35 薔薇妖精のため息
<水鳥>を利用して細い水路を進み、北北西に位置する靴屋通りへと移動する。
靴屋通りは石畳の細い街路が続いていた。石畳には、所々に靴のモザイク画が施されている。街路を挟む家々の軒先には、靴の形をした看板が数多く掲げられており、それを興味深そうに眺めながら一行は街路を進んだ。
やがて噴水のある小さな広場へと出た。広場に面して一軒の菓子店があり、店の前に並べられたテーブルで幾人もの男女がお茶とデザートを楽しんでいる様子が遠目でも分かり、親方はあからさまに頬を引きつらせた。
「ここは……俺、完全なるアウェーだな」
「まあ、普通に考えればカップル向けでしょうね」
「えー? グレンさんなら全然いけるよ?」
「ユズ、それは一体どういうことです?」
「見た目的に全然オッケー! カップルじゃなくても、イケメン男子ならスイーツの場でもめっちゃ似合う! 的な?」
「……ああ、もう、それ以上残念な口を開かないでください」
グレンが疲れたようにしてユズの両頬を引っ掴むと、苦しげな表情のたこ口となった。無理やり変顔をさせられたことに不満げな声をあげるも、ロランのくすくす笑う声に黙らざるを得なかった。
「いい年した男が行くようなところじゃないだろ、俺はここで待ってるぜ」
「私も、親方と待ってる」
「え? タルトちゃん、行かないの?」
タルトの言葉に驚いたユズは、グレンの手を振りほどいてタルトの肩を掴む。タルトはその行為に嫌そうに眉をひそめたが、簡潔に答えてあしらった。
「お金が、ない」
「えっ、あっ、あ、うん。グレンさ」
「自分も無一文なことを忘れていましたでしょう?」
「……てへぺろっ」
軽く肩をすくめ、舌を出して誤魔化したユズの様子に、グレンは大きくため息をついた。
グレンとて金欠ではあるが、お金が完全にないわけではない。多少の宿泊代や食費は残してはいる。それに手を付けることはあまりしたくはないのだが、今回はそうも言っていられない状況らしい。
再度深くため息をつき、グレンは別にしていた財布に手を掛けた。目ざとくその様子を見たユズは、嬉しそうに声を弾ませる。
「わーい、さっすがグレンさん!」
「ロランたちだけで、行ってきて」
「本当によろしいのですか? タルトさんの分くらいなら……」
「おっさん行かせても可哀想。でも、ここに一人で待たせても可哀想」
「おいこら、おっさん言うなって」
可哀想と言うな、と一応苦言を呈した親方だったが、でも事実とタルトに返されれば口をつぐんだ。
タルトの小さな手で指を掴まれれば、あきらめたかのようにして肩の力を抜いた。
「じゃ、アタシ達だけで行ってくる!」
「おう、行ってこい。良い報告待ってるぞ」
「頑張ってくるよ!」
広間の入口辺りで親方とタルトと別れ、ユズとグレン、そしてロランの三人は<スフェラリール>へと向かった。ロランとユズは心なしか弾んだ足取りで。グレンは少し気恥ずかしそうに店内へと足を進める。
「いらっしゃいませー、空いてるお席へどうぞー」
「お持ち帰りなら、こちらのショーウィンドウの方へどうぞ」
<スフェラリール>の店内へと入ると、白いパティシエ服を着た優し気な雰囲気を持つ人族の男性と、チェックのエプロンをしたエルフの女性が出迎えの声を掛けてきた。店内にもそれなりに人がいるようで、繁盛しているのが分かる。
三人は店内をぐるりと見渡して、辛うじて開いていた四人席に腰かける。少し緊張した様子のロランとグレンを見て、ユズは思わず小さく笑ってしまった。
「……何が可笑しいのですか?」
「いや、別に全然おかしなことなんかないですよ。むしろ、もっと堂々として居ればいいのにって」
「うーん、でもユズ姉さん。それはちょっと難しいよ。なんだかこう、気恥ずかしいような」
「馬鹿ねえ、周り見て見なさいよ。女の子が皆幸せそうな顔してるのよ? こんな幸せな空間を、仮に好きな子と共にできたらって考えてみれば……? ほら、全然恥ずかしくなんかない、むしろ幸せハッピー!」
ユズの言葉に顔を真っ赤にさせたロラン。
グレンはこの場にいる居心地の悪さからロランへのフォローはせず、そっとメニュー表を手に取った。
甘茶に渋茶、クッキーにシュークリーム、日替わりケーキや季節のタルト。何処を見ても甘いものだらけで、グレンは困ったように苦笑を浮かべた。値段は手頃なものが多く、馬鹿みたいに高いわけではない。
ひょいと、ユズが脇から覗き込む。
「ケーキセットとかはないの?」
「人のお金だと思って、随分遠慮がないのですねえ?」
「あ、あー! あー! 何も聞こえないなー?」
全く、と呆れたように大きく肩を落とすと、グレンはユズとロランの方へとメニュー表を渡した。
ユズは目を輝かせてメニュー表を見て、それからすぐにそっと目を伏せた。金額の方は見ないことにしたい、と思っているのがよく分かる。
ロランがメニュー表を見て悩んでいたが、待ち切れなったのか、ユズが大きく手を振って女性の店員を呼び止めた。
「すみませーん、注文お願いしまーす!」
「はい、ご注文をどうぞ」
「アタシ、薔薇妖精のため息一つ。グレンさんは?」
「私は渋茶だけで」
「あ、甘いの苦手でしたっけ? ロランも?」
「いや、ボクは平気だけど。あのお姉さん。その、薔薇妖精のため息って、どんなものなんですか?」
ロランが決めかねながらもしどろもどろに訪ねると、イメージケーキですよと店員は言った。
「セルディ王子と薔薇妖精の恋の伝説……。その伝説のお相手、薔薇妖精のスフェラリールの恋のため息のように甘くて美しくて、気品あるケーキをイメージした一品です」
「なるほど。と言う事は、このお店の名前も、その妖精にあやかったと言うわけですね」
「ええ、そうなんです」
よく聞かれることなのか、淀みなく答える店員の言葉に、グレンは興味深そうに聞いていた。その由来に頬を赤く染めたロランが注文を言わないのをいいことに、ユズが頬杖をつきながら尚も質問を重ねた。
「ねーねー、お姉さん。このお店、古くからある老舗なの?」
「はい。お義父さんのお話では、イズマル王国時代から営んでいたようなんです。そのころ、お気にあるメリブ島にはイズマル王家の離宮があったらしいんですけど、時折、お姫様がお忍びでご来店されたこともあったんですって」
「あれ、お義父さん? てことは、娘……じゃなくて、お嫁さん?」
「ふふ、そうなんです。主人はあそこでケーキを作っているんですよ」
「やーだー! 夫婦で営んでいるとか! 馴れ初めは? きっかけはやっぱりここのケーキ?」
「ユズ」
その辺りでやめなさい、とグレンが制止の言葉を掛けると、ユズは唇を尖らせてこれ見よがしにいじけた。
「ボクも薔薇妖精のため息にしようかな」
「ありがとうございます、少々お待ちくださいね」
注文を受けた店員が厨房へと戻ると、ロランは困ったように苦笑して、それから一つ小さく手を叩いた。
「ねえ、ユズ姉さん」
「うん?」
「セルディ王子と薔薇妖精の恋の伝説の内容、知ってる?」
「ううん、さっき初めてその言葉を聞いたばっかりだけど?」
「じゃあさ、ケーキが来るまでその伝説のお話、聞く?」
「聞くー!」
元気よく話題に食いついたユズに、ロランだけではなく、グレンまでもが思わず笑ってしまった。それに対してユズが再び頬を膨らませるも、すぐに同じように笑ってしまう。一連の流れがまたか、と思わせられてしまうことに気付いてしまうと、三人の笑い声はしばらく止みそうになかった。
G M:あれ? ていうか、まだお金あったんだ
グレン:最初に人数少ないからと、レギュで+500ガメルしていたのをお忘れで?
G M:……お忘れでした()
親 方:ってーと、俺は借金する必要がなかったような?
G M:過ぎちゃったことは仕方ないよね!!
タルト:謝金は、急には減らない。
頑張って返してね、親方
ユ ズ:wwww
当初は二人PCだけで頑張る? みたいな話していたので、おまけの多めなレギュレーションにしていたのを完全に失念してました。




