─第2話─《戦艦三笠》
シャンデリアは煌々と光を放つ。
大理石の床面に映される赤き影。
老爺はゆったりと玉座に構え、傍らには銀髪の青年が忠実な臣下のごとく控える。
青年は言う。
「新たな訪問客です。デューゴス殿下」
老爺が一言命令を下すと、青年は胸に手を当て引き下がった。
残された老爺は、嗤った。
台湾に派遣されるはずだった日本艦隊は突如として消えた。
首相官邸ならびに防衛省では『第16護衛隊との通信途絶に関する対策本部』を設置し、関係各省庁との連携を密とした初動対応がなされていた。
内閣危機管理センターと俗に呼ばれる内閣情報集約センターにおいては、関係各省庁幹部級職員から構成される緊急参集チームが内閣危機管理監のもとで対応を協議。
同時に内閣情報官より内閣総理大臣に報告が上がった。
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『防衛省政務官戸村美香ほか部隊隊員そして皇太弟殿下の安否はいまだ不明』
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皆、頭を抱えるより他なかった…………。
どれだけの時が経ったのだろう。
隊員らは目を覚ました。
「…………ッ」頭をさすりつつ立ち上がる幸一たち。
すぐさま自衛艦隊司令官は配下部隊の無事を無線で確認する。
被害艦は、ない。
政務官が幸一のもとに駆け寄り、状況の確認を求める。
「──あのミサイル攻撃のあと、突然光に包まれて……」
皆それ以降は覚えていない。
疑問に頭を悩ます諸氏。
程なく、レーダー管制員から報告が入る。
『艦隊に接近する艦影あり!!』
「──何だと!?」
視認距離に入り、報告は詳細なものとなる。
『……目視で確認した。目標は木造船に蒸気船。軍艦の模様。国籍・船籍共に不明。本艦隊に近づく』
幸一は誰に問いかけるでもなく呟く。
「敵ではなさそうだな。どこかの古い艦艇か?」
美香も同意の旨を伝える。
敵ならばとっくに攻撃しているだろう。と幸一は考えた。だが万が一の準備は怠らない。
幸一は全部隊指揮官に『不審船対処部署』の用意を伝えると、光信号による通信を試みた。
光によるやり取りが飛び交う。
見張り台に出た幸一は少し驚く。
(こちらの通信コードが通じる……)
もっとも、通じてくれなければ困るが。
相手が船籍を明かした!
『王立海軍所属戦艦ミカサ』と名乗り、日本側は混乱する。
姿形もなんとなく似ている。ぼんやりとだが。
(何かのイタズラか……?)
聞けば、ミカサは小型船にて指揮官をやまとに移送してくると。
幸一は艦長を通じて『立ち入り検査隊』に待機命令を出した。
そしてミカサの小型船がやまとに近づく。
見張りが衝撃の一言を放つ。
「おい!日本人が乗ってるぞ!!?」
「何!?」
すかさず幸一は自身の双眼鏡で確認する。
見えた。
黒髪で、確かにアジア系に見える。
幸一らは甲板に出て、彼らを迎えることとした……
戦艦三笠。
日露戦争で連合艦隊司令長官東郷平八郎の座乗艦を務めた、あまりにも有名な戦艦である……。
その小型船にて……
「女王陛下からの指示は?」
「はい戸村艦長。出来る限り穏便に接触せよ、とのことです」
頷く艦長。
戸村なる海軍将校は帽子をかぶり直し、女性将校に声をかける。
「乗り込むときは母さ……参謀にも手伝ってもらいます。よろしく」
「ええ、わかっているわ」
どうやら艦長と参謀、親子らしい。
小型船はやまとに迫りつつあった……
小型船は接舷し、海軍将校らがやまとに乗り込んできた。
見るからに日本人だが、服装に違和感があった。
すかさず保安員が慣れた動作で駆け寄る。幹部らはそれを少し離れた所から見守っていた。
「「──!!?」」
驚く幸一。美香もだ。
「「まさか……」」
震えながら声を絞り出す……
「洋介──!?」
そう呼ばれた海軍将校は、顔を上げたのち、驚愕の表情を浮かべた……