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ミナリア・ザウアーラントは、侯爵家の長女である。


前世は山本南海(なみ)という名前の日本人女性だった。

三十代の頃に病気で死んだ、はずだった。


気がついたら、このファンタジーな世界に生きていた。

ミナリアが十歳の時に転んで頭を打った拍子に前世を思い出したのだ。


前世の南海は、典型的な日本人だった。

一重の細い目に、低い鼻、硬い黒髪。

唯一の自慢は白くてもちもちの肌。


対してミナリアは、二重のぱっちりとした目で瞳の色は青紫、すっとしたかわいい鼻に、綺麗な紫銀色の髪。

肌は前世と同じく白くてもちもちだ。


容姿にコンプレックスがあったから、今の自分の見ためは気に入っている。

南海は両親と妹との四人家族だった。

ミナリアは両親と弟の四人家族だ。


この世界は、剣と魔法のファンタジーな世界で、ミナリアがいる国は王制と貴族制がある国だ。

ミナリアはカヤリナテス国に十三家ある侯爵家のひとつ、ザウアーラント家に生まれた。

父は王宮で執務官長をしている、らしい。

母は天然でのほほんと侯爵家を切り盛りしている。

二歳下の弟は、可愛い。

それなりに幸せだと思っていた。


前世を思い出すまでは。


南海は、オタクで腐女子だったのだ。

そう、今の世界には娯楽が少ない。

我慢に我慢を重ねていたが、十五歳の頃にはストレスが溜まりまくっていた。





(ああ!この世界には同人誌とか娯楽小説とかはないの?!)


南海は重度の腐女子だった。

買う本はほぼBL。しかも読んだ本の作者とタイトル、イラストレーター、話の粗筋、などなどを全て記憶していた。

記憶力を司るという脳の海馬は、BL本の事で99%使われていた。

つまり、他の事では記憶力が発揮されない。

学生の頃の成績は中の下くらいだった。

それが今は自分の首を絞めていると言ってもいい。

ミナリアは、貴族としての礼儀作法や国の歴史などの勉強が苦手だ。

運動も苦手なので、ダンスの練習も嫌いだ。

ミナリアは、貴族子女としては落ちこぼれ、という事だ。

ミナリアの興味は、腐女子として妄想してもいい人物がいるかどうか、だ。


(うちの執事と誰か、とかで妄想してもいいかしら?)


憂い顔で溜め息をついている姿は、儚げに見える。

ミナリア付きのメイドのシェリーは、壁際でそんなミナリアを見て、(もしやお嬢様は恋をしたのでは?)とか誤解していた。


そこへ、部屋の扉がノックされて、ミナリアの母であるフェルミナが入って来た。


「ミナリア、デビュタントの日にちが決まったそうよ」

「お母様。それ、必ず行かなければいけないものですか?」

「そうよ。貴族の子供達はみんな十五歳になったらデビュタントの舞踏会に出るのよ?」


フェルミナは銀色の髪を揺らして首を傾げる。

ミナリアは溜め息をついた。


「お母様、私のダンスが壊滅的でも、参加しなければいけないですか?」

「…………そうねぇ。当日までに踊れるようにはなっていてほしいけど、無理なら踊らなくていい理由を考えておきなさい」

「エスコートはお父様ですか?」


フェルミナは少し考える様に黙り、どこか遠くを見た。


「そうね。お父様か、従兄弟の誰かにお願いするわ」


ミナリアは従兄弟の数人を思い出す。


(従兄弟同士という設定もいいわね)


「ミナリア。変な事を考えているのかしら?」

「え?!」


フェルミナがじっとミナリアを見つめる。


「変な事とは、どういう?」

「貴女は顔に出易いから、気をつけなさい」

「はい」


ミナリアが頷くのを見て、フェルミナは部屋を出て行った。






母が部屋を出て、ミナリアは溜め息をついた。


「お嬢様。ドレスを誂えないとならないですね」

「そうね。面倒」


話しかけてきたシェリーに返事をしつつ、ミナリアは従兄弟について思い出していた。


(ジャック、アンリ、トルク………歳が近いのはこの三人だから、三人の誰かがエスコート役になるはず)


ミナリアは軽く首を振った。


(あの三人では、妄想出来ないわ)


扉がノックされて、弟のハルトヴィヒが部屋に入って来た。


「姉上、デビュタントの舞踏会に出るって、本当ですか?」


ハルトヴィヒは綺麗な紫紺色の髪に水色の瞳の、十三歳の美少年だ。


「ええ。お母様の命令ですもの、仕方ないわ」

「じゃあ、僕が姉上をエスコートします」

「………デビュタントのエスコート役は、デビュタントを済ませた人が就くのよ。ハルトには無理だわ」

「そんな………。姉上を他の男に任せるなんて…………」


(ハルトは、前世の妹が好きそうなショタよね)


ハルトヴィヒはぶつぶつと何か呟いていたが、顔を上げると、そっとミナリアの手を取った。


「姉上、いいですか?男を信用してはいけません」

「え?なんの話?」


シェリーは側で笑いを我慢していた。


「男は九割が狼です」


(あれ?そんな話、前世で聞いたな)


「男に隙を見せてはいけません。姉上が食べられてしまいます」

「そんな事ある訳ないじゃない。殿方というのは、ほら、私とは違って、可愛らしい女性が好きなんでしょう?」

「姉上………」


ハルトヴィヒが何故か悲しそうな顔になった。


「ハルトヴィヒ様、お嬢様のエスコートは、たぶん旦那様が務めますよ」


シェリーがそっと言うと、ハルトヴィヒは急に笑顔になった。


「なら安心だね」

「そう、かしら?」


(ダンスの時に足を踏む自信だけはあるけどね)


「デビュタントが終わりましたら、次々とお茶会や夜会がありますけど、お嬢様は参加されるのでしたらエスコート役の方をなるべく決めておきませんと」

「ええ?!お父様では駄目なの?」

「旦那様は奥様のエスコートをする場合が多いと思います」

「あ、そうよね。お母様も同じ夜会に出るのなら、お母様のエスコートはお父様よね」

「ええ。ですから、デビュタントの舞踏会で、良い出会いがある事を願ってますわ」


シェリーに言われて、ミナリアは目を丸くする。


(おおう。出会い、か)


つい遠い目をしてしまうミナリアだった。


(二次元の好みはあったけど、三次元では好みはなかったなあ)


南海の好みは、大人なインテリイケメンだった。眼鏡萌えもあった。


「そうね。良い出会いがあるといいわね」

ミナリアは軽く微笑んで誤魔化した。


読んで頂き、ありがとうございました。

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