10
ヴィンセントに告白されて、混乱して泣いてしまったミナリア。
西凪に部屋の中に押し込まれ、少し冷静になり、真っ赤になって慌てた。
「西凪ちゃん!どうしよう?!」
「……………え?返事の事?それとも、お姉ちゃんは補佐官を恋愛対象として見られないって事?」
西凪は眉を寄せて訊く。
ミナリアは更に赤くなり、あわあわと手を振る。
「補佐官様にわたしは相応しくないって事!」
「お姉ちゃん、侯爵令嬢でしょ?身分的に相応しいし、何より、あいつがお姉ちゃんを好きだし、大丈夫じゃない」
「はぅ」
ミナリアは真っ赤なまま、ソファにへなへなと座った。
そして両手で顔を覆う。
(おかしい!わたしは真っ当な腐女子としてネタになりそうな男の人達を観察出来れば良かっただけなのに!!)
腐女子だという時点で真っ当ではないが。
ミナリアはハッと顔を上げた。
「西凪ちゃん。魔物が現れたって事は、聖女としてのお仕事をしなきゃいけないって事よね?」
「まあ、そうでしょうね」
西凪は肩を竦める。
ミナリアは顔を青くして、狼狽える。
「今日みたいな、あんなのと戦わなきゃいけないの?」
「あー………、同じ、とは限らないね。大体、魔物がどんな生態なのかも解ってないのに」
「でも、人を襲うのでしょう?」
「……………」
ミナリアの言葉に、西凪は首を傾げた。
「それ、さぁ。“人間を襲う”っていう事と、“生き物を襲う”っていう事、“無差別に暴れる”っていう事の、どれだと思う?」
「え?」
西凪は真剣な顔で、ミナリアを見ている。
ミナリアは少し考えた。
そして、西凪が言う違いに気づく。
「………なるほど。そのみっつだと、魔物の性質が違うものになるわね」
「そうなの。だからあたしは、魔物の知性とか理性とかの有無を知りたかった。今日のあの一体だけじゃ、それがわからなかった」
西凪は腕を組んで難しい顔をしている。
ミナリアは首を傾げた。
「知性や理性があると、何が違うの?」
「…………あー、あたしのモチベーションがまず違う。知性や理性があるって事は、魔物は動物と同じだという事になる。つまり、人間の都合で、人間に邪魔な動物を殺す事と同じになるのよ。あたしは、それはイヤ」
「ああ、西凪ちゃん、動物好きだものね」
「うん。あと、魔物に命令している存在がいるなら、それはそれでまた話が違ってくる。その命令している奴をどうにかすれば、魔物がおとなしくなるなら、そうするし」
「それは、ゲームでのボスキャラ的な?」
「うん」
頷く西凪を見て、ミナリアは胸がモヤモヤした。
そのモヤモヤが何なのかわからず、眉を寄せる。
「ま、とりあえずは、お姉ちゃんが返事をしなくちゃね」
「返事?」
「プロポーズの返事」
「あっ………!」
「忘れるなよ」
「ど、どうしよう?!」
慌てるミナリアに、西凪はにっこり笑った。
「お父さんに相談すれば?」
「あ、そうよね。まず、お父様やお母様に報告しないと」
頷いて、ミナリアは青くなる。
(え?こっ恥ずかしい報告をしなくちゃいけないの?プロポーズされましたって言えって?無理!)
「さ、西凪ちゃん………」
「あたしは当事者じゃないから、報告はお姉ちゃんがしてね」
「はぅ………」
その時、バーン!と部屋の扉が開いて、レオナルドが入って来た。
「サナ!」
「うるせぇな。扉が壊れるだろ?静かに入って来いや」
「う、すまん」
素直に謝るレオナルドに、西凪も怒りが続かなかったのか、大きく溜め息を吐いた。
「で?何?」
「あ、いや、いなくなったので心配した」
「…………部屋の前に、誰か居た?」
「いや、誰も居なかったが?」
「そう………」
首を傾げるレオナルドを放置して、西凪はミナリアに憐れみの視線を送った。
「お姉ちゃん。先を越されたかも」
「え?」
「補佐官が先に報告しに行ったかもね」
「…………!!」
(マズイ!何がマズイって、婚約の話をこっちから断れない事よ!それに、なんて返事をすればいいの?!「まあ嬉しい」なんてとても言えない!!)
ソファの上でひとり百面相をして、結局ミナリアは西凪に泣きついた。
「西凪ちゃん!一緒に家に来て!」
「え、面倒」
「来てくれたら、西凪ちゃんの大好きなアレを買ってあげる」
「行く」
「サナ?!」
(よしっ!!)
ミナリアは西凪を物で釣った。
「サナの大好きなアレとは、なんだ?」
レオナルドがジロリとミナリアを見る。
ミナリアは視線を反らし、曖昧に微笑んだ。
西凪の大好きなものを、西凪の許可なく他人に教えるのは駄目だと思ったからだ。
「お姉ちゃん、ほら、行くよ」
西凪はすでに扉の前まで移動していた。
「西凪ちゃん。なんて言えばいいかな?」
「え?素直に直球に言えばいいんじゃない?」
「えぇ?!」
「だって、補佐官が先に言っちゃってるかもしれないし。その場合は、返事かぁ。あー、無難に“お受けします”でいいんじゃない?」
ミナリアは眉を下げて、黙る。
何故なら、ミナリアはまだ誰とも恋愛をしていないので、一度でいいから恋愛というものをしてみたかったのだ。
それに、西凪の事がある。
聖女という訳のわからない存在にされた西凪を差し置いて、自分が幸せになっていいのだろうか。
悩むミナリアを見て、西凪は呆れた様に肩を竦めた。
「あのね、お姉ちゃん。あたしはお姉ちゃんに幸せになってほしいの。前の生では、まあそこそこ幸せだったかもしれないけど、あんな死に方したから、あたしは願ったの。もし、生まれ変わりというものが本当にあるのなら、お姉ちゃんの次の生が幸せであるように」
「…………西凪ちゃん」
「ま、これはあたしの我が儘でもあるから、お姉ちゃんが無理に補佐官と婚約しなくてもいいの」
西凪はふいと視線を反らしたが、ミナリアは西凪が泣きそうになっていることに気がついた。
「ええと、ね。補佐官様を嫌いな訳じゃないの。ただ、好きかと訊かれたら、わたしはまだそこまで補佐官様の事を知らないのよね」
「……………あいつ、馬鹿?」
ミナリアの素直な気持ちを話したら、西凪は半眼になった。
「わかった。うまーく、誤魔化す線でいこう」
「西凪ちゃん、ありがとう!」
(持つべきは頼もしい妹ね!)
ミナリアは笑顔で西凪と部屋を出た。
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