─第3話─《再会》
夫を亡くした矢先、衆議院議員への立候補、政務官就任を自主党から要請されたときは驚いた。
私を悲劇のヒロインとして担ぎ上げる意図は分かってた。
でもそれで力になれるなら。
私は日本の議員として戦うことを誓った。
これからはひとりで生きていくんだ。
そう、思っていたのに……
「……………………」
立ちすくみ、言葉が出ない。
誰がここで再会することなど予想できただろうか。
美香は目を見張り、言い様のない奇妙な感覚に身体中が包まれるのを感じた。
洋介も立ちすくむ。
何事かとざわつきかける周囲を制し、幸一が沈黙を破る。
「…………海上自衛隊自衛艦隊司令官、戸村幸一だ……」
呆けていた洋介も、
「……あ、王立海軍所属、戦艦ミカサ艦長、戸村洋介です」
と、互いに答礼を返すふたり。
今度は美香が洋介に近寄る。
「……洋介だよね……?」
「……美香」
彼女は洋介の懐に飛び込んだ。おののく彼。だがその理由はすぐに理解できた。
洋介にいつもついて回っていた美香だから。
溜め込んできた感情は止めどなくあふれる。ずっとひとりで辛かった、会いたかったと。
美香の嗚咽、息遣いが彼の胸に伝わる。彼女は細い腕にありったけの力を込める。
もう愛する家族を離さない。誰が離すか。
泣きじゃくる美香。彼女の背中をさする洋介。
「ごめんな……」
「異世界だと!?」
再会の喜びもつかの間。
護衛艦やまと会議室には自衛艦隊司令官や司令部幕僚、各艦長を始めとする日本艦隊の主要幹部、ミカサ艦長である洋介、衆議院議員の美香が参集。
そして幸一の妻である友里の姿もあった。
異世界転移など当然受け入れがたい宣言。
幸一には、先程からフードを被った数人が目についていた。
洋介が数人に目配せすると、彼らは素顔を見せる……
「…………え!?」
淡い色の髪……カラフルな瞳……そして、
「エルフ!?」
なんと笹穂耳が伸びていた。
日本側一同は認めざるを得なくなった。
「とても信じられんが……事実を受け入れるしかあるまい」と幸一。
頃合いを見計らい、友里は洋介に仕切り役を引き継ぐ……
洋介は頷き、咳払いをひとつ。
「この国の首都に案内するから。親父、ミカサが先導するからついてきてくれ」
「分かった。今は情報が欲しいしな……」
方針が決まると、指示が飛び、慌ただしくなってくる。
その中でも洋介の指揮統率ぶりは際立っていた。彼は手際よく部下に命令を下す。
(友里に似たな)
幸一はそう感じた。
戦艦ミカサを先頭に進む日本艦隊。
艦内では、戸村ら幹部が迷彩服から正装に着替える。他国の高官と会うのだ。
美香も上等な服を選び、鏡で身なりを整える。
そして……
『こちら右舷見張り、島を視認』
手の空いている乗員が窓側や甲板に立ち、景色を見つめる。
そこには、中世欧州のような建造物、帆船。まさしく別世界であった。
ミカサが先に着岸すると、乗員がすばやく降り、日本艦隊の入港を手伝い始める。
異世界人に日本人が入り混じり、日本での入港と大差ない要領で作業をこなす。
友里や洋介が異世界側に教えたのだろうか。
タラップを組み立て、やまとは上陸準備を進める。
舷門に海士が整列し、異世界側もタラップの降り口に軍人らを並べた。
降り口には友里と洋介が待機して、こちらを見上げる。
自衛艦隊司令官は平静を装いタラップを下る。美香や幹部自衛官が後に続き、他の艦艇のタラップからも艦長らが降りてくる……
皆が集まったところで、幸一が切り出す。
幸一は中央に立つ中年の屈強な男を見据える。周りに指示を出していたことからこの場のトップと感じた。
「お出迎えありがとうございます。日本国海上自衛隊の戸村幸一です」
「この国の宰相と軍務卿を務めておる、ローデウスだ」
男は不敵に微笑む。
いきなりの大物、政府のトップだ。日本側は緊張する。
「はっ!失礼しました閣下」
「まあ、そう硬くならずとも」
皆の挨拶が大体済んだところで、ローデウスが声をかける。
「こちらの御方は?」
「あ……」
彼と対面するは、髭を生やした老紳士。
幸一は姿勢を整える。紹介すら畏れ多い御方だからだ。
「皇太弟殿下にあらせられます」
宰相は動揺したものの、礼儀を尽くした態度を見せる。決して慇懃無礼なものではなく、武人としての誇りに満ちた堂々たる態度だった。
「では閣下、王都へ参りましょう」と友里。
「うむ……幸一殿、女王陛下がお待ちだ。急がれよ」
馬車に乗せられ、一同は城を目指す……
完全に見とれていた。
大聖堂モンサンミッシェルを彷彿とさせる美しい宮殿が、たゆたう湖水に浮かぶ。
荘厳で神秘的な雰囲気すら感じた。
一行が橋の前の広場に降り立ち、しばらくすると、城から燕尾服を着た集団が出てくる。率いていたのは若いエルフの男だ。
日本でいう宮内庁侍従職だろうかと思われた。
「閣下、こちらの方々が?」
「うむ」
「こちらです」
一同は侍従に続く。
階段を登り、絨毯の上を歩く。城の外壁は年季を刻んでいたが、内装は美しさをたたえていた。
落ち着きなく辺りを見回す自衛艦隊司令官や衆議院議員を尻目に、皇太弟は品位を保っている。そこはやはり皇室と言ったところか。
通されたのは、会議場のような場所。当然に内装は豪華なものだ。
「女王陛下がお見えになります」
即、椅子から立ち上がる日本側一同。
国家元首であるからさぞ老練な女王だろうと思った。が。
侍従の後方から来たのは、美しい女。淡い色の髪を背中まで伸ばした若いエルフだった。幸一らは驚く。
年齢に似合わず、その衣服はきらびやかで、軍のバッジなどの装飾品を佩用している。強引に例えるなら、英国の王室や近衛兵の赤い衣装。
やはり彼女が女王か。
侍従の紹介が始まると、見とれていた者も姿勢を正す。
「高貴なる精霊族の首長、われらが祖国《方舟》の女王陛下にあらせられます」
幸一たちは、日本に差し迫る驚異を、まだ、知らない……