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会社員1日目:設計部配属 Ⅰ

会社員1日目:設計部配属 Ⅰ


「おい!お前の図面、これ本当にクリアランス取れてんのか!?」

「はい、はい、すみません!明日中には試験計画の見直しお送りできますので」

「お前らに求めてんのは新規性じゃなくて、誰でも出来る設計基準作ることなんだよ!わかる!?研究者気取りたいなら国立の研究所かなんか行けよ!」

「バカヤロー!この忙しい時期に煙草休憩って舐めてんのかよッ!!?」


地獄だった。俺の左隣の席では、同僚らしき男が何かが映し出された画枠を見つめて、ぼそぼそと何かをつぶやいているが、声が小さくてよく聞き取れない。というより、何か意味をなさない言葉を羅列しているようだ。そして、俺---俺はと言うと、全く意味が分からず立ち尽くしていた。地獄のような光景にだけではない。それよりも、真四角で滑らかな素材の作業机が整然と並べられ、その上には使途不明の画枠が目に悪そうな光で発光し、まるで王国の特務機関員のような黒いジャケットを羽織った男たちがそれを死んだ魚のような目で見つめている。


「なんだ…これは…」


気付かないうちに漏れていた声は、恰幅のいい男の声にかき消された。


「おい!蔵石!ちょっとこっちに来てくれ!」


こっちを向いて、誰かを呼ぶ男。後に知ったが、彼は森江といい、この組織での階級は部長。俺の机の付近20人程度を束ねる小隊長らしい。ちなみに彼の副官には課長代理の橘川という女がいて、艶のある黒く長い髪に疲れた目がなかなかに妖艶だ。彼女が小隊の現場指揮官らしい。


「おまえだおまえ!どこ見てんだ?」


俺は蔵石という人物が声をかけられていると思ったのだが…


「ここには蔵石はお前ひとりだろうが!」


俺はきょとんとした。確かに聞き覚えのある呼び名だが、少し違う。


「俺は、クライスだ。」


「???」


小隊の全員が息をとめた音が聞こえた。先ほどまでどなり散らしていたこの男への俺の態度にだろうか、それとも俺がよっぽどおかしいことを言っているのか。だが、俺はクライス。クライス・リューガーだ。偉大な賢者たる母と、勇ましい剣豪たる父から継いだ誇り高い名があるのだ。そして、俺自身だって、そう軽くはない身分だと自負している。西の山脈の尾根を這うように広がる根の国の強者、緑のブランディア・サイラス。海の上に膨大な魔力により浮かぶ巨大な人工島の偉大な魔道士、青のクリストファ・アリス。地の底に遠大なまでに伸びる、地底の大地と呼ばれる広大な領地を束ねる士族。その中でも最も屈強かつ怜悧な老剣士、白のダナー・オーストヴェルフ。彼らとともに、魔の大森林の腐れ土の悪精を浄化し、深海宮殿の魔王を倒し、天空に君臨する傲岸不遜な専横神を封じた俺の名は、そう軽い名ではないはずだ。少なくとも、クライシなどと間違ってもいい名前ではない。これまでの長い旅路、一度も見たことのない文化風土が根付く土地らしいが、あまりに無知とは言えないだろうか。だが、どうも俺は天狗になっているらしい。誰か俺の名前が分からないのか?あの神の軍勢との激突を見たものはいないのか!?とまわりを見渡した俺は、落胆する羽目になった。俺と目があった数人は、生温かい視線を送ると、すぐに目の前の画枠に視線を戻した。他の奴らはというと、こっちを気にする余裕も無く、台形の一口菓子が敷き詰められたような板を一心不乱に叩いている。一見すると気が触れているかのようだ。


「あー…まあ、いいか。そんならクライス、ちょっと、来てくれ…」


なんだか先ほどと打って変わって疲れたような森江部長が自分のデスクから立ち上がって僕を呼ぶ。森江は俺の右隣の若い男のデスクに案内すると、互いに自己紹介するように促す。


「よ、よろしく。俺は豊田機織。君の指導員だ。まあ、最初だし分からないことだらけだと思うから、なんでも聞いてくれ。」


「クライス、クライス・リューガーだ。」


右も左もわからない子供にかけるような言葉にむっとしながら答える。だが、確かに全く分からない。俺の置かれている状況が。


「蔵石流石でクライス・リューガーか…」


ぼそっと呟いた男の声を俺は聞き逃さなかった。そして、俺の胸辺りにちらりと向けた視線も。何があるのかと自分の胸を見ると、精巧な自画像が描かれたカードが首からぶら下がっているようだった。そしてそこには良くわからない数字の列と、名前らしきものが記されていた。蔵石流石という文字の上にやや丸っぽい、それでいて整然とした字体で、簡素な字が振られていた。


「くらいし…さすが…?」


誰だ!それよりも、なぜ、自分はこの土地の文字が読めるのか、彼らの言葉で意思疎通が出来ているのか、ここまで疑問には思わなかったことが自分の中で新たな謎となって浮かぶ。突然降ってわいたように現れたこいつらは何者なのか。この場所はいったい何なのか。圧倒的な強者である俺には、身の危険とは無縁だが、得体のしれない不安が脳裏にじっとりと張り付いていた。


「ほ、本当にクライスリューガーって読むのか?それ。だったら、総務に連絡しないと…」


男が丸いネズミ大の物体を操作すると、光る画枠の中でメールボックスと書かれた小さな枠が現れた。男がしようとしていることは皆目見当がつかないが、とりあえず黙って見ていることにした。

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