15ー3
アナザーピース〜逸れた欠片〜
消えたはずの黄昏の方舟。
砕けたエレメンタルブレードとヘテロジニアス。
地に伏すクレア。
「ミスト…」
クレアは地に散らばる水滴を悲しみ交じりの瞳で見つめる。そして、此方を見下ろす人物に視線を移す。
「…あなたは…まさか…」
クレアの視線の先にいる人物は茶髪で短髪の学者風の青年、ルカが火の点いていない煙草を啣えながらうっすらと笑みを浮かべていた。
クレアは力を振り絞り、立ち上がる。
「…貴方は光と共に消えたはず」
「滅びを記す歴史書は一つにあらず、逸れた流れは修正しなくてはならない」
「修正?」
「あるべき輪廻の環の中に」
「それが無為とでもいうのですか…終わりなき終わりを繰り返すことが」
「勿論です、それこそがあるがままの世界」
「でしたらそんな世界は…(牢獄も同然)」
クレアはルカの言葉に覚悟を決めるとクレアの身体から光の粒が沸き上がる。
『…巫女の力を使う時が』
「時の力で抗うか、それもまた史実」
その場いる二人の姿が揺らぎ、空間が巻き戻される。
砕けたエレメンタルブレードとヘテロジニアスが元の形へと戻り、二振りの剣の一方、ヘテロジニアスが消える。すると強い閃光が放たれてその光が治まると布を割いたような紐に拘束され、胸にヘテロジニアスが刺さるフェイの姿があった。
そして、巻き戻されていた空間の流れがそこで止まる。
「…これで世界は救われる」
フェイは力無く呟いた。
「それで世界が救われても貴方と友人達の心は救われないわ」
フェイは薄れ行く意識の中を保ちつつ、声の主に視線を向ける。
そこにはクレアの姿があった。
「…クレア…さん?」
クレアはフェイに突き刺さるヘテロジニアスの柄を掴み、ヘテロジニアスの刃をフェイの身体から引き抜いた。
するとフェイの意識が定まり、傷口が塞がると生気が戻っていく。
「どうして…」
フェイは自分達以外の世界が止まっていることに気付く。
「今は私の力で時を止めています。これから訪れる岐路の選択を変える為に」
「訪れる選択」
「このまま時を動かせば方舟は崩壊し世界は無に帰す」
「それは分かっていますだから俺は…」
「しかし、その選択ではさっき言った通り貴方の友人達は救われない」
クレアはそう言いながら地面に突き刺さるエレメンタルブレードの柄を掴み、引き抜いた。
「だから、この世界を変える為の鍵である二つの剣で」
「なるほど、それがクロニクルの断篇を葬った光と闇の器たる改変の鍵ですか」
その言葉と共にルカが現れた。
「巫女の力に干渉出来るということはやはり本物ということですか」
「時の巫女ともあろう人が真偽を認識出来ていなかったとは何ともお粗末ですね…」
ルカは落胆の言葉を口にすると俯き、両腕を少し広げて掌を天に向けると首を左右に振る。
「本当、期待外れです…」
ルカはクレアやフェイには聞こえないほど声で小さく嘆いた。
「ノア、アーク」
そして、ルカは二つの名を呼ぶと黒い書物と白い書物がルカの左右に現れた。
その二つの書物に反応するかのようにクレアの手にあるエレメンタルブレードとヘテロジニアスが小刻みに振動し高い音を鳴らす。
「どうしたというの?」
二振りの剣は勢い良くクレアの手から放れて飛び去る。その先にある書物の表紙に鋒を突き付けて停止した。
エレメンタルブレードは黒い書物の前に、ヘテロジニアスは白い書物の前にある。
「鍵を錠の穴へ」
ルカの言葉と共に二振りの刃は二つの書物の表紙に刺し込まれるように消えていく。
剣の刃が全て刺し込まれると鍵が重い音を立てて開く。
「さて、選択の時、君は何を選ぶ?」
ルカはフェイに問いを投げ掛ける。
「俺が?」
「そう、世界に存在しなかった君がだよ」
ルカはフェイに指を差す。
「最初の選択のまま自らを犠牲として世界を救うか、或いはみんなと共に世界と消えるか。それとも…」
「それとも?」
「世界と自分を含む全ての者を救うか」
クレアはルカのフェイの問いに違和感を覚え、ルカへと訊ねる。
「貴方の目的は何?本当に滅び書物なの?」
ルカはずっと啣えていた火の点いていない煙草を左手で掴み取る。
「私は特異点である個体名、フェイト・エルベーニュの答えを待っていたのですが…まぁ、いいでしょう。この空間では時間は十二分にある」
ルカは煙草を啣えて上衣のポケットからオイル式ライターを取り出し、蓋を開くとフリントを指で回転させて火を点ける。
火の点けたライターで煙草に火を点けると蓋を閉じて火を消し、先端から煙を上げる煙草を左手で口から外し、ルカは煙を吐き出した。
そして、クレアの問いに答える。
「確かに私は滅び書物、アール・クロニクルです。しかし、私が滅ぼすのはノアとアークの二つのクロニクルより産み出されし混沌から生じる滅びの連鎖、つまり現状進行していた輪廻と連鎖それを滅ぼすことが私の目的だが、そのトリガーを引くのは…」
ルカはフェイに視線を向ける。
「貴方は敵、それとも味方ですか?」
「それは君の選択次第です。それで答えは?」
「…俺は全てを救う」
「尤もな答えですね。ならば…」
エレメンタルブレードが突き刺さる黒い書物、ノアとヘテロジニアスが突き刺さる白い書物、アークが互いにゆっくりと近付いてゆき、近付くにつれて次第に半透明へと変わり、重なりあう。
「…私を倒すしか他ないですね」
ルカは重なりあった剣の柄を掴み、引き抜いた。
「そうですか…(やっぱりそうなるのか、望みには対価を)」
フェイは自分の選択の後に起こり得る事態を想定していた。
引き抜かれた剣の刀身は白と黒が編むように絡み合っている。そして、剣が刺さっていた書物が中程から開き突然、頁が虚空に四散して空中で停止する。
「本当に貴方が消えればクロニクルの環の中から外れることが可能なのですか?」
「いよいよという時に何を」
フェイが身構えた状態で静止しており、動ける者はルカとクレアのみ。
「確実にとは行かないが私も原書ではないですから、しかし、現存するクロニクルは私の内にある一冊のみ」
「そう…」
クレアは左手を胸にあて何かを自らの内から出現させようとする。
「先程も言いましたがそこにいる特異点がトリガーであり、貴女が私を葬れば訪れるは誰ひとり救われることのない滅び…」
クレアは自らの内から何かを引き抜き、ルカに向けて振るう。
だが、それはルカに触れることはなく、クレアの左手から消えた。
「お止めください、私の為に世界を滅ぼすことは」
クレアの左腕に添うように自らの両腕を絡めているミストの姿がクレアの傍にあった。
「ミスト…」
「心配入りません、クロニクルによって生じた負の流れは消えます」
ミストが穏やかにクレアに伝える。
「そう、それこそがこれから起こるゼロ・クロニクル。クロニクルの関わる事象はゼロとなり、本来の姿に世界は改変される」
ルカはミストの言葉を補足説明する。
「…そう」
クレアはミストの言葉とルカの説明に納得する。
「納得頂けたようで何より…」
空中で停止していた紙から文字が零れ始め、静止していたフェイの時が動き始める。
『いま、何かが…』
何故かルカの手にあったはずの白と黒が編むように絡み合っている剣がフェイの手にあった。
「どうして…」
フェイはその剣に気付いて呟くと視線が足元に向く。
「なんだこれ」
文字がフェイの足元を埋めつくし、徐々に這い上がってくるが動くことが出来ない。
「始まりましたか」
ルカの目には文字が映っておらず、剣を握りただ立ち尽くすフェイがいる。
「…今度は邪魔はしないでくださいね」
ルカはクレアに釘を打つと姿が灰色に変わり、書物の形へとかわる。そして、灰色の書物はフェイの胸部へ浸透するように消える。
「これで世界は本当に?」
ミストの言葉に疑いを持ってはいないがクレアは自らの内の不安を拭えずにいた。




