9 シルベスタが帝国史に目覚めるきっかけ
「ことの起こりは、出かける少し前だったんだが」
「東海華市から?」
「そう。男爵から呼び出しがかかったあたりなんだが。その学都の各地…東海華だけではないんだが、各地で辺境学生狩りが最近行われていて」
「学生を狩るのか?」
「教育庁はどうやら、自分達のもくろみが失敗に終わったことに気付いたらしい。で、秘密裏に、彼らを抹殺するんだ」
「抹殺…… それは文字どおりの意味なのか?」
そうだ、とナギはうなづいた。ひどく低い声になっている。
「寄宿舎の、私の隣の隣の部屋の少女がちょうどカラ・ハンの出身で…私は彼女には身元は明かした訳ではないんだけど、まあそれはそれで、多少は話す仲だったんだ。で、その彼女も例外ではなかった、と」
「狩られたのか?」
「狩られそうになった、が正しいな。紙一重で助かった」
「と言うと?」
「つまりは刺客だな」
「さっきの少女のような?」
「あれとは違う。あれは別口だ」
別口、ねえ。彼はため息をつく。
「彼女を襲ったのは、教育庁がらみの方だ。私のは全くの別系統。まあそれは後。その彼女は見事刺客を返り討ちにしたと」
「そりゃ凄い」
「カラ・ハンの民は強いですから。私はたまたまその現場を見てしまっていて」
「たまたまか?偶然じゃないような気がするな、ここまで言われると」
「いえいえ」
ナギはひらひらと手を振る。
「これは偶然。たまたま今回の連合行きの目的とか考えてたら、眠れなくて、朝方偶然、出会ってしまった訳で」
「なるほど。じゃあそこで、君は、その少女に伝言を頼んだ?」
「ええ」
「だってその時点では君はまだカナーシュ氏を見かけていた訳ではないじゃないか」
「ええ、ないです。先生が手配されたというニュースは見ていたけれど。でも先生のことがあるにせよ無いにせよ、私は一度彼らと会っておきたいと思ってましたから」
「何故?」
「男爵の動きが妙だったから」
「それだけ? それだけで君はカラ・ハンを動かすというのか?」
「…」
「さっきから奇妙に思っていたんだ… 君は誰なんだ?」
「ホロベシ男爵の『人形』ですよ? それ以外に何を思いつきますか?」
「いや違う」
彼は彼女の傷跡をたどる。今度は声は立てない。
「君は、『皇后』じゃないのか?」
彼女は黙った。見おろす彼の目を真っ向から見据える。
「七代の方は、今空席ですよ」
「ああ公式にはね。だけど広い帝国に、もしかしたら居るかもしれない」
「そう思えるんですか?」
ナギは彼の頬を両手で包み込む。
「違うのか?」
そしてそのまま手を動かして彼女はシルベスタの目を塞いだ。
*
彼に帝国史への興味を持たせたのは母親であったが、決定打を与えたのは同じ歳の「弟」スティルだった。
デカダの五人きょうだいは、周囲の思惑に関わりなく仲が良かった。
その中でもやはり、彼とスティル、それにアルミーナは歳の近さもあり、きょうだいと言うよりは、友達のように育っていた。
実際のところ、きょうだいという感覚はシルベスタにはなかった。そもそも母親にすら、一般的に「母親」というレッテルを貼るのが難しい育ち方をしている。きょうだいなら更にそうだった。
上の二人はいい。既に成人しているし、彼ら下の三人にはさほど興味もないようにシルベスタには思われた。
だからあくまで、「同居している年上の住人」という感覚で、適度の敬意をもって接していた。
それで充分だったらしい。
上の二人はそれぞれ忙しいらしく、シルベスタや下の二人に気楽に接することはなかったが、嫌いもしなかったらしい。
ところがスティルとアルミーナは違った。
二人はシルベスタが自分達と同じ、愛人の子供ということで、親近感を持ったらしい。
広い庭を駆け回ったり、中学校・高等学校の寄宿舎から校舎への長い道を自転車で競争したり、時には殴り合いのケンカもしたり、それでいて大きな目で見ると、仲がいいというものだった。
そしてそういうしょうもない二人を、優しくおっとりとした妹は眺めていた、という図である。
性格は違っていた、とシルベスタは思う。
スティルの母親は地方のラジオの歌姫だったらしい。その声に父親は惚れて、強引に西都に連れ帰ったという。同じ公共電波でも、決して映像の方には回らなかったという。かと言って外見がどうという訳でもない。十人並みよりは格段に上である。
大人しい性格だったのだろう。もともと電波に声を乗せたのも、知人に熱心に勧められて、ということだったらしい。
そういう人だったから、愛人とは言え「玉の輿」に乗ったらさっと電波から離れたのも当然かもしれない。
彼女は屋敷に来るまでは、西都の隣の市で慎ましく二人を育てていたという。もちろん普通の家よりはずいぶんと大きな所だったが、その大きな家の住人にしては、質素すぎるほどだったという。
アルミーナはその母親とよく似ていて、大人しい少女だった。
そう頭の良い子ではなかったが、彼女が泣くと二人の「兄」もかたなしだった。
彼女は二人とも「兄」と認めていて、シルベスタのことも「シルビィ兄さん」と呼んでいた。女の子の名前みたいだ、と彼が困った顔をしてもお構いなしな性格は、誰の遺伝なのか。
一方のスティルは、明らかに父親似だった。だが本人はそれに気付いているのかいないのか、つい今朝起きたことも夜には忘れて明日のことを考える性格だった。
シルベスタはその逆で、昨日起きたことの原因を考えるために一昨日の記録を引っぱり出すタイプだったと言える。
そういった性格は、そのまま得意分野の違いに現れた。
例えば同じ学ぶにしても、スティルは現代の経済学だったり政治学といった社会学系に興味を示し、シルベスタは歴史学や文化社会学といった人文学系のものが好きだった。
同じものが好きだったら、明らかに二人は競争者となったかもしれない。だがそうはならなかった。
したがって、高校のカリキュラムを選ぶ時点で、彼らの道は異なってしまった。
そんな進学が決まった休みのことである。どんどんと力いっぱい叩かれるドアの音でシルベスタは目を覚ました。
寝ぼけまなこでドアを開けるとスティルが居た。
「何だよ~こんな朝っぱらから…」
「何だよじゃねーよ。お前まだ寝てんのか?」
「いい気持ちだったのに…」
「いい天気だぜっ。こんないい日に目を覚まさん奴の気が知れん!」
そりゃそうだろう、とシルベスタは思った。
スティルは厳しいと有名な学校の花形スポーツであるフットボールのレギュラーでもあった。
無論そうなるための練習もかかさない。基本的に(好きなこと以外には)怠惰なシルベスタとは天と地程の差があった。
「へいへい…… で何の用…」
「いや、これなんだけどさ」
ん? と彼は目をむいた。
「俺の部屋にあったんだけど。何で俺の部屋にあったかわかんねーんだよなあ…… お前なら読むかなあと思って。俺の趣味じゃねえし」
スティルの手には十冊くらいの本があった。どれもずいぶんと重厚な装丁を施してある。
「へー、何の本? まあ入れや」
「おうっ」
彼らそれぞれの部屋は、普通の家族一つが楽々暮らせるくらいの広さがあった。シルベスタはその部屋の一つを自分の図書室にしている。
この家にも図書室はあるらしいが、まだその時点で彼は見つけてはいなかった。
「お前カシャルクス大へ行くんだって?」
「ああ。お前こそイグルセン入学許可出たってな、おめでとう」
カシャルクスは人文学系で伝統があるところであり、イグルセンはそこから政治家・会社経営者などを多く出しているところだった。
「よく親父さん許したよなあ」
スティルは短く刈った硬い黒い髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
「そりゃな。ずっと前からこれだけはと頑固に言ってきたし」
「どうしてだろな」
「何が?」
「お前さ。そりゃ人それぞれとは言うけど――― 何でわざわざ人文? しかも歴史? 全然つぶしがきかねーじゃん」
「別につぶしがどうとか考えたことないからなあ。ただ好きだし。だいたい俺にはお前のや親父のように人当たりとか人渡りとか上手くねーし。俺にしてみりゃお前が歴史にロマンを感じない方が不思議」
「ロマン! そう言うか!」
スティルは聞くなり、げたげたげたと笑った。
「ロマンって言葉はなシルベスタ、お前には似合うけど俺には似合わねーよ」
「そおか?」
「そおだよ。俺は実に現実的な奴なんだ。判らないものは判らないなりに使うしかねえと思うし、そういうのが得意なんだ。どーにも訳判らんものってのは苛々してな」
「だろーな」
シルベスタはにっと笑った。
「ま、そういうのはお前に任せるさ。でもなシルベスタ、せっかくある特権なんだ。有効に使えよ」
「ああ。ま、でも俺基本的に貧乏性だし」
「ぬかせ!」
そしてそれから二人で部屋の中にあったものを要るもの要らないものと選び出し、交換しあった。
尤も「財団の御曹司」達という彼らの立場を考えてみれば、要らないものは捨てて、新しいものを揃えるくらい簡単にこの二人はできた筈である。
だがスティルもシルベスタもそういう人間ではなかった。
スティルは母親の慎ましい暮らしを見てきたし、シルベスタは自分の分以上のことをわざわざするのは面倒だ、と考える質だったのだ。
「で、その本? お前の部屋の何処にあったって?」
「あん? ああ。何か俺が来る前からあったみたいでな。前から戸が開かねえ開かねえって言ってた西側の奴」
「ああ、あれ」
「昨夜掃除してたら、いきなりぱこっと外れやがって。おかげでガラスが飛び散ってさあ大変」
「そりゃまあ」
自分の部屋は基本的に自分で掃除する「御曹司」達はうなづきあう。
「で、開いたらまあ。何やらひんやりした空気と一緒に本がどんと出てきた訳さ。ま、俺が興味がありそうな奴はとったけど」
「まあ確かにお前に興味のある部分じゃ、俺はどうだっていいしな」
「この家も結構古いしなあ。開かずの部屋の一つや二つあっても仕方ねえがな、開かずの本棚とはこれ如何に、だよな。お前んとこもそういうの、ない?」
「開かずの本棚ねえ…… 俺は本棚活用派だったから、開かずだったら絶対開けてたし。ああでも開かずのクローゼットはあったような気が」
「そりゃいい。もしかしたらとんでもねえ古着が出てくるかもしれねえぜ」
そして二人はシルベスタの部屋の「開かずのクローゼット」を開けにかかった。
興味がないから開けなかっただけなので、さびついた鍵を開け、多少どんどんと、長い年月の間に歪んだ扉を叩いたら、案外簡単に開いた。
「ありゃ」
それが開けた瞬間のシルベスタの一声だった。
「おいまた本かよ…」
確かにまた本があった。それも指の長さほどの厚みのある、大きな本が横積みになって十冊くらい入っていたのだ。
「だね。だけどずいぶん重そうな本だな」
「さっき俺が持ってきたのも重かったぜ? 作る奴も作る奴だよな」
スティルが自分の部屋に戻って行ってから、シルベスタは窓際に本を持っていき、ぱたぱたとほこりを払った。
確かに重かった。革作りで金線が入っている表紙は、ずいぶんと手間と金をかけたように思える。
ぱらぱらと繰って、スティルは自分の趣味じゃねえな、と感想を述べた。そしてシルベスタはこの本に見覚えがあった。
これは、あの時の本だ。
記憶の中で、テーブルに座った母親が、膝に乗せることもしなかった程重い本。陽だまりの中で、甘いコーヒー入りミルクを呑みながら、母親はその本を熱心に繰っていた。
帝国史の本だったのだ。それも、図書館ぐらいにしか行き渡らない類の。
全部のほこりをはらってから、シルベスタは小厨房へと邸内通信を入れた。そしてミルク入りコーヒーをポットに、と頼んだ。
さすがに小さい頃とは自分の見方が変わっていることに彼は気付いた。
連合の学校で、「帝国史」は小中学校では全く教えない。
そもそも連合の成立自体が実にややこしいものなので、概要を教えるにしても、小中学校でも足りないくらいである。
その上の学校でも主流は国内史であって、帝国史など、「物好きな選択教科」の一つとされているくらいである。
従って進学を前提にした高等学校では教えず、逆に進学を前提としない実科学校の方で趣味的に教えられることが多い。
シルベスタはもちろん進学のための高等学校へ通っていたので、興味はあっても、学校でわざわざ教えられることはなかった。何しろ連合史だけでも実にめまぐるしく面白いのである。
おかげで興味はあっても手を出す余裕がなかった。
だが卒業したのである。今度は手を出す余裕があるだろう、と思っていた矢先だった。
母親が話した時は、その本一冊に全史が入っているのかと思ったが、どうもあれは最近の一冊に過ぎないらしい。十冊あるそれらは、続き物であった。帝国史の百科事典のようだ、と彼は思った。
そしてしばらく彼はその本の内容に埋もれた。
どのくらいの埋もれ方かというと。
「…何か変よ~」
小厨房のメイドの一人が泣きそうな顔で中厨房の同僚に訴えた。
「何が変なのよ」
「だってシルベスタ様が『食事持ってきてくれ』っておっしゃるのよっ」
「そんな、よくあることじゃない。それにそれがあたし達の仕事でしょ?」
「だってそうは言ったってシルベスタ様よ? 外で召し上がることが多いプラティナ様や、仕事が忙しいゴールディン様や、何かと忙しいスティル様じゃないのよ」
「でも別にいいじゃない」
「シルベスタ様はあんまり人に何かれやらすの好きじゃないんだってばあ。欲しければ何かないかって自分で取りに来る方なの!」
「…ほー」
「それにもう一週間もそれよっ!」
「それは異常よね」
そんな会話が小厨房と中厨房の邸内通信に乗っている頃、当の噂の本人は、昼も夜もなく溺れていた。
最初は母親に見せられた部分の確認だけのつもりだった。彼女が言った「化け物」の皇帝のことだけを見るつもりだったのだ。
だが、その最近のことを読むうちに、だんだん訳が判らなくなって、結局第一巻から広げなおすことになってしまった。
ところが第一巻から読んでいると、所々訳の判らない言葉や制度が出てくる。
しかも不親切なことに注釈も少ない。帝国ではおそらく誰にでも知られていることなのだろう。
シルベスタはそんな訳で、高等学校時代の歴史参考書と、帝国公用語辞典を引っぱり出した。
基本的には同じ言語なのだが、語彙に関しては全然違うことが多いのだ。特に学術用語は。
もちろんそれでも全部が全部理解できる訳ではない。
そこで少年時代の知り合いで、実科学校へ行った者に市内通信を入れてみる。そこで彼は「何時だと思ってるんだ!」と言われて、真夜中ということに気付くのだが――― 朝一番で彼は自転車を走らせた。
そして帰ってきては時間も忘れて、サンドイッチとミルク入りコーヒーを傍らに読みふけり、時にはメモもしたりする。
おそらくそのサンドイッチが卵とチーズとレタスのものだったか、チキンとピクルスとキャビアのものだったか、と問われても、彼は答えられなかっただろう。ミルク入りコーヒーがコーヒー入りミルクになっていても、はたまたココアになっていたとしても、同様だろう。
おかけで小厨房のメイドは、結局十日間気を揉み、彼の部屋担当のメイドは、ちゃんとお風呂に入ってくださいよ、と叫ばなければならなかったくらいである。
まあその甲斐あってか、彼はその十日間で、帝国史八百年とその前史のおおよその流れを理解することができた。
背伸びをしながら、やればできるもんだなあ、と山と積まれた参考書とメモと鉛筆のけずりかすを見て彼は思った。
そして奇妙なことに気がついたのである。
この歴史は何かが欠落している。
その欠落感の正体を彼が知ったのは、カシャルクス大学で帝国史の講義を受けるようになってからである。
大学で帝国史を担当するラングドシャ教授は、下地が妙にできているシルベスタに驚き、何かと質問する彼を可愛がった。
彼はすぐにでもその質問をしたかったのだが、その質問をどういう形でしたら良いのか気付くまで、一年かかった。
そして一年後にした質問に対し、ラングドシャ教授はこう答えた。
「帝国の歴史には表と裏があるんだよ」
シルベスタは驚いた。確かにそれは考えうることだった。だがあまりにも当たり前すぎて、考えに及ばなかったということでもある。
ただ、帝国史の場合、連合の過去におけるそれとは違い、表がその時の政権にとって望ましいだけの歴史で、裏が実は代々の政権担当者の悪逆非道がどうとか、という訳ではない。
少なくとも、「正史」とされる帝国の歴史は、皇帝の行状については、良かれ悪しかれ、きちんと記録され、まとめてあるのだ。その姿勢に関しては、ラングドシャ教授も帝国の文化省に敬意を払ったという。
「少なくとも、書かれたことは比較的、学問的に公正だよ」
彼はシルベスタにきっぱりと言った。
もちろん長い時間の集大成であるから、実際に写真や音声記録を取ったもの、きちんと書かれた記録だけではなく、伝聞を後の世になって収集したものもある。だがその際には、それが伝聞であることをきちんと記述してある。
それはシルベスタにも記憶があった。
だから少なくとも、公表されている「正史」の部分はある程度以上本当だと信じられる。シルベスタもその点は同感である。
「では、裏とは何ですか?」
彼は訊ねた。
「何が隠されているというんでしょう?」
「ヒントはいろいろあるんだがね」
「それは皇帝が、『化け物』じみていると――― いうことでしょうか?」
「化け物? 君時々怖いこと言うね」
「すみません。母がそういう形容していたので、つい」
ラングドシャ教授は、シルベスタの母親を知っていたので、ああ、と納得したようにうなづいた。
「彼女ならそう言うだろうね。でも彼女からそれ以上聞かなかったのかい?」
「あのひとは、自分の興味のない時に訊ねても気のない返事をするだけですよ」
「そうだろうね」
教授は苦笑する。
「まあそれもあるんだが、あのね君、その皇帝の横に居るはずの人を見たことがあるかね?」
「横に居るはずのひと?」
「皇帝が全て独身だと思っている訳じゃないだろう?」
あ、とシルベスタはその時ようやく思い当たった。その人物に関しては、一行たりとして書かれてはいないのだ。
「まあうちの国もそうだけど、確かに歴史の大半は男が動かしている。だけど女性の動きもゼロではない筈だ」
「ええ」
「実際君の母親は、そのいい例だろう? それにほら、北のカンフォート州は、昔から母系社会で、女性首長が権限を握ってきた。それを我々の連合史は無視したことがない。これだけ広い世界だ。その半分近い帝国で、全く女性の動きがないなんてことがあると思うか? シルベスタ君」
「おかしいですよね」
「そう。帝国は、女性の動きを故意的に無視してきているんだ。しかもそれが下層の女性だから、とかそういうのではなく、皇后すら正史に出ていない。生没年月日すら不明だ。何せ向こうの『正しい』皇室系図ときたら、ひどいもんだ」
「女性が全部◎で書かれてましたね。じゃ教授、裏、というのは女性の歴史なんですか?」
「そう言っても正しいとも思うね。実際のところ、向こうのその関係の書籍が本当に少ないんで、調べようがないというのが現状だ」
「調べようがない…」
「だからこそ、これから開拓の余地があるとも言える。君有望だぞ」
そして教授は、その「数少ない」書籍の一つを彼に見せてくれた。
そしてそこには、帝国流の飾り文字で、ハルシャ・イヴ・カナーシュと書かれていた。