26 移動墓地⇒F4
「どう? 驚きました? でも、この先に待っているものは、こんなものではありませんわ。引き返すのなら、いまのうちですわよ!」
ユズの高笑い交じりの高飛車な言葉が水上に響く。
「うわ……」
「ノリノリですね……」
「やれって言ったのグレンさんじゃん! 酷い! 晒しものにするなんて最低ですよ最低!」
顔を赤くしてぷんすか怒るユズだが、まさか全員に引かれるとは思わず、羞恥から目尻に涙がたまっている。
冷めた眼差しをユズからロランへと移したタルトは、水上にいるからか青白い顔で簡潔に聞いた。
「それで?」
「もー! 引き返さないからね! やめないよ、僕は! 当たり前じゃないか!」
「ま、そう言うだろうなとは思ってたがな」
豪快に笑い飛ばした親方に、頑張るんだから! と気張る様子で拳を握ったロラン。丁度いい、とヒントの紙片を見てから考えていたことを、グレンは告げることにした。
「ところで、この月の階段なのですが」
「お? 何か心当たりでもあるのか?」
「知識の箱庭、の知識がキルヒア様なら、月の階段の月、はシーン様なのでは、と」
「……なるほどな」
前例があるだけに、一理あるかもしれない。グレンの言葉に親方は髭を撫でながら頷いた。
スルーされていたユズは、気を取り直したようにして会話に加わろうとしたが、はて、と首を傾げた。
「グレンさんグレンさん。教えてグレンさんの神様講座は?」
「……シーン様は、大神の月を司る女神様です。太陽神のティダン様がまだ人間だった頃の妻、であったとされています」
「浮気者のゼウスさんのお嫁さんヘラちゃんみたいなものかな! おっけ、理解! ていうか、どんぴしゃでそこじゃないの?」
これ聞いちゃうと、他の場所ってもう思えないんだけど。と、口を尖らせたユズは、いそいそと地図を取り出した。場所を確認するつもりなのだろう。
「なあ、坊ちゃん、シーン神殿って、階段あるのか?」
「確かシーン神殿には、高い塔の上に鐘楼があるよ。だから、階段は間違いなくあると思う」
決定だな、と頷く親方を見て、ロランは地図を広げるユズの元へとそろそろと船上を移動した。床に広げた地図上のミルダオ島へ指を置き、視線はせわしなくキョロキョロと見渡している。
「ええと、シーン神殿。シーン神殿……うへえ、遠いなあ」
地図上では最北端にあたる場所にミルダオ島はある。シーン神殿は対極の最南端部分である。大きな水路をS字に沿って進むか、途中で細い水路へと入り込んで進むか、のどちらかの道のりを選ぶしかなさそうだ。どちらを選んだとしても、少なく見積もっても二十分以上は掛かりそうだ。
「おおい、相談中のとこ悪いが、到着だぜ」
「おっと、悪いな」
「何。何を探しているか分からんが、また用があれば声かけてくれ」
「おっちゃんありがとー!」
船頭が丁寧に桟橋へと船を寄せると、順々に降りて行く。ユズとロランが大きく手を振ると、船頭は苦笑しながら片手を挙げて応えてくれていた。
船上で話し合ったように、シーン神殿へと向かうことにした一行は、再び<水鳥>に乗り込み、大通りを南下し始めた。
水上続きのタルトは心なしかげっそりしているが、ユズとは違い、口を真一文に結んでいた。
モザイク通りと機音通りの間を抜けようとしたその時、高らかに鐘の音が鳴り響いた。
「あっ、十二時の鐘だ」
思わず懐から懐中時計を取り出して確認すると、針は両方十二時を示していた。
心なしか周りの商売用<水鳥>の数が増えている。それも、どことなく食べ物のいい香りをしているものが多いような気がする。
「ねえ、もうお昼だよ。そろそろランチにしようよ!」
「え、あ、う、うん……」
「ユズ、そこで財布の中身を確認しない。貧乏人っぽさが丸出しですよ」
「うううう、だってぇ、グレンさん」
無駄遣いばかりするからですよ、と呆れた視線で見下ろされれば、ユズは口をつぐむ他なかった。
「むー、あ。ねえ、ロランは何を買うの?」
「うーんとね、あそこにしようかな。おーい! こっちお願いしまーす!」
「あいよー」
「あ、案外原始的なのね」
水路を回っているランチゴンドラを呼び止めると、舟先の方に大きな文字でメニューが書かれている。種類は四種類しかないものの、乗っている商品を見ると非常にボリュームがあるように思える。
「えーと、おすすめメニューの、鶏肉のサンドイッチください!」
「まいど。五ガメルになるよ」
ほくほくした顔で包みを受け取るロラン。店主の視線がすい、とユズたちの方へ向くと、ぎくりと肩を強張らせた。
金欠で何も買えないと言うのは事実なのだが、ロラン一人だけと言うのもどうしてか申し訳なく感じてしまう。うー、とユズが眉をさがて困っていると、<水鳥>を操っている親方が背後から声を飛ばしてくる。
「一番安いのを四つくれ」
「親方さん?」
「こういう時に、へそくりがな」
しわくちゃな紙幣と細かい硬貨をどこからか取り出すと、親方はにやりと笑った。
「一番安いのは野菜のサンドイッチだな。一つ三ガメルだから全部で十二ガメルになるよ」
「おう、丁度あると思うんだが確認してくれ。でもって、こっちの二つはお前さんたちの分だ」
「おや。私たちの分まで、よろしいんですか?」
「わーい、親方さんごちそうさまでーす!」
包みを貰って申し訳ない気持ちが半分、ロランと一緒に昼食がとれる喜びが半分。さっそくかぶりつくユズとロランの笑顔を見ると、満足そうに商人は去って行った。
微動だにしないタルトを後ろから見て、親方はそっと彼女の分をしまった。今の体調では、食べ物を胃に入れることはできないだろうな、と声を掛けなくても分かる。
「ところでさ、さっきの鐘ってどこの教会から鳴らされているの?」
「鐘楼があるって坊ちゃんは言ってただろう? やっぱりシーン神殿なんじゃないのか?」
口の中のものを飲み込んで、そうだよ、とロランが頷く。
「シーン神殿は、七時、十二時、十八時の一日三回金を鳴らして時刻を教えてくれるんだ。その鐘の音は、朝に姿を消してしまった月神シーンを、再び呼び戻すためって言われてるよ」
「三回……ねえ、これって」
「朝昼夕の決まり事、で決まりだろうな」
確定だ、と頷き合う三人。それでも念のためとユズは一度サンドイッチを膝の上に置き、ロランへと確認の言葉を掛ける。
「ねえロラン。その鐘楼のとこには行けるの?」
「うん、お布施を支払うと登れるよ? 天気が良ければエルリュート湖の反対側にあるアドエンまで見えるんだって」
「また! お布施! どこもかしこもお金お金お金ー!」
「お布施は、まあ気持ちですけれども」
「ま、仕方ないさ。それくらいは……つけてもらおうか」
「お布施をツケって。それどうよ親方さん」
呆れた言葉しか出てこないのは、全部金欠が悪いと思うことにして、サンドイッチを咀嚼しながら、ゆっくりと<水鳥>を進めて行った。
やがて大通りを抜け、細い水路へと入り込む。北部とはまた様子が変わり、色とりどりの花々が咲き誇る花壇が、水路に沿って続いていた。両脇には神々や英雄たちの像が、水路に向かって建てられており、どの像もまるで誰かを祝福するかのように空に向かって手を差し伸べている。
「なんだか、素敵な水路ね」
心なしか浮き浮きとした様子で辺りを見渡すユズに、ロランは少し頬を赤く染めながら口を開いた。
「ここはね、誓いの水路っていうんだ」
「誓いの?」
「そう。カナリスの伝統的な結婚式は、南にあるシーン神殿から、新郎が待つティダン神殿まで、新婦がゴンドラに乗って、この水路を下って行くところから始まっているんだよ」
「やだ、めっちゃロマンチック」
結婚式の様子を想像したのか、はあ、と甘いため息をつくユズに、照れ臭いのか頬を赤くしながらも説明するロラン。
若いな、とどうも見守るような目線になってしまう親方とグレンは、互いにそんな目で見てしまっていることに気付くと、苦笑を浮かべた。
「途中の橋の上からは、子どもたちが花嫁のゴンドラに花びらをまいたりするんだ」
「てことはー、つまりー、ここ、ヴァージンロードってこと?」
「今は逆走していますけれどね」
「はー、グレンさん乙女心が分かってないなー。ダメダメだよ、グレンさん」
「なんとでも仰い。ほら、もうすぐ着きますよ」
鐘楼が見えてきました、とグレンが指さす先には、首が痛くなるほどに高くそびえ立つ神殿から伸びる鐘楼がはっきりと見えるのであった。
話の展開上まるっとカットした部分。
<ミルダオ島 桟橋>
GM:40分だね。大丈夫、おっちゃんは待ってるよ
ユズ:うへええええんもうかえるううううう!!
グレン:ええ。そうですね、そうですね
それで、この月の階段なのですが
ユズ:グレンさんに流された―!
タルト:煩い
親方:おう、もう船出してもらって大丈夫だぜ
船頭:「お、おう? そうか。んじゃ嘆きの桟橋まで戻るぜ」
そして丁度良く。本当にヒント的にもちょうどいい感じにお昼のイベントでしたw
タイミングの良さに内心爆笑してたGMとは私のことですw




