14ー6
レイナはすぐさま杖を構え、デュナスに対して呪文を唱える。
「…深蒼より深き蒼、揺蕩う水の息吹よ、我が前に立ち開かる全ての者を斥けよ…ラムダ・クリスタル!」
杖からデュナスに向かって蒼い閃光が走ると閃光はデュナスの目前で何かに弾かれてレイナの元へと戻ってきた。
レイナは何も出来ずにいるとアルティミウスがレイナの前に立ち、蒼い閃光を身体で受け止めた。
「くっ……」
「そんな…」
アルティミウスの身体は足元から徐々に結晶化していく。
「まだ…貴方達を失うわけにはいかないのよ…」
結晶化は頭の先まで達し、結晶と化したアルティミウスの身体は粉々に崩れ去った。
「私のせいで…」
「無駄な攻撃だったな、古びた鍵とて破壊するノア・クロニクルの力にそんな攻撃が効くと思っ……」
突然、デュナスの口に止まった。
「うぅ……」
デュナスは身体を抱えて苦しみ出した。
「フェイ」
「漸く到達したか」
フェイは刀身のないエレメンタルブレードを苦しむデュナスに向けた。
「お前…何をした…」
するとデュナスに向けたエレメンタルブレードから刀身がデュナスの胸を貫くように現れた。
「ノア・クロニクルの闇の奥底の潜む光に届くまで時間が掛かっただけだ」
「ノア…クロニクルに光だと…?」
「どんなものにも互いに相反するものが固有の中に存在する」
「相入れない者が一つになることなどない、個体となる器に潜む光に呼応したに過ぎない…我は破滅を導く、闇の書物なり」
デュナスの内から声が聞こえ、デュナスの身体は砂となり、黒い装丁、黒い頁、全てが黒い書物があらわになった。
「ノア・クロニクル」
「器から出てこい、シャイニング・ハート」
「断る」
「ならば…」
ノア・クロニクルは消え、床に横たわるリーシュの傍に現れた。そして、ノア・クロニクルは黒い煙となり、リーシュの口から中へ入った。するとリーシュは起き上がり、ボーガンの鏃をすぐ傍にいたレイナの首元に宛がった。
「リーシュ、何の…」
「喋るな女」
「そこまでして貴方は何がしたい」
「お前を消し去り、新たな破滅への始まりを」
「貴方は下がっていてください」
独り言のように呟くとフェイの姿と声色が元通りに戻る。
「弱き器が何用だ」
「リーシュの中から出ていけ!」
「特異点がこの私に命令か、ではその剣で切り伏せるがいい」
フェイはエレメンタルブレードを構え、ノア・クロニクルに向かっていく。
「クロニクル、四十四章、破滅の剣 ヘテロジニアス」
ノア・クロニクルがそう言うと手に黒い艶やかな鞘に納まった刀が現れた。そこへフェイがエレメンタルブレードを頭上から振り下ろした。
ノア・クロニクルはレイナを突き飛ばし、直ぐさま鞘に納まったままのヘテロジニアスで受け止めると鞘は砕け散り、妖気を放つ刀身があらわになった。
「なんだ…この嫌な感じ」
「ヘテロジニアス、エレメンタルブレードとは相対にあるものだ」
ノア・クロニクルはエレメンタルブレードをヘテロジニアスで払うように押し退けた。
するとエレメンタルブレードがフェイの手から放れてしまい、宙を舞ってフェイの後方の床に突き刺さった。
「これでも出てこないというなら…」
ノア・クロニクルはヘテロジニアスをどこかへ向けて振り放す。
放たれたヘテロジニアスはレイナの胸に突き刺さる。
「えっ…」
「レイナ!」
「問題ない、今はな」
ノア・クロニクルはそう言うとヘテロジニアスが突き刺さるレイナに近付き、ヘテロジニアスを引き抜いた。
「レイナに何をした!」
「フェイ、大丈夫何ともないからリーシュを早く」
「…分かった」
フェイは突き刺さったエレメンタルブレードを引き抜いた。
「うぉぉぉぉ……くらえぇ!」
フェイはエレメンタルブレードを精一杯の力を込めて虚空を斬った。すると刃から六色の光が現れ、ノア・クロニクルを貫いた。
その光によってリーシュの身体はノア・クロニクルから解放された。
「精霊解放…」
そして、リーシュは倒れ、宙には六色の光に囲まれた闇があった。
「…まさか、特異点が剣を解放することが出来るとはな…」
フェイの胸から白い光が勢いよく飛び出し、六色の光に囲まれた闇に直撃する。
その瞬間、辺りは激しい光に包まれた。
「もうこれで終わりにしましょう、ノア・クロニクル、いえ、もう一人の私…」
「そうか…私は……これでもう繰り返される破滅の輪廻が…終わりを迎えることが出来るのか…」
光は闇と共に消え去った。
「終わった…リーシュ!」
フェイは地に伏しているリーシュに駆け寄った。
「…あれ…フェイ?…何がどう…」
突然、大地が揺らぎ、黄昏の方舟内に雷撃が飛び交った。するとレイナが叫び声を上げた。
レイナの胸に黒い浸みが現れ、何にもない空間からレイナを拘束するかのように幾つもの布を裂いたような紐がレイナの身体中に巻き付いた。
「何が…」
『ようやく繋がったが…遅かったようだな』
フェイの頭の中にルナの声が聞こえた。
『支えを失った世界は崩壊する、それを防ぐ為、方舟がよりしろを定めた』
「どうやったらレイナを」
『今、黄昏の方舟が消えるということは世界が無に帰すことと同義、だが特異点なら方舟のみを消すことが可能…』
「それじゃ…」
フェイは地面に転がっているヘテロジニアスが目についた。
「これを使えば…」
ヘテロジニアスを拾いあげた。
「リーシュ、後は頼むよ」
「えっ?なにいって」
フェイはヘテロジニアスを強くにぎりしめ、レイナを拘束している紐を切り落とした。
フェイは直ぐさまレイナの身体を掴み、リーシュに向けて投げ放った。そして、リーシュがレイナを受け止めるとフェイは自らの胸にヘテロジニアスを突き刺した。
「うわぁぁあ〜」
紐は切り口から伸びて、今度はフェイの身体に巻き付いた。
「フェイ!!」
リーシュとレイナの身体が消え、強制的に黄昏の方舟から追い出された。
「これで終わり…レイナ、リーシュ…約束守れなくてごめん…」
空間が崩壊していき、強い閃光と共に消えた………。
リーシュとレイナはサウザンド・エンプレスのある最初の花畑に居た。
「良かった、お前ら無事…でもないようだな、だが今は落ち込んでいる猶予はない」
花畑が消え、雷鳴のような音が轟いた。
「早く船に」
リーシュはグラハムの言う通り、レイナを抱えてサウザンド・エンプレスに移動した。
「此処から離れる、出航準備」
「ちょっと待って、フェイがまだ」
「残念だが、彼はもういない」
声の方にはルナが居た。
「世界が存続と引き換えに命を賭けて破滅に誘う方舟、黄昏の方舟を破壊した」
「そんな…」
「じきに時空の神殿も崩壊する、早く脱出した方がいい」
船の準備は整い、グラハムはすぐさま船を出発させた。
「全速力で脱出だ」
閉まっていたグングニルの扉が開き、サウザンド・エンプレスは物凄い速さで扉を抜けた。
その後すぐグングニルの螺旋の間隔が広がり、光の柱に包まれて消えた。
そして、各世界にあった光の樹も消え、解放された人々は何事もなかったかのように元の通りに戻った。
「ここは何処っす…それに俺は何を…」
サウザンド・エンプレスは森の中に不時着していた。
「不調和な記憶は消え去り、全ての者は平穏な世界に生きる…」
ルナは不時着したサウザンド・エンプレスを眺めながら呟き、姿を消した。




