07 護衛依頼
「いらっしゃい! <水晶の欠片亭>へようこそ!」
ゆっくりと、壮年の男と少年が入ってきた。
男は四十前後の人間で、白髪交じりの黒髪をしていて、ルーフェリア神殿の神官服を着ている。少年はくすんだ金髪の十歳くらいの人間で、タルトは見覚えのある姿だと気付いた。
「親方、昨日の」
「昨日の?」
そうタルトが視線を向けると、親方も気付いたようで、少年を真っすぐに見つめた。記憶に新しい、昨日指輪探しをした少年だった。
男はリッタの方へとゆっくりした足取りで向かうが、少年は親方たちに気付くと、ぱっと笑みを浮かべて傍へとやって来た。
「おはようございます、昨日はありがとうございました」
「おう、おはようさん」
「……今日も探すの?」
「えっと、それが、少し事情があって…」
「うん?」
少年が言葉に困っていると、リッタが男と共に親方たちの元へと近付いてくる。どこか機嫌がよさそうな様子に、親方はこれ幸いと話を掛ける。
「どうしたリッタ。依頼主か? 俺らに良さそうな依頼を持ってきてくれた幸運の主か? ……なんてな」
「そうよ、貴方たちに依頼よ」
「冗談じゃなかったのか、嬉しい誤算だな」
ありがたい、と頬を緩めた親方に、タルトは不思議そうに首を傾げた。
昨日依頼をしようかな、と言っていたのは少年である。だが、リッタは男が依頼主だと言っている。どっちが本当の依頼主なんだろうと、男と少年の顔を交互に見比べていた。
「こちらは、ルーフェリア神官のシムニスさん」
「シムニス、と申します」
シムニスは温厚そうな表情で、二人丁寧に会釈をした。少年もシムニスの傍へと寄って、小さく会釈をする。
「昨日、依頼が欲しいって言っていたでしょう?」
「まあな」
「聞いた限りだと、難しい依頼じゃなさそうだし。なにより、その子とも知り合いらしいじゃない? 貴方たちに丁度いいかと思って」
「まあ、よっぽど無茶言われなけりゃ、喜んでってとこだが」
「話次第?」
親方たちが前向きに検討する気があるのが分かったのか、少年は嬉しそうにシムニスへと話掛けた。
「シムニスさん。この人たちが、昨日話した人たちだよ」
「そうでしたか、昨日はロラン君がお世話になりました」
「坊主、ロランって名前なのか」
「あっ、ごめんなさい。そう言えば言ってなかったね、僕はロランって言います」
丁寧に頭を下げる様子を見て、タルトと親方は顔を見合わせた。
「いいとこの坊ちゃんだとは思っていたが、坊主はアレか。神官なのか?」
「シムニスさんと、親子?」
「いいえ、ロラン君はアドエンに住んでいる商人の息子で、私が友人から預かっているのです」
「神官、になるかは未だ決めてないけれど……。でも、将来のために色々勉強しておくのは悪くないかなって思って。今、ルーフェリア神殿の学校に通わせてもらっているんだ」
シムニスさんにはお世話になってます、と頭を下げる様子を見て、やっぱりいいとこの坊ちゃんじゃねえか、と苦笑を隠せない親方であった。
それで、依頼の方なのですが、とシムニスがそっと言葉を続けた。
「お二人には、今日一日ロラン君と一緒に行動してほしいのです」
「護衛ってことか?」
そのようなものです、と頷いたシムニスは、深刻そうな顔つきで大きくため息をついた。
「実のところ、最近、ロラン君の周囲で不審な男たちをよく見かけると言う話を、神官の生徒たちから聞くようになりました」
「不審な男、ね」
「ストーカー?」
「そんなもんだろ。何にしろ、ロクなもんじゃねぇ」
吐き捨てるようにして言い切った親方に、当事者であるロランは、どこか困ったように苦笑を浮かべていた。
「私自身一度ならず、二三度、それらしい人影を見ています。そのため、ロラン君には一人で外出しないようにと言っているのですが、今日はどうしてもやらないといけないことがあると……」
「へえ?」
「明らかに昨日一人でいたよな?」
ロランはシムニスの後ろで必死に人差し指を口に当てている。黙っておいて、と言いたいようだ。
その様子を見て小さく笑ったタルトに、しっかり話を聞こうな、と親方は背中をぽんと叩いた。
「あいにく、私は神殿での勤めがあるので、同行できません。ですので、あなた方に今日一日、ロラン君と行動を共にして、彼を守ってもらいたいのです」
「そこまで聞くと、まあ普通の護衛任務だな」
「今日限定?」
「今日だけ、とのことです」
シムニスが確認するようにロランを見ると、ロランはしっかりと頷き返した。
「それから、可能な限り、ロラン君のやろうとしていることに、協力してあげてください」
荷物持ちは嫌、とハッキリと言い切ったタルトに、さすがにそれはないと思うけど、と苦笑したロラン。タルトのはっきりしすぎた態度に、無茶なことじゃない限りは協力するさ、と親方はフォローをいれた。
「つーことはなんだ。依頼主は神官様で、判断の仰ぐ相手は坊ちゃんでいいのか?」
「ええ。報酬は一人当たり五百ガメル。何事もないと、思ってはいますが」
「話は聞かせてもらったわ!」
一日護衛だとそんなもんか、と報酬に納得しかけていたその時、後ろから大きな声が掛けられた。少し前に聞いたばかりのその声に、誰が発したのかを簡単に予想できて、親方は苦笑しながら振り返った。
予想通りに、本人にしてみれば真面目な顔をしながら、楽しそうに目を輝かせながらこちらを見る、騒がしい少女の姿。傍には呆れたように頭を抱えたエルフの青年もいる。
「幼気な男の子をつけ狙う謎の黒い影……事件の匂いがするわ!」
「いや、事件にならないように防ぐのが目的だからな、人族の嬢ちゃん」
「つまりSPってことでしょ! やることは分かってるけど、正直そんな陰険ストーカー男なんか許せないってのが、アタシの本音よ! だから、アタシにも依頼、請けさせてもらえない?」
このお馬鹿娘……と後ろで呻いているエルフの青年のことなど眼中にもない少女は、発している言葉が支離滅裂なことにも気が付かないほどに、興奮している。
心なしか引いている様子のタルトと親方。それでもシムニスは聖職者たる精神力の強さか、わずかに目を丸くしたものの、やがて小さく頷いた。
「えっ、本当にいいの?」
「そちらの、キルヒア神官の彼が一緒ならば、と言う条件は付けさせて頂きますが。万が一のことを考えれば、二人よりは四人の方が安心できるでしょう」
あまり治安が良いと言えない場所もあることですから、と続けられれば、ロランは気まずそうに視線を逸らしていた。そのような場所にもいく予定だったのかもしれない。
やれやれ、と言った体で親方は肩をすくめた。
「嬢ちゃん、構わねぇか?」
「……仕方ない」
「本当に無理なら断るが?」
「……がんばる」
どうしても無理なら、親方に任せる。
苦い顔でそう続けたタルトに、親方は優しく微笑んで、小さくそうか、と頷いた。
対照的に少女とエルフの青年は、少女が拝み倒す形でなし崩しに依頼を請けることに承諾したようだ。しきりに、うちの馬鹿娘が本当にすみません、と謝ってくるので、却って親方たちが恐縮するほどであった。
互いに話し合っている間、シムニスはリッタに簡単に四人のことを聞いたらしく、話がまとまるのを待ってからゆっくりと口を開いた。
「最後に、ロラン君はまだ子供です。遅くとも今日の二十四時までにこの〈水晶の欠片亭〉に帰ってきてください」
「そんなに遅くてもいいの?」
「本当はもっと早く帰ってきて欲しいのですが、ロラン君がそれくらいはかかるかもしれないと」
「そりゃまた……。夜中近くまで掛かる用事たあ、どんな用事なんだ?」
指輪を探すにしては、長く時間が掛かると見積もりすぎているように感じてロランに尋ねるも、ロランは意味深に笑うだけで、明確な答えは返してくれなかった。
「詳しい話は、後でゆっくり話すよ」
「シムニス神官様は、ご存じなのですか?」
「いえ、私も詳しくは知りません。ですが、ロラン君のことですから、悪いことをするとは思えないのです」
信頼しているのですね、と少し驚いたように零したエルフの青年。じっと見つめる少女の物言いたそうな視線は完全に無視している。
他に疑問点がないか確認したシムニスは、やがて深々と頭を下げた。
「私は二十時頃にはここに迎えに来られるかと思います。それまでロラン君のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、シムニスは〈水晶の欠片亭〉を後にした。神殿での勤めがあるようで、少し早足になりながら真っ直ぐに、ルーフェリア神殿へと向かっていったようだ。
後にはロランだけが残されており、リッタが気を利かせて暖かい飲み物をロランの前に置いた。
気が付けば五人が掛けているテーブルに、タルトは少しだけ懐かしさを感じていた。顔には出さないが、お父さんとお母さんと早足と親方の四人と一緒に冒険していた、暖かな記憶がほっこりと浮かんできて、思わずぎゅっとペンダントを握った。
シムニス:「ええ。報酬は一人当たり500ガメル。何事もないと、思ってはいますが」
親方:あったら困るわな
親方:まあ、一日の護衛で
親方:俺らレベルの依頼ならそんなもんか
タルト:借金額ギリギリ
親方:はいはい、メンテナンス以外は渡すって
親方:安心しな
※親方はタルトから450G借りて装備を揃えています。




