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レオナルドが素早く用意してくれた馬車に乗って、ミナリアと西凪とレオナルドは、王都にあるザウアーラント侯爵家へ向かった。
移動中、ミナリアは落ち着きなく両手を揉んでいた。
それを見て、西凪は肩を竦める。
「お姉ちゃん、落ち着きなよ」
「だって………」
「お姉ちゃんには悪いけど、貴族の女の子ってお姉ちゃんの年齢くらいには婚約してるもんなんでしょ?今補佐官を断っても、誰か知らない人と婚約させられるんじゃない?」
「うん、そうなのよね。まだそんな事考えられないけど」
ミナリアは肩を落として困った様に笑う。
西凪はそれを見て、窓の方に顔を向けた。
「まあ、さ。前の世界の記憶があると、違和感があるかもね、この世界の常識には」
「………西凪ちゃん、何か困った事でもあった?」
「あたし?あたしに何かあったら今頃ぴんぴんしてないわよ、相手が」
「うん、ん?え?今、なんて?」
ミナリアは頷いてから、首を傾げる。
西凪はニヤリと笑う。
「あたし、この世界に来て、初日でこの国の王様に不適切者の烙印をおしたから、今頃あの王様色々大変なんじゃない?」
「ええー?!何やってるの?!」
「何って、王様に駄目出し?」
「なんでそんな事に………」
ミナリアは遠い目になる。
「えー?だってさぁ、あたしを召喚するって最終的に決めたのって、王様でしょ?それなのに、あたしに会った時に謝罪がないから、それってどうなの?って指摘した。あと、王様とか興味ないしうるさそうだったから、もう顔を合わせたくないって言っておいた」
(わたしの知らない間に、西凪ちゃんが色々やらかしていた件)
頭痛がしそうで、ミナリアは米神を指で押す。
「それより、お姉ちゃんの家ってどの辺り?そろそろ着くんじゃない?」
西凪に言われて、すでに家の敷地内に入っていることに気づいた。
すぐに馬車が止まり、まずレオナルドが降りる。
次に、西凪がレオナルドの手を無視して降り、ミナリアを馬車の外から促す。
ミナリアは仕方なく馬車を降りた。
屋敷の玄関外には、執事長と侍女のシェリーが立っている。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
執事長の挨拶を見ながら、チラリとある方向を見ると、何やら立派な馬車が停まっている。
(あああ~!逃げられない!)
ミナリアはひきつった顔で執事長に尋ねた。
「どなたかいらっしゃっているの?」
「は、その、ノイベルト公爵子息様が」
執事長はやや俯いて答える。
西凪は何故か別のところが気になったらしい。
「あ、そっか。補佐官はまだ公爵を継いでないんだ。ってか、継ぐの?あいつ長男?」
「…………お嬢様、こちらの方々は?」
「あ、ごめんなさい。えーと、こちらは私が教育係としてついている方で、西凪さん。こちらは西凪さんの護衛のレオナルド様」
「そうでしたか。ようこそおいでくださいました。わたしはザウアーラント家の執事をしております、セバスと申します」
執事長がきっちりした挨拶をすると、西凪が肩を震わせた。
「よ、よろしく、セバスちゃん」
「……………は?」
珍しく執事長が目を丸くした。
ミナリアは額に手を当て、溜め息をついた。
「それより、お父様とお母様にお話があって帰って来たの。お二人にお時間があるかしら?」
「今、お客様と面会中です。少々お待ち頂くかと」
「構いません。お二人にお話があると伝えてください」
「はい。どうぞ中へ」
三人は応接室に案内されて、そこの椅子に座って待つ。
シェリーが淹れた紅茶に口をつけて、西凪がちらりとミナリアを見る。
「やっぱり来てたね、補佐官」
「ううっ………。どうしよう」
頭を抱えて、ミナリアは溜め息を吐く。
「補佐官って、公爵を継ぐの?」
「ヴィンセント殿はノイベルト公爵家の長男だ。ヴィンセント殿の父君が現在宰相であり、公爵位にもついている。いずれは、どちらもヴィンセント殿が継ぐだろう」
立ったままのレオナルドが説明すると、西凪は顎に指を当て、何やら思案しているようだ。
「公爵夫人かあ。お姉ちゃんには無理そうね、そういう責任が重そうな位置」
「当たり前でしょ。わたしは社交も苦手よ。腐女子の集まりなら全然OKなんだけど」
「あたしも苦手だけどねー、コミュニケーション能力はお姉ちゃんより低いし」
「え?…………うん?そう?」
「当たり前でしょ。あたし、口悪いし、得意分野以外の話は苦手だし。あたしの交友関係、狭く浅く、なんだから」
ミナリアは首を傾げるが、西凪は肩をすくめる。
そこへノックの音がして、部屋の扉が開かれた。
入って来たのは、ミナリアの両親と、ヴィンセントだ。
ミナリアは青くなり、西凪は顔をしかめた。
サッとミナリアは立ち上がり、頭を下げる。
「ご無沙汰しております、お父様お母様。ご機嫌よう、宰相補佐官様」
「お帰り、ミナリア」
「お帰りなさい」
「………お邪魔しております」
西凪は挨拶を交わす四人を見て、嫌そうに顔をしかめたままだ。
「聖女殿も、ようこそ、ザウアーラント家へ」
「…………貴族って、ほんと面倒くさい」
「ははは。まあ、これも様式美と思ってください」
ミナリアの父、オスヴァルトが座り、母フェルミナと、ヴィンセントも座る。
ミナリアも元の椅子に座り、軽く首を傾げる。
「私、お父様とお母様にお話があるとお伝えしたはずですけど、何故宰相補佐官様がご一緒に?」
「こちらにも、大事な話があってな、仕方なく」
オスヴァルトはやや眉を寄せて言う。
「侯爵、本音が漏れてますよ」
「わざと漏らしているのです」
ミナリアは父とヴィンセントを見て、意外と仲がいいなぁ、などと思った。
紅茶を飲んでいた西凪が、冷めた目で男性二人を見た。
「ねえ、第三者なあたしが口を挟む気はなかったんだけど、あんた達に任せとくと、お姉ちゃんの望まない方向に行きそうだから、あたしが言うわね。補佐官、あんた、お姉ちゃんに自分の事話してもいないでしょう?それは、人としての認知度が低いままなんだけど?もっとお互いの事を知らないと。知らない人にプロポーズされたら、誰だって嬉しい気持ちより恐怖の方が強いわよ。よって、補佐官のプロポーズは無効、やり直しを要求する。ただし、今すぐじゃなく、お姉ちゃんが補佐官の事をもっとよく知ってから。それまでは、婚約だろうとなんだろうと、あたしが許さない。ちなみにあたしやお姉ちゃんの同意なく婚約とかしたら、あたしはお姉ちゃんを連れてこの国から出て行く」
「……………………」
「……………………」
「………………………え?」
皆それぞれ表情が変わった。
ミナリアはポカンと、フェルミナは微笑み、オスヴァルトは絶望したような、ヴィンセントは苦い顔をし、何故かレオナルドが愕然としていた。
「サナ!俺は置いて行くのか?!」
「うっせーな。置いてくに決まってるだろ」
レオナルドががばりと西凪の手を取ると、西凪はその手を払う。
「……………わかりました」
ヴィンセントがやや俯いて言葉を発した。
「わたしが性急でした。そうですね。ミナリア嬢には、わたしの事は“宰相補佐官”としか認識されていないのですね」
「今頃気づいたか?あんた、案外阿呆なのね」
「西凪ちゃん!?」
「いいんです、ミナリア嬢。あの、これからも、お会いして頂けますか?」
悲しげにヴィンセントに微笑まれて、ミナリアは咄嗟に頷いていた。
「はい、それは、構いません」
「良かった。嫌われたのかと思いました」
「あたしは構うけどな」
「宰相補佐官殿!話が違うではないですか!」
「申し訳ありません、侯爵。わたしの不手際です」
「ちょっと待て。どういう風に話した?」
じとっと西凪はヴィンセントを睨む。
オスヴァルトの手に、フェルミナがそっと手を置いた。
「あなた、良かったではありませんの?まだミナリアはお嫁に行きませんのよ?」
「は!?ああ、そうだな!婚約もまだだしな!」
妻に慰められて、浮上する夫。
ミナリアは理解が追い付かず、頭がパンクしそうだった。
「……………西凪ちゃん、わたし、泣いていいかな?」
「キャパオーバーか?泣いても現実は変わらないぞ。とりあえず時間は確保したから、後はお姉ちゃんの覚悟が決まれば」
「そうね。今すぐ婚約、とかじゃなくて良かったわ」
「ふふふ。美少年との約束は守るわよ」
「え?」
「ハルトくんとの約束だからね」
「あ、あの、え?補佐官様は変な人じゃないわよね?」
ミナリアの問いに、西凪は黙ってにっこり笑った。
「お姉ちゃんも、約束守ってね」
「わかってるわ」
ミナリアは立ち上がり、オスヴァルトに近づいた。
そして身をかがめて、オスヴァルトに耳打ちする。
オスヴァルトは笑って頷いた。
「なるほど、わかった。聖女殿、ご希望はありますか?」
「特には」
「そうですか。では、こちらで厳選して、後日お渡し致します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
西凪が頭を下げるのを見て、ミナリアは思わず西凪をガン見してしまった。
「西凪ちゃん、どうしたの?変な物食べた?」
「ちょっと、お姉ちゃんひどい。あたしだってお礼言ったりするよ」
「そうよね。西凪ちゃんはちょっとツンデレなだけよね」
「デレなどない」
ヴィンセントが立ち上がり、オスヴァルトとフェルミナに頭を下げた。
「本日は、話を聞いてくださりありがとうございました。後日、またご挨拶に伺いたいと思います」
「………まあ、来て頂かなくても結構ですよ。ミナリア、よーく考えてお返事しなさい」
「はい」
「では、わたしは失礼します」
ヴィンセントは颯爽と出て行った。
「…………あいつ、一回ふられてもめげねぇな。根性は認めよう」
「西凪ちゃん、なんで上から目線?」
「………サナ、そろそろ………」
「あ、そうだね。あたし達も帰ろう」
ミナリア達も立ち上がり、オスヴァルトに挨拶をして、城に戻った。
読んで頂き、ありがとうございました。
いつも思う どこで切ったら いいのかな?
今のわたしの心の声を川柳にしてみました。
わたしの話が、一話が長いのか短いのか、いまいち判断できません。