオナルドをキッと睨んだ。
「レオナルド様。西凪ちゃんの契約魔法を解除してください」
「断る」
「くっ、即答するとは………。西凪ちゃん、この人でいいの?」
「え?美少年じゃないから、やだ」
西凪の言葉に、レオナルドが愕然として、床に膝をつく。
「何故だ………」
「美少年じゃないから、でしょうね」
ヴィンセントが傷を抉った。
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