14ー3
全ての世界にある光の樹は消え、樹に吸収された人々は元通りに戻った。
そして、何処からともなく障気が現れて世界を徐々に覆っていく。
「アルティミウス…」
女神アルティミウスの心の中に声が響いた。
「神王アポリシス」
「…何故、邪魔をする?滅びは語られた史実」
「ノア・クロニクル(滅びの年代記)は幾千にも紡ぐ運命の一つに過ぎません」
「そう思うのならば、ノア・クロニクルに刻まれている短く儚い運命を君に贈ろう」
女神アルティミウスの身体はレイナから完全に別離し、曖昧なものから限りある命を持つ人の為りへとなった。
「地を這い、己が信じる運命とやらを進むのだな…」
地面に横たわっている少年と少女の身体が宙に浮かび上がり、それぞれ小さな宝石となってどこかへ消えた。
それ以後神王アポリシスの声は聞こえなくなった。
『何故、あの子達を連れて行ったの?』
女神は考え込んでいるとレイナが目を覚ました。
「私…」
「力を使い過ぎて倒れたのよ」
レイナは女神アルティミウスの方を見て、すぐに変化に気付いた。
「その姿」
「理由あって女神としての存在を失ったの…それより新たな問題が発生したわ」
「なんですか?」
「世界を障気が発生し獣達が狂暴化しています」
レイナは不安そうな顔をするとアルティミウスはそれを察して言った。
「大丈夫、幸い、生き残っている人が住まう所にはまだ障気はいません」
レイナはその言葉に安堵の表情をした。
「フェイとリーシュは?」
「まだ戻ってきていませんが、暴走が止まったということはスピリチュアルを破壊し、それに封じられていた大精霊を無事に倒したということでしょう」
「そうですか…」
「大丈夫、すぐに戻りますよ」
アルティミウスの言葉通り、リーシュがレイジェンティアへ戻って来た。
「水だらけっすね」
水浸しになっているレイジェンティアの見渡して言った。
「どうなったんすか」
「無事、暴走は止まったみたいなんだけど…」
「詳しい話は皆さんが揃ってから」
そこへフェイを背負って両目に眼帯をした見知らぬ男が現れた。
「フェイ!」
「心配はいらぬ、気絶しているだけだ」
男は抑揚のない声で言うと駆け寄るレイナとリーシュにフェイを引き渡した。
「アヴァロン、何故、貴方がここへ」
「選ばれし者に託宣を告げに来た」
「託宣?それはアポリシスに言われて来たということ?」
アルティミウスは少し警戒したような声で言った。
「それは違う、アポリシスに異を唱える者は君だけではないということだ」
フェイが目を覚ました。
「あれ?俺いつの間に、ここに…」
『これで役者が揃ったな』
アヴァロンはそう思うと両目の眼帯を外しエレメンタルブレードの刃に自分の姿が写るように構えた。
「無限の知識に集積せし存在よ」
アヴァロンは瞼を開いた。
「解放せよ」
開いた瞼の下にはあるはずの瞳はなく、そこには吸い込まれそうな程の深い闇が存在した。
その眼の闇から何かがエレメンタルブレードの刃に移り、アヴァロンは瞼を閉じて眼帯を戻した。
そして、エレメンタルブレードをレイジェンティアの床に突き刺した。するとエレメンタルブレードに突き刺された箇所からレイジェンティアの様式が内部は大量の本が納められた天高い棚が並ぶ場所へと変わった。
「君達、三人に世界の真実を教える」
アヴァロンは瞼を閉じて言った。
「何をいきなりわけの分からない事を」
「あんたは誰なんっすか?」
「私のことなどどうでもいい事だ」
アヴァロンはそういうとエレメンタルブレードフェイに投げ渡して問う。
「19586256850486、何の数字か解るか?」
「1958……そんなの分かるわけないじゃないか」
「世界が滅びた回数だ」
「えっ…」
「一体どういう事っすか…」
「滅びた世界から抜けた魂は永遠に輪廻し、特定の器に惹かれるとその器に納まる。そして、世界は再生する、それを幾数年の時、繰り返されてきたということだ」
「そんな…信じられない」
「事実ですよ…」
血だらけのクレイルが片足を引きずりながら現れた。
「クレイル!」
「今、治療を…」
「いえ、大丈夫、見た目ほど酷くありませんから」
クレイルは少し引き攣った笑顔でレイナに言うとアヴァロンの方を見た。
「それよりどうして鍵がここに」
「私を一目見てよく分かったな」
「それは此処が無限の英知を与える場所、無限書庫だと分かりましたから」
「誰しもその英知に触れられる訳ではないだがな」
「では此処に入れた私はその資格はあるのですか?」
「ない、だが…」
「分かっています、自分の事ですから…」
そう言うとクレイルはフェイ達の方を見た。
「皆さん…聞いて下さい、彼の語る事柄は全て真実です、ですから彼の言うことにしたがって下さい」
「分かったよ」
フェイはクレイルの真剣な瞳を見て返事をしリーシュとレイナは頷いた。
「私は少々、力を使い過ぎたので此処から出て少し休みます」
「私が外まで送りましょう」
アルティミウスはクレイルの身体を支え歩いて行くとフェイは言った。
「また後で」
「ええ」
クレイルは振り返り笑顔でいうと二人の姿は消えた。
「では話を続けよう」
「もう此処でいいですよ…」
アルティミウスは支えていた手を放すとクレイルは崩れるように倒れ、仰向けに横たわった。そして、アルティミウスは何も言わず、仰向きに横たわるクレイルの頭を太腿に乗せ言った。
「無茶をしましたね」
「やはりこの魂には逆らえないという事でしょう…」
「そんなことはありません」
「そうかもしれません…前はこのような最期を迎えてはしていませんでしたから、少しは魂に抗えたのかもしれませんね…」
「はい…」
「…これでようやく……」
クレイルは静かな眠りに就くと肉体から魂が抜け出て、天へと消えて行った。
そして、アルティミウスは一粒の涙を流した。
〜無限書庫〜
「それで聞きたいことは?」
「結局の所、ノア・クロニクルって何なんですか?それに神を倒すって…」
「うむ、私が説明するよりこの場所に聞く方が早いだろう」
上から水晶が降りて来てフェイ達の目の高さ位で止まった。
「ノア・クロニクルに関する記述を開示」
「ノア・クロニクルに関する記述を持つ書籍の該当件数は3024件です」
水晶から事務的な声が聞こえた。
「最も古い記述を」
「最古の記述を読み上げます…私はノア・クロニクル(滅びの年代記)という名のものを発見した。
私はその内容に驚愕した。
何故ならそこには有史以前から未来に至るまでの歴史があった。
……私はノア・クロニクルを手に入れてからはや三年経つ、記された全ての事柄は寸分の狂いもなく起きていき、私の精神は少しづつ侵されていくのを感じたが…時は既に遅かった…これはその者の内に眠るものを引き出し現実変えるのだと死の淵に立ち、私はそれ気付いた。
そして、私は最期の力を振り絞り、ノア・クロニクルを葬ることにした。
…以上が所有者不明の手帖に書かれた、最古のノア・クロニクルの記述です」
「…更に分からなくなったっすよ」
「ノア・クロニクルの説明に関する記述を抽出し校正」
「ノア・クロニクルは滅びの年代記と呼ばれ、幾万も繰り返される歴史の中に登場しては文明が消えるともに消え去る神出鬼没の代物。
その実態は使用者の精神を蝕み滅びの連鎖を招き、破滅の輪舞の中へ全ての生命を巻き込むものである」
「そんなものを持つこの世界の創造主っていうのを倒せって、そんなこと…」
「出来なければまた滅び、歴史の再生が始まるだけだ」
「なんで自分で変えようとしないんっすか?」
「軽く言ってくれるな…再生の時に記憶は全て消えて失くなるお前達には分かるまい、変えようにも変えられない、何度も同じ歴史が繰り返される苦しみはなど」
アヴァロンは抑揚もない声に少し憤りが入り交じる。
「今しているこの会話は前にも此処で同じ事を話したということですか?」
「いや…今回は違う、歴史に歪みができ、ノア・クロニクルの影響に変化が現れた…お前の存在によってな」
アヴァロンはフェイの方を向いて言った。
「書簡0番の記述を」
「…幾多の輪廻を繰り返すことにより産まれる白き輝く魂、ノア・クロニクルの持つ滅びの連鎖を断ち切る…」
「それがどうして俺だと」
「繰り返される歴史に存在しなかった者、それ故に全ての事柄にも齟齬が生まれた」
「齟齬?」
「それはヴァルキリアという者の存在」
「じゃあ、あいつが言っていた事は嘘じゃなかったってことか…」
フェイはヴァルキリアの事を思い出して言った。
「だが、グルベリに記憶と精神を弄られてしまい…」
「俺はあいつの居場所を奪った…」
フェイの表情が暗くなった。
「だとしてもそれは過ぎた歴史の事っすよ」
「今此処にいる私達はフェイの幼いときから一緒に過ごした親友よ」
「それにフェイにそんな顔は似合わないっすよ」
「ああ…そうだな!」
フェイは暗い表情から自信に満ちた表情に変わった。
「もう迷わない、神だろうと滅びだろうと断ち切る」
アヴァロンの方を見て言い切った。
「では、精々その覚悟見せてもらおうか」
何処からか声が聞こえた。
無限書庫の水晶に亀裂が入り、無限書庫の上方にある空間が硝子が割れるように音を立てて砕け散った。
そして、四人の顔を隠した者達と後光を携えた黒い龍の顔の被り物で顔を隠した人物、神王アポリシスが現れた。




