42 ロランと王女様
彼女の名前はアンヌローラ。十二歳で、僕よりも二つ上。ルーフェリア神殿に匿われ、ひっそりとその血筋を守り続けてきた旧イズマル王家の末のお姫様なんだって。
ほら、僕は今シムニスさんのところからルーフェリア神殿の学校に通わせてもらっているじゃないか。だから、本当に偶然。
道に迷って、神殿の奥の方に入り込んじゃった時に、アンヌに、出会ったんだ。
「そこにいるのは、どなた?」
「えっ、ああ、よかった! ごめんなさい、ここってどのあたりになるんですか? 僕、初等部の教室に行かないと行けないんだけど、迷っちゃ……て……」
燃えるような紅い巻き毛。ぱっちりとした目に、心配になるくらいの白い肌。まるで薔薇妖精が目の前に現れたのかと思ったくらいには、とっても可愛くて、美人の女の子だった。
「……迷ってこんなところまで来ちゃうなんて、お馬鹿さんですわね」
くすりと笑ったその顔がさ、どうしてか目が離せなくて……。一目惚れ、ってやつ? 薔薇妖精の伝説に出てくるセルディ王子の気持ちってこんな感じだったのかな、なんて思ったよ。
立ち入りが禁じられている、だなんてその時は知らなかったけれど。でも、どうしてもアンヌに会いたくて、授業が終わってからこっそり、何度もアンヌに会いに行った。
「こんにちは!」
「あら、あなた、また迷子ですの?」
「ううん、キミに会いに来たんだ!」
「わたくしに?」
きょとんと眼を丸くしたそんな様子も可愛いとか……あ、今のなし! 聞かなかったことにして!
ええと、最初のうちは素っ気なく帰れって言われたりもしたけど、でも、それでも僕は何度も何度も会いに行って、いろんな話をしたよ。
今日はどんなことを勉強したかとか、あの花が咲いていたとか、あの店で果物がとっても安くておいしかったこととか、本当に、とりとめのないこと。それから、僕のこと、アンヌのこと。
アンヌは、神殿からほとんど出ることが許されてないみたいで、外の世界を見たことがないんだって。だから、話の内容は街での出来事がほとんどだったかな。
スフェラリールやシーン神殿の鐘楼は、アンヌと一緒に行きたいねって話したっけ……。
「いいですわね。素敵なことがたくさんあるようね、この街には」
「きっと、アンヌと一緒に行けたら、もっと素敵に見える気がするよ」
「……そう、ね、ロランとだったら、この湖よりも綺麗に煌めいて見えるのかもしれませんわ」
アンヌは、何度誘っても絶対に神殿の外には出てこなかった。事情を知った今は、それがどうしてか分かるけれど、その時は本当にヤキモキしたよ。
……そうだよ、アンヌとデートしたかったんだ。だからこんなにも入念にこの街のことを調べたんだよ。もー! からかわないでって!
そ、それで。ある日ぽろっと、言っちゃったんだ。
何をって。その、アンヌが好き、って。
「やっぱり、アンヌが好きだなぁ……」
「え?」
「あっ、いや、違くて! ううん、違わないんだけど! その……この先アンヌとずっと隣に居られたらなって。アンヌは神殿の外に出られないって言うけど、でも、いつか外に出られた時、その時、僕が隣に、いれたらなって」
「……ロラン、それは。わたくしを愛している、と言う事かしら?」
「うぁ、えっ! う、うんっ! 僕は、アンヌを、愛してる。アンヌが、すっごく好きだよ」
真っ赤になりながらも想いを伝えたら、アンヌも真っ赤になってたけど。でも、直ぐに、アンヌは真面目な顔をして僕に言ったんだ。
「わたくしを愛するというのでしたら、試練を受けてもらわなくてはいけませんわ」
「えっ、試練?」
そしてアンヌは教えてくれた。自分がイズマル王国のお姫様だって。だから、外に自由には出られないんだって。いくつもの決められごとを守らなければいけないんだって。
「それは、イズマル王家に生まれた女子に求婚する殿方が、必ず受けなくてはならない試練。いわば、求婚の儀式なのですわ」
「求婚の、儀……」
「あなたは、わたくしのために、試練を受けるつもりがあるかしら?」
毅然とした口調とは裏腹に、不安そうな目で見られたら、もう答えは一つしかないでしょ? そうじゃなくても、決まっていたけどさ。
「そこからは、皆が知っている通りで、あのヒントを頼りにここまで宝……アンヌを探しに来たってことになるよ」
「イズマル王家に伝わる試練、でしたか」
「すげえな嬢ちゃん。本当に大体あってた」
「さすがだね! 名探偵タルトちゃんだね!」
「ぶい」
親方とユズの素直な賞賛に、タルトは自慢そうにピースサインをした。自分と彼女の出会いからを赤裸々に語ったロランは、少し気恥ずかしいようだったが、はにかみながらも小さく手を叩いていた。
それにしても、とグレンが辺りを見渡してしみじみと呟いた。
「まあ、随分と変わった宝探しとは思っていましたが……。この離宮まで舞台にするとは、相当に手の込んだことで」
「あー、大事な娘を取られるかもしれない儀式なら、まあなあ……ここまでやる気持ちが分からなくもないが」
「えっ、親方さん娘さんいるの?」
「こいつがそんなようなもんだろ」
俺は背負ってやるくらいしかできねぇけどな、と豪快に笑った親方の言葉に、タルトはそれでいいのだとでも言うかのように背中に額を当ててひっそりと笑みを浮かべていた。
視線をあちこちにやっていたユズが、ある一点を見つめて、含み笑いをしながらグレンの袖を引っ張った。あれあれ、と静かに指さされた方向を見て、グレンは納得したように苦笑の息を零し、ゆるりと首を傾げた。
「ロランさん」
「うん?」
「試練を乗り越えた、と言う事になるのなら、先に彼女のところに行って来たらどうでしょう? お待ちなのでは?」
「そりゃいい。ここでぐだぐだ起きるのを待ってるよりはマシってもんだろ」
「えっ、でも」
グレンと親方の言葉に戸惑いを隠せないロランは、困ったように眉をハの字にした。そんなロランの背中を、ニヤニヤと含み笑いをしたままのユズがぺしんと叩く。
「もー、男なら、惚れた女待たせちゃダメじゃん?」
「それにこちらはこちらで、大事なオハナシがありますので」
「ま、気にせず行ってこい。余計なお世話って奴だったら悪いがな」
「……ありがとう、ございます」
三人の後押しに、ロランはそわそわと辺りを見渡して、バルコニーで視線を止めた。ぱあ、と顔が輝いて笑みがこぼれる様子に、ユズのニヤニヤが止まらない。
行ってこい、と強くユズが背中を押すと、躊躇していたロランの足が一歩動く。そこからはもう、止まらなかった。一直線に駆けて行く。
「えー、観たい」
「こら。落とすぞ」
「やだ」
「ほらほら、タルトちゃん。人の恋路を邪魔する奴は、馬にけられてなんとやら、ってね」
「まあ、盛り上がりすぎなければ戻ってくるでしょう」
キラキラと夕日の橙色の輝きを室内へと優しく導きいれるバルコニーへ、真っすぐに駆けて行く小さな背中を見送る一行の視線は、どこまでも優しかった。
夕焼け色に染まる湖の優しい光に照らされて、二つの影が近寄っていく。やがて、そのシルエットは重なり、しばらく離れなかった。




