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会社員1日目:設計部配属 Ⅱ

会社員1日目:設計部配属 Ⅱ


「よし、蔵石。う!い、いや、クライス。」


指導員を名乗る豊田は、俺が人睨み効かせると間違いを正した。当然だ。俺は自分でも、相当な、人の身に余る修羅場をくぐってきたと自負している。俺の眼力を凡人風情がまともに浴びれば、たちまちに震えだして、良くて失禁か、悪ければそのまま昇天してしまう。街を歩く時などは、無辜の民に被害が及ばないように、遮光板で目を覆っていたものだ。


「ふむ。いい胆力をしているな。」


そんな俺の殺意を、正面から浴びても怯んだだけのこの男は、中々に鍛えられた男なのだろう。少しばかり敬意を表して、誉めてやった。が、


「?え、えぇーとな、今日は、クライ、スには今日は俺の仕事を見てもらうことにするから。」


勇者たる俺の言葉をするりとかわし、なんと命令じみた言葉を発してきた。しかも、だ。


「見る?見るだけか?俺が?」


「そうだよ。分からないところがあったら、遠慮せずに聞いてくれ。作業止めちゃってもいいから。」


かなりの屈辱だった。この俺に命令してきた上に、見ているだけにしろなどと。何しろ、俺の手にかかれば大抵のことは【術】で何とか出来てしまう。水を呼ぶこと、土を操ること、雷を轟かせること、炎を巻き立たせること、風を吹き乱れさせること、草木を茂らせ、花を咲かせること、なんでも御座れだ。人間の傷を癒すことも容易い。どんな問題も、俺の力の前には頭を垂れる。


「よし、じゃあ、今日はHPT翼のクリープ特性評価基準から見てくから。」


豊田はそう言うと、画枠の中にウィンドウ(豊田はそう呼んでいた)を開いた。ウィンドウの中には、ねじくれた薄い板状の物体が浮かんでいる。


「なんだ、これは…」


画枠の中で浮かぶ、一体全体、何に役立つのかと言った感じの奇怪な物体。


「HPT。高圧タービンの翼だよ。ジェットエンジンの推進力を生みだす部分だ。」


怪訝な顔をする俺に、豊田は詳しく解説をする。どうやら、ジェットエンジンとは空気を吸って吐く筒状の物体らしい。圧縮機なる部品で空気を圧縮した後、燃焼機とか言う場所で燃やし、タービンという部品を回転させることでファンなる部品を回転させて風を起こすものらしい。俺は、海の賢者が熱い日に使っていた、魔法風車を連想した。魔力を筒に流し込み、内部の羽を回すことで連動する軸を回し、風車を回転させる魔法機械だ。俺は風の魔法を使えばいいだろうと思ったのだが、それは風情が無いらしい。なるほど、ジェットエンジンとは風情のあるものなのか。自分の中で納得する。


「そうか、これは風を受けて回転する羽根なのだな。」


「そ。そんで、一定荷重を加えて時間を経過させると…」


キーボードなるものの、数字の書かれたボタンを押すと、ウィンドウの中の更に小さな四角の中に、対応した数字が現れ、OKと書かれた部分を矢印で押す。すると、羽根が微妙に伸びていく。


「これが、クリープだ。」


「??」


全く意味がわからない。なんだこれは。


「金属っていうのは、高温環境下で一定の力をかけると、ゆるゆると伸びてくるんだよ。このせいで壊れたり、筒の中で羽根が擦れたりするわけ。その伸びをどの位許容するように設計するか決めるのが、今日の仕事な。」


そこから先は瞬く間に時間が過ぎて行った。何せ、分からないことだらけなのだ。力を極めてからというもの、点で分からない物事に触れたことが無かった。自分の手が、頭が届かない事柄など、世界には存在しなかった。神との戦いすら、そうだった。激しい戦いだったが、俺たちは神を手玉にとって、封印してやった。ひさびさの新鮮な感情が、単純に楽しかったのだ。俺はみるみる内に知識を吸収し、一日が終わるころには、仕事を一つ任されるに至った。明日はそれをしろと豊田は告げる。


「明日も、来るのか?」


「はあ?そりゃ、平日だからな。」


どうやら、俺はこの組織に取り込まれたらしい。確かに仕事は楽しいし、新鮮な環境も存外に心地いい。最初はムカついたが。


「まあ、いいか。」


そう、まあ、良いかと、俺は思った。こんなに心地いい疲労感に包まれているのは久しぶりなのだ。それにどうせ、あの王国に帰っても、邪悪な神を封じた功労を堅苦しく労われたあと、これまた堅苦しい王室の会食で、ちまちました料理を、がちがちのテーブルマナーを守らされながら食うだけなのだ。それで、そのあとは、新たな敵の討伐を依頼されて、剣と魔法と血の生活が待っているだけだ。少しくらいなら、このわけのわからない生活に身を置いてもいいだろう。すがすがしい気分で組織の建て屋を出た俺は、帰途についた。


「ところで…俺はどこに泊まればいいんだ…」


見知らぬ土地で独り放り出された形だ。野宿も馴れていないわけではないが、流石に、どんな魔獣や盗族がいるかわからない土地で、無防備に眠る気にはなれなかった。


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