15 水路移動D-3⇒B-5
水路を引き返して、順番に梯子を上る。太陽の下へと無事戻ると、ほう、と安堵の息をついた。ユズに至っては大きく伸びをしている。
ユズから地図を借りたグレンは、懐中時計を取り出して時刻を確認する。<水晶の欠片亭>を出たのは八時頃。現在の時刻は八時五十分。思ったよりも時間は経っていないようで、そこまで過敏に気にする必要はないかと、懐中時計を仕舞った。
「おっし、一息ついたか? そろっと謎解きの時間だぞ」
「名探偵ユズちゃんにお任せだよ!」
「迷探偵、じゃなくて……?」
「うん。名探偵……あれ、なんかニュアンスが違った気が」
気のせい、としれっと流されたユズはしばらく首を傾げていたものの、やがてまあいいかとグレンの手元を覗き込んだ。
現在地がここ、と長靴島を指さすグレン。
「ここに刻まれていた文字。【知識の箱庭 本好き小鳥の読書会】、これがヒントだと仮定して動く、と言う事でよろしいでしょうか?」
「うん」
ロランが頷くのを確認すると、親方は己の髭を撫でながらゆっくりと思案しながら口を開いた。
「これが、坊ちゃんが持ってたヒントと同じなら、この地区の特徴的な建物を象徴しているんだろうが……。俺の記憶は古いからな、変わっていると自信がない」
「大丈夫だよ。この地区は、あんまり昔から変わってないって話だから」
迷いのない言葉ではっきりと断定したロランは、親方の目を真っすぐ見ながら、すらすらと言葉を続ける。
「蛮族の侵攻が落ち着いた五十年前に、やっとこの国は認知されたようだけど。主要な建物は二百五十年前のイズマル帝国が滅ぶ前から変わらないみたい」
「案外、勉強熱心……」
「これでも、ルーフェリア神殿で勉強させてもらってるから。ルーフェリアの起源に関わるこの国の成り立ちくらいは覚えたよ」
照れ臭そうに笑うロランに、純粋に尊敬の目を向けるタルトとユズ。感心した様子の親方とグレンの視線にも、くすぐったそうにして照れ笑いを浮かべていた。
ロランの言葉を受け、親方とグレンは互いに顔を見合わせて小さく頷いた。
「そうですね。確かに、生活に密着したものなら、そんなに大きく変わらないでしょう」
「個人商店とかは別だろうが、まあ、そんな個人指定するようなもんは、ねえと信じたいがな……」
よし、と膝を一つついて、皆の視線を集めると、親方はグレンに地図を地面に置いて広げさせる。
「さて、最初のと同じだと仮定すると、最初の文が建物や場所のことだと思うんだが?」
「まあ、あれだよね? 知識ってあるし、本好きてあるんだから、本がたくさんある場所ってのは間違いないよね?」
そりゃそうだと頷いて促すも、でもどこに本がたくさんあるかは分からない、とユズは小さく舌を出してお道化た。
本……と、ユズの言葉に何かを思いついたのか、グレンがぽつりと言葉を零した。言葉をまとめているのか、なかなか続きを発さないグレンをタルトはじっと見つめる。
やがて、おずおずとグレンが全員に聞こえるように、はっきりとした言葉で発言をした。
「……仮定の話なのですが、知識の箱庭とは、この地区のキルヒア神殿のことでは?」
「どうして?」
「私は、キルヒア様を信仰しています。賢神キルヒア様は知識を司る第三の剣です。キルヒア神殿には、どの分教会にも膨大な書物があります。おそらく他の神殿よりも、はるかに多いのではないのですか?」
「……なるほどな」
理由をずらずらと並べ立てられて目を白黒させているユズはともかく、他の面々は納得したかのように頷いた。
グレンにキルヒア神殿の位置を尋ねると、ゆっくりと北東部を指さす。
「<水晶の欠片亭>に、近いね」
「ええええ、逆走するのもったいない! 逆だったらよかったのに!」
もー! と憤慨するユズを宥めながら、キルヒア神殿へと移動するために、一行は再び<水鳥>へと乗り込んだ。
東から西へと流れる川を、数隻のゴンドラが人や荷物を載せて、上ったり下ったりしている。その合間を縫うようにして、親方が<水鳥>を操っていた。
タルトは再び真ん中に陣取り、しっかりと縁を掴んでいる。慌ただしく行き交う他船の船上を見つめ、忙しそうだねぇとユズは縁に頬を突き、じっと水面を見つめていた。
「あまり身を乗り出さないでくださいね」
「ういー」
酒場街で再び物欲しそうに速度を落としたこと以外は、とんとん拍子に進んで行った。
ふと、水中で何かが揺らめいていることに気付き、ユズはぼんやりと見つめた。
なだらかなラインを描くジュゴン。馬と魚が合体したような姿のケルピー。巨大な魚(グレンに確認するとバラクーダと言う魔物らしい)。愛らしい姿のイルカ。
移動した場所によってモチーフが異なる水中灯が、ゆらゆらと水面に映って見えた。明かりはつかないのかな、と思うも古く錆びたように変色した水中灯が使われている気配はない。
ふと、先ほどの会話の途中に気になる言葉が出てきたことを思い出した。
「ねー、ロランくん」
「うん? どうしたのお姉さん」
「さっきの話のさー、なんとかの消散って?」
「<カリナスの消散>だね」
「そうそれー」
アタシ頭悪いから覚えられなくてさーと笑うユズに、ロランは思い出そうと視線をさ迷わせながら口を開いた。
「諸説は色々あるのだけれど、<大破局>の時にこのルーフェリア……当時はイズマル帝国だったかな? そこで起こった悲劇の出来事のことを言うんだ」
「<大破局>……?」
「蛮族の大規模侵攻により、各国の被害は甚大。それこそ、一つの文明が滅ぶような出来事を言います。魔動機文明、魔法文明、神紀文明と数百年毎に文明が変わった原因となるのが、<大破局>です」
「第一次世界大戦みたいな感じかな? 漫画的に言えばモンスターピートって言うんだっけ? うん、なんとなく理解できたよ」
自分なりに砕いて解釈したユズの様子を見て、ロランは少し困ったように親方を見上げた。恐らく教科書通りに伝えてもユズには理解できないだろうことを、今のグレンの講釈でロランは理解してしまったのだろう。
<大破局>の言葉の意味も知らないことに苦笑しながらも、親方は分かりやすい言葉を選んで、簡単にユズに教えてやった。
「まあ、原因ははっきりとわからんが、イズマル帝国時代の<大破局>で、ここ首都カリナスが一瞬で滅んじまう出来事があったんだ。それが、<カリナスの消散>って言われてる」
「一瞬で!? 嘘でしょ!?」
「信じられないだろ? それくらいに、ここは復興頑張ったんだぞ」
「ルーフェリア様の加護で守られたことも、復興が早まった要因の一つだって言われているよ」
「へー、神様も凄いけど、人も凄いんだねー!」
もし少しの余裕ができてきたのなら、この水中灯がつけられるようになればいいのに。きっと、その景色はとても幻想的で、息をのむほど美しいのだろう。
そんなことを思いながら、ユズはぼんやりと水面を見つめていた。
フラグ? フラグ? と言っていたセッション中。
まさかーw そんな都合よくーw
と笑ってたGM。後のことは予想だにまったくできないのであった。




