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─第1話─《異世界転移》

 しとしとと雨が降る。

 ひとりの若い女が赴き、昇殿し参拝していた。


「洋介。私ね、政務官になったの……」

 都心のとある神社にて。英霊たちが静かに眠る聖地である。

 神主は、御霊に報告する彼女を黙って見つめる。

「──だから……見守っててね。私頑張るから」

 

 神主と一言二言挨拶を交わし、彼女は神殿を去った。


 政務官を乗せた黒塗りの高級車は都心を走る。

(初登庁か……)

 目指すは市ケ谷。防衛省。

 警備員の敬礼を受け、車はゲートをくぐる。


 元号は変わり、時代も変わる──。


 安旭(・・)7年。ここに、戸村美香(とむらみか)──史上最年少の防衛省政務官──が着任した。

 








────新日本神話:破────









 かつては政務次官(・・・・)と呼ばれていた。

 政務官(・・・)。それは副大臣に準ずる地位の政治家の役職である。

 政務官は内閣が任命する。つまりこの人事は内閣の謀略だ。


 美香は、先の尖閣紛争において夫の戸村洋介を亡くし、若き未亡人として悲劇のヒロインに担ぎ上げられた。

 時の実力者、阿部泰三(あべたいぞう)は彼女を政治利用した……。


 そんな経緯もあったのだが、意外にも美香は政治家となることを承諾。

「日本のために亡くなった夫のためにも、できることをしたい」

 彼女の純粋な思い。それは有権者の心にも響いた。


 政権が尖閣紛争の責任を取り実施された解散総選挙。

 自主党と公民党の連立政権は見事当選を果たし、万歳三唱を行う新人議員の中には彼女の姿もあった。


 国会は、自主党総裁にして元外務大臣の崎田武夫(さきたたけお)を首班指名した。

 今上天皇による親任式を終え、崎田は内閣を組閣。


 すでに正価の世は終わり、正価上皇が今上天皇に譲位していた。


 美香には新内閣において【内閣府政務官(安全保障担当) 兼 防衛省政務官 戸村美香】の辞令が交付された。

 

 順調な滑り出しの崎田内閣。だが──









──現政権は世界の変革に直面することとなる。









 美香が着任して数ヶ月が経った。 


 大海原に航跡をたなびかせるは台湾に遠征する艦隊。

 海上自衛隊のナンバー2たる自衛艦隊司令官にして美香の義父の戸村幸一(とむらこういち)率いる日本国海上自衛隊は、台湾との合同軍事演習に向かっていた。


 それは『第16護衛隊』。

 尖閣紛争と時を前後して発足した自衛艦隊直轄部隊だ。

 海上自衛隊の実働部隊を統括する自衛艦隊司令官に直轄するため、その位置付けは極めて重大である。特殊作戦群を始めとする陸上自衛隊の陸上総隊直轄部隊に対するカウンターパート(同格)にあたり、高い即応性が求められる。


 部隊編制のみならず時局は変化している。


 台湾──中華民国──は日本と国交を結んだ。安旭6年、尖閣紛争の翌年である。


 先の日台外相会談において経済産業分野での協力を行うことで一致していた日台両政府は、どちらからともなく国交樹立を記念した催しを提案した。


 日本国政府は、急遽、外務公務員法に基づき防衛大臣政務官を台湾特派大使として任命。だが彼女は若冠26歳である。若手の採用に一部報道は騒いだ。

 ちなみに外務省職員以外の大使、例えば民間出身の大使もいるにはいる。戸村美香を任命することは不可能ではない。

 若手をよこすこの人事には台湾を未だに軽視するシビアな一面もある……。


 今、彼女は、第16護衛隊旗艦『やまと』多目的区画において、自衛艦隊司令部メンバーとの打ち合わせに臨んでいた。


 美香は毅然と話す。

「…………お義父さ……いえ、司令官。私は日本国政府より大使としての辞令を受けています。つまり私の判断は政府の判断です。そこのところを……」

「分かっていますよ大使閣下」

「あ、閣下は結構ですよ」


 ずいぶん変わったものだ、と幸一は思う。

 10年前、洋介にトテトテとついてまわっていた可愛らしい彼女の姿はどこにもない。

 明らかに洋介の死は彼女を変貌させた。

 無理するなよ。願うは義父の親心か。


 その時だった。


 けたたましいアラートが鳴り響き、多目的区画の乗員は騒然とする。

「「敵だ!!」」

 同時に激しく鐘が打ち鳴らされる。戦闘開始を告げる合図だ。

『やまとCIC(戦闘情報室)より司令部!現在時刻0857(マルハチゴーナナ)!わが艦は、中国人民解放軍の戦闘機『(ジェンシー)20』と思われる航空機よりロックオンを受けた!!対艦ミサイルによる攻撃!至近弾の模様!!』

 身構える戸村たち。幸一は自席につきヘッドセットを着ける。

 ふと彼は思う。なぜ今の今まで探知できなかったのかと。だが気にしている場合ではないと本能的に感じる。

 また、ロックオンされていたのに当たらなかったのは、ミサイル発射とロックオンの機が別々だと説明がなされた。目的は威嚇だ。

「──了承した。この事態を正当防衛の要件たる『急迫不正の侵害』とみなし、日本国政府の定めた交戦規定に基づき、正当防衛による反撃を承認する。これより目標を敵と呼称する」

 とかく自衛隊の反撃基準はまどろっこしい。

「大使!これより反撃を行うが、よろしいか!?」

「この状況で断れると思ってるんですか?!……特派大使として自衛艦隊司令官の判断を尊重します。なんなら私の責任にしてもいいです」

「(さすが。肝っ玉が据わってやがるぜ)」

「何か言いましたか!?」

「いえ大使。……これより反撃行動に入る!」


 全部隊に反撃開始が通告され隊員の士気は高まる。


 幸一は迎撃を指示する。

「『やまと』より『たかお』へ!敵機をミサイルにて撃墜せよ!!」

『了解!』

『対空戦闘!前甲板VLS、SM-2攻撃始め!!』

 イージス艦たかおの前甲板ミサイル発射菅が開き、飛翔体が射出される。


 艦隊防空ミサイルSM-2である。艦隊全体をカバーする広範囲の射程を誇る、艦隊防空を任務とするイージス艦のメインウエポンだ。


 敵機を追い疾走するSM-2。

『『たかお』ミサイル発射!正常飛行!!』

『弾着10秒。8、7、6……』

 カウントダウンがなされる。

『爆破閃光確認!マークインターセプト(命中)!!』

「やったか……?」

『…………待ってください!目標健在!!』

「「健在だと!?」」

 司令部要員らはざわつく。幸一も心穏やかではない。

 彼は即座に艦長を呼び出す。

「自衛艦隊司令官より『やまと』艦長へ!」

『こちら艦長、長瀬』

「ミサイルは撃ち漏らした!主砲ブラスターキャノンは使えるか?」

『充電完了!いつでも行けます!!』

「よし!やれ!!」

 やまとの巨大砲塔が起き上がり天を睨み付ける。

 乗員らが艦内に退避するのを確認し、レーザービームの光線が放たれた。

 熱線により敵機は焼き尽くされた。誰もがそう思ったが……

『目標健在!!ブラスターキャノンの効果なし!』

「何だと!!?」


 報告は立て続けに入り、状況の悪化を伝える。


『『殲20』反転!!再び艦隊を狙っています!!!!』

「くそっ!5インチ砲攻撃始め!!」

 各艦の127mm砲が連射され敵機を襲う。だが、まるで効かない。

「(どうなってやがる!?)」幸一は焦る。

 そしてオペレーターの報告が幸一の耳に入る。

『!?敵機、ミサイルベイを開きました!』


 そして…………


『ロックオンされた!!!!』

 アラートがうるさく鳴り響き、切迫した状況を告げる。

 ミサイルは吸い込まれるように艦隊に向かう。

 迎撃の甲斐もなく、もう間に合わない。

「直撃する!衝撃に備え━━━━━━━!!」









 その瞬間。艦隊は閃光に包まれた。









 そこには異形の存在があった──。

 「それ」は言葉を発する。


「ヨ」「ウ」「コ」「ソ」

「イ」「セ」「カ」「イ」「ヘ」

 


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