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蔵石流石という男 Ⅰ

夕陽に目を細めながら、比較的新しそうな縦長の建物を、俺は嘆息しながら眺めた。なにせ、地上8階建ての建造物など、俺は今までお目にかかったことがなかったのだ。今日、会社とやらで見聞きした、ジェットエンジンもそうだが、この国の技術はかなり進んでいるらしかった。会社からこの建物まで歩いてくる道中、ことごとく道路が、取るに足らない細道までもが、綺麗に舗装されているのには驚かされた。しかも、石畳ではなく、完全に平坦にならされていた。それだけではなく、その道路を疾走する自動車とかいうものには、完全に度肝を抜かれた。魔族の機械系氏族にああいった車輪で動く連中がいたが、自動車は生物ではなく、完全に人間の手によるものだったし、何よりも魔力や呪力と言った力を感じなかった。恐らくは魔法力に乏しい民の土地なのか、魔法に頼らない工夫が随所に見られた。こんな技術を俺が見聞きしたことが無いということは、隠れ里か何かなのだろうか。もしくは、未開大陸の何処かなのかもしれない。


「おい、くらっち!そんなとこで惚けとらんで、はよー中入ろや!」


愛称で呼びかけてくる若い男は、ムルドンといった。ムルドン君は、この辺りの民族とは別の民族らしく、鼻筋が通り、眼窩は深い。言葉のイントネーションが少し変なことを考えると、出稼ぎ労働者か何かだろう。行動の端々に荒っぽさが見えるので、他国で修行に出されている貴族の子弟、ということは無いだろう。この男は、先ほど会社の前で、何処に泊まったもんだと思案していた俺に、ジブン何してるん?早く帰ろうや、と声をかけてきたのだ。どうやら、俺はこの地域に住んでいるらしい。こうまでこの地域での俺の生活基盤が整っていて、言語知識まで持ち合わせているということから、朧げながら理解できてきた。俺はこの土地で生きている蔵石という男の肉体に憑依させられているのだろう。その手の呪術は、東の海に浮かぶ巨木の島のエルフどもが使う。以前にも一度食らったことがあるが、今の状況はあの時と似ている。記憶は自分のものが引き継がれるが、言語などは憑依対象のものが使えるようになるのだ。そうこう考えていると、扉らしきものが並んだ回廊に出た。扉には番号が書かれている。労働者の寮と言った風情だ。建物の趣は違うが、王国の兵士団寮を思い出した。石造りの簡素な建屋に、セコセコと部屋が大量に詰まっていたものだ。


「じゃーな!また明日!」


そう言うと、ムルドンは、くっ付けた右手の人差し指と中指を、ピッという風に小さく振った。陽気な奴だ。悪い奴では無さそうだ。


「さて」


俺も部屋に行こう。この分では、広さはさほど望めないだろうが、安全に眠れる部屋があるのは素直に嬉しい。寮のエントランスに並ぶ小さい箱の中に、蔵石という名前を見つけ、506という番号を確認した俺は、とりあえず5階の6号室を目指す。恐らくこの類推であっているはずだ。


「お、ここだな。」


蔵石の部屋は、階段を上って左右に伸びる廊下を左に曲がってすぐの場所にあった。扉の横に、蔵石流石とあったので、すぐに分かった。先ほどからこの土地には驚かされてばかりだったので、今度こそは何があっても動じ無いぞ、と、気合を開けて扉を引いた。扉の開け方は、ムルドン君が部屋に入るのを後ろから見ていたので、分かっていた。はずだった。


「ウガっ」


勢いよく取手を回し、扉を引いたが、開かない。代わりに、ガンッ!という衝撃音が廊下に鳴り響いた。

ガンっ!ガンっ!!

何度引いても開かない。


「おかしい…ムルドンはいとも簡単に入っていったのに…」


小さな穴に鍵を突っ込んで開錠するなど、この時の俺が思いつかなかったのは無理からぬことだろう。何せ、俺の知る限り、扉の施錠は魔法で行うものだったのだ。取り敢えず思いつく限りの開錠魔法を試してみたが、結局開かなかった。開け方が不明な扉の前で立ち尽くした俺はどうしたか。

結果から言うと、扉をぶち破った。誓って言うが、別に破壊する意図はなかったのだ。蔵石の肉体で、この金属らしき扉をひしゃげさせる力が出せるとは思いもよらず、思いっきり扉を引いただけだ。


「く、蔵石サン…?それは一体、何をしてるんですか…?」


怪訝な顔をした女が声を掛けてきた。


「いや、部屋に入れなかったので、扉を開けただけだ。」


「え??いや、鍵忘れたの…?ていうか…え??え???」


俺の顔と、捻れて奇怪なオブジェと化した扉を交互に見る女。その表情は明らかに怯えている。

無理もない。俺とて驚いているのだ。この俺でも、魔法で能力を底上げされなければ、こんな力は出せないのだ。対して、この蔵石の肉体に、魔法などの気配は感じない。自らの肉体のみで、これだけの力を発揮しているのだ。一言に言って、只者ではない。

まあ、それはともかくとして


「申し訳ない。怖がらせた。美咲殿。」


女性に恐怖させるなど、英雄として到底許されることではない。持っていた扉を立てかけ、努めて優しい声で話しかける。するとーーー


笑われた。


それも、ものすごい勢いで。


「なに?!その持って回ったような、喋り方!??しかも美咲殿って?!」


美咲という名前ではなかったのだろうか。女が出てきた扉の横に引っ付いている札には、確かに森美咲と書いてあるのだが。


「む、美咲、殿では…名前を間違えていたか?申し訳ない。」


また笑われた。


「いや、いや、というか、殿って、、殿って、、」


くつくつと笑いながら言葉を発する美咲(仮)。どうやらこの女性は、殿という敬称に笑いの臍を突かれたらしい。ちなみに、笑いの臍というのは、南方大海に点在する島々に古くから伝わる神話に由来する寛容表現だ。臍には体全体の魔法回路が集まっていて、そこに笑気を帯びた魔力を叩き込まれた男が、面白くもないのに一生笑い続ける羽目になるという内容だったと記憶している。


「、、、それに、、、」


「?」


笑いがおさまってきた女は、少し怒った風だ。


「私の名前は、咲。森美 咲。この前飲み会で話したばっかりでしょ?流石くん!」


そうか。しかし、それもしょうがないというものだ。何と言っても、今日より前に、蔵石が何を体験していたかは、俺には与り知らないことなのだ。かといって、それを馬鹿正直に告げても混乱を来すだけだろう。曖昧に返事をして、軽く謝罪する。


「ま、しょうがない、かな?あの時、流石くんベロベロに酔っ払っちゃってたし。。。」


何をしているんだこの男は…酒の池は飲み干さずに泳げ という訓言がピッタリだ。


「もう、連れて帰ってきたの、私なんだからね??少しは感謝してよ?」


「それは…なんというか…すまん。ありがとう。」


ダメ男じゃないか、蔵石。

人の身に余る怪力の持ち主で、酒に酔って前後不覚になるダメ男。謎が深まる人物像だ。


「ふふ。良いわ。許す。」


咲が俺の目を見ながら微笑む。よく見ると、風呂上がりなのか、薄っすらと濡れた髪を、耳の上を通して後ろに持って行き、後ろで縛っている。少し動くたびに束ねた毛先がプルプル揺れるのが可愛らしく、少し毛羽立った揉み上げが扇情的だと思う。

目はクリクリとしていて、小マンタレイの様な可愛らしさと、大マンタレイの様な凛々しさを兼ね備えているーーー後に知ったが、マンタレイとはここで言うネコ科動物で、小が猫、大が虎のような生き物だーーー。

薄手のプルオーバーを着ており、瑞々しい素肌が透けてしまいそうで、思わず目を背けてしまう。そんなことを考えていると、、、

「あー!そうだ!連れて帰ってきた時、流石くん、絶対に部屋までは来るなって、断固中には上げてくれなかったけど…やっぱりアレかな?エッチな本とか片付け忘れたとか…?」

そう言いながら、俺の肩越しに扉を失った部屋の中を覗く。背が足りず、立てたつまさきがプルプルしているのも、小マンタレイの後ろ足の様だ。そんなことを思いながら見ていると、ひっ、という声にならない声と、息を飲む様な気配が伝わる。


「どうした?」


「あ、ううん。何でも、ないの。あー、まあ、そう言う趣味も、悪いことでは、無い…と思うよ?」


謎のフォローをした後、じゃあ、夕飯の支度するからと、部屋にそそくさ戻る咲。そう言えば、俺は咲に向き合っていたので、まだ部屋の中を見ていない。

恐る恐る後ろにぽっかり開いた入り口の中を覗くとーーー

そこには、女性がいた。

いや、よく見ると、精巧に出来た人形らしい。一瞬、ゴレム使いが用いる泥人形かとも思ったが、それにしては魔力を感じない。何のために蔵石がこんな人形を人目を避けながら所有しているのか。目的は、ほぼ明らかだろう。カーテンを締め切られて、薄暗くなった部屋に浮かぶ人形の肢体は、薄手のレースや、繻子織の光沢のある下着だけを身に付けていた。高級娼館の娼婦の様な格好だ。

蔵石の人物像がまた追加される。

怪力で、酒癖が悪く、そして、


アガルマトフィリア(人形性愛者)。


確かに、人が何をしていようと、他人に迷惑をかけない限り、口出しするべきものではないと思う。しかし、部屋の薄暗さと人形の醸し出す雰囲気、そして、見知らぬ男の生々しく剥き出しの性欲の気配に、俺は気味悪さを感じ、部屋に入るのを躊躇した。

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