13−5
〜サウザンド・エンプレス〜
ゴンドラを格納後、リーシュ、ワグ、レルクの三人はラスティンの指示により医務室に運ばれ、残りの者達は乗組員によって管制室に通された。
「よく来たな、新造船サウザンド・エンプレスへ」
グラハムは管制室に通されたフェイ、レイナ、クレイルに向けて言った。
「凄いですね、壁や床に継ぎ目がないなんて」
「グルタの粋を集めた新造船だからな」
「動力はどうしたんですか?」
「そいつは俺が何とかした」
「私も手伝いましたが…それに何とかしたのはトム爺さんです」
マルクとルカは管制室に入って来て言った。
「細かい事気にすんなや、核周りは俺が仕上げたんやから」
「マルク、いつの間に乗り込んだ」
「大事な動力や、下手に触れられても嫌やからな」
「その動力を放って此処に来てもいいのか?」
「もう戻るから心配いらん」
そう言うとマルクは管制室から出ていった。
「あいつは何しに来たんだ?」
「早速で悪いんですが、コレルド樹海の中心、グングニルへ向かって頂けますか?」
「構わないが、あんたは何者だ?」
目を細めて初めて見る人物、クレイルに対して不躾に聞くとフェイが説明する。
「この人は前、ラウナ火山で言っていた異世界に居た仲間です」
「そうか、会えたのか。フェイの仲間だというなら何処へでも連れていってやる」
そして、フェイはグラハムに言う。
「その前にフェレストアに向かってもらえますか?」
フェイの言葉にクレイルは怪訝な表情で聞く。
「何をするつもりです?」
「時計塔に行ってグレネリス達に会う」
「それはやめた方がいいです、刹那の別れを見ることになりますよ。それでも行くというなら止めはしませんが…」
「それはどうゆう意味ですか?」
クレイルは口を閉ざす、そのまま管制室から出ていった。
「どうするんだ?フェイ」
「フェレストアに向かってください」
グラハムは船をフェレストアに向けるとフェイとレイナも出ていき、管制室にはグラハムとルカだけが残っている。
「ルカ、お前は戻らないのか?」
舵を握りながらルカに背を向けて聞く。
「戻ってもやることはないから」
「ということは、終わったのか?」
「まあ…」
「なんだ?釈然としない返事だ、な…」
グラハムは首筋に針で刺されたような痛みを感じると強い眠気に襲われた。
グラハムの身体は床に倒れ、操縦者を失った舵が赴くままに動こうとするのをルカが舵を掴み止める。
ルカは自動航行に切り替えると舵から手を離し、針の付いた小さなガラス容器を取り出す。そして、針をグラハムの柔肌に突き刺すと小さなガラス容器に赤い液体が満たされていく。
「蒐集王の血統に連なる者の血」
グラハムの柔肌から針を引き抜くとガラス容器から針を引き抜いて封をする。
「これで…」
ルカはうっすらと笑みを見せる。
クレイルとレイナは甲板で会話していた。
「何の用ですか?女神アルミティウス」
「見届けることが私の役目です」
大人びた声色でレイナが答えた。
「ですが、もうその役目から逸脱していると思いますが」
「そうですね、傍観者が当事者になるなど…」
「これを彼に渡してもらえますか?」
クレイルはレイナにサモナイトソード・プリシラを渡した。
「これは冥王の剣の一つですね。しかし、折れてますが…」
レイナはプリシラを鞘から引き抜くと刀身が折れていた。
「折れていてもあの初代冥王の所有していたものですから」
プリシラを鞘に戻して頼みを了承する。
「分かりました」
〜フェレストア〜
サウザンド・エンプレスはフェレストアに到着し、外壁近くに着陸する。
フェイ、レイナ、そして、目を覚ましたリーシュは船から降りて街の中に入る。
「大丈夫なのか?」
「何がっすか?」
「(やっぱりアビスに操られていた時の記憶を失って…)いや、何でもないよ」
「そうっすか」
三人が街の中に入ると街には全く明かりがなく、静まり返っていた。
「どうして誰も…」
「母さんと父さんは…」
リーシュとレイナは心配様子であちらこちらを見回す。
「二人は家に行って見てきていいよ、俺は先に時計塔の様子を見てくるよ」
「うん」
「ありがとうっす」
レイナとリーシュは自分の家に向かい、フェイは時計塔に向かった。
〜時計塔〜
時計塔は光の樹に包まれていた。
光の樹は近くで見ると光の粒子で構成されており、粒子は樹が水を吸うように下から上へと移動してしている。
フェイは光の樹を透り抜けて時計塔の中へと入った。
「水の音が聞こえる…」
時計塔の中は水琴窟のような音が響いている。
「綺麗な音だな」
水音に耳を澄ましていると何処からともなく歳老いた低い声が聞こえた。
「聖域に立ち入る者に次ぐ、それより先に進むならば命は亡いと思え」
「今の声…」
フェイは声の言葉には従わず、階段を昇っていく。
「証拠にもなく、入ってきたか」
上の階に着いたフェイの目の前に炎を纏った狼のような獣の姿があった。
「死んで我の糧となるがいい」
炎の獣はフェイに襲い掛かってきた。それに対してフェイはエレメンタルブレードを振り抜きながら躱した。
炎の獣は向きを直り、前足で空を斬った。
「炎斬」
フェイは炎の獣の攻撃に驚き、動作が遅れて避けられず、エレメンタルブレードで受け流した。
『今のは炎斬…どうして…』
フェイがそう思っているとまた炎の獣は炎斬を放ってきた。
『さっきは驚いていて気付かなかったけどこの感じ、まさか…』
フェイはそう思いながらまたエレメンタルブレードで炎斬を受け流した。
「…グレネリス…」
フェイがその名を口にすると炎を纏った獣は動きを止めた。
「我の名を何故、知っている…」
「俺の事を忘れたのか?一緒に旅をしたじゃないか」
「お前如き小僧など知らん、我は鍵を奪うものを排除するため此処にいる」
炎の獣はフェイを突き放すように言い、炎を穿いた。
『あれは間違いなくグレネリス、でもどうして』
フェイはそう思いながら炎を躱した。
「どうした、小僧、動きが鈍いぞ」
獣は炎の尻尾でフェイを叩き飛ばした。
『やっぱり戦うしかないのか?』
フェイはエレメンタルブレードを支えに立ち上がった。
「ほう、まだ立てるか」
フェイはエレメンタルブレードを構えると獣は左右の前足を振るい、二つの炎斬を交わるように放つとそこへ炎を穿いた。
「炎双紅蓮斬」
フェイは紅蓮の炎に包まれた。
「これで終わりじゃな…」
炎の獣は向きを変えて立ち去ろうとすると紅蓮の炎は一瞬で掻き消えた。
「真炎斬」
紅蓮の炎が掻き消えた瞬間に白い刃が飛び出て獣の身体を切り裂いた。
炎の獣は龍のような瞳でエレメンタルブレードを振り抜いた状態でいるフェイを視界に捉えながら口にする。
「これで役目は果たしたな…」
獣の言葉に我に返ったように瞳が戻り、獣に駆け寄った。
「役目ってどういうことだ」
「フェイ、わしはお前に鍵を与える為…ヴァルキリアを…倒す力を与える為に……」
「グレネリス…そんな…」
「承けとれ、フェイ」
「待って…」
フェイの言葉も虚しく炎の獣、グレネリスは光の球に変わり、フェイの胸へと浸透するように入っていった。
「グレネリス…」
周りの景色が変わり、その場にレイナとリーシュが現れた。
「フェイ、ミリアリスが…」
「レイナの所でも…」
「じゃあ、グレネリスも…」
フェイは無言のまま頷く。
「行こう」
フェイ達は時計塔から出る。
〜サウザンド・エンプレス〜格納庫〜
「…家の方はどうだったんだ?」
フェイはレイナとリーシュに聞いた。
「家の中に入ったけど、お父さんもお母さんは何処にも居なかった…その代わりに水の獣の姿になったミリアリスが現れて」
「俺も家に入ると母ちゃんが居なくて、探していると変な獣が現れていきなり襲われたっす」
「リーシュの所にも精霊が?じゃあ、リーシュも契約者だったのか」
「そうみたいっすね、確か変な獣もそんなこと言ってたっすから」
「でも、街の人達は何処に」
「街の住人は生命の樹に還ったのですよ」
クレイルが三人の前に現れて言った。
「還ったってどういうことですか?この際知ってることを話してもらえますか?」
「いいでしょう、何を聞きたいのです?」
「生命の樹って何なんですか?」
「生命の樹は生きとし生けるものの魂の根源たるもの、それ故に世界に現れたことで全ての生命は樹に還ります」
「じゃあ、街の人達は樹に…」
「そんな…お母さん、お父さん…」
「母ちゃん…」
「…でも、俺達はどうして無事で?」
「それは生命の樹には力無きものから還るからです。それに今は次の段階に移行する為の小康状態にあり、次は世界の全てに影響を与えます」
「止める方法は?」
「それはもう君達が行いました。時空の神殿へ鍵であるオーブの破壊、それが止める方法です」
「破壊って、仲間だったっていうのに何でそんな涼しい顔して言えるんです!」
「これは失言でしたね」
クレイルは空手を握ると何かを引き抜く動作をすると何もないところから剣が現れ、その流れのままフェイに斬り掛かる。
フェイは咄嗟にエレメンタルブレードを抜き受け止めた。
「どういうつもりですか?」
「止めてください、クレイルさん」
クレイルはエレメンタルブレードを刀身で受け流し、刃をレイナに向けた。
「力を見せてもらいますよ」
クレイルは柄や反しのない刀身だけ剣を鞘にしまう動作をして引き抜く構えをする。そして、一気に抜刀した。
「止めてください」
抜かれた刃はレイナの目の前で止まる。
レイナの前に薄い膜があり、剣の刃はそこで止まっていた。
「レイナ」
リーシュの声に後ろへ退くと薄い膜は消えて一本の矢がクレイルに向かって飛んできた。
クレイルは身体を後ろに反らせ、矢を躱したが矢はその身をしならせながら周回軌道を取り、クレイルの元へ引き返してきた。
戻ってきた矢を剣で切り落としたクレイルは剣を再び虚空に納め、手を離す。
「よしとしますか」
そういうとクレイルは格納庫の出口を向いて歩き始めた。
「待てよ」
「さっきの言葉は嘘ですから、気にしないでください」
クレイルはそう言い残し、格納庫から出て行った。
「嘘?何が、どうなって」
「貴方達の得た力を試す為よ」
大人びた女性の声が聞こえた。
「レイナ?」
「私はアルミティウス、この子の身体に宿りし女神よ」
「め、女神っすか!?」
「試したってどうしてです?」
「彼は不死の身体を失いつつあり、それによって身体は偽りの龍の力に蝕まれてヴァルキリアを倒す力を持ち合わせていないからよ」
「くっ…もう少し…もってくれ…」
クレイルは倉庫のような部屋の隅で肩を抱えて身体に走る痛みに耐えていた。
「それなら始めから言ってくれても」
「そうっすよ、水臭いっす」
『そうね…でもそれが出来たなら彼は過去は違ったものになっていたでしょうか』
「皆さん聞いてください。もうすぐ目的地に着くので各自の持ち場に戻り、有事に備えて下さい」
突如、船内にラスティンの声が響いた。
「とりあえずはこんなところでしょうか」
ラスティンは管制室の椅子で座った状態で眠るグラハムを見る。
「いったい誰が何のために…」
腕に貼られた小さなガーゼに視線を移す。
「血を抜かれた痕、首にもありましたがそちらは催眠系の薬を塗布したものですね」
「うぅ…ん…」
グラハムが目を覚ます。
「大丈夫ですか、グラハム」
「あぁ…」
「何があったんです?」
「わからないが、ルカと話している途中で急に眠気に襲われて」
『ではルカがグラハムを…しかし、どうして』
ラスティンが少し考え込んでいるとがグラハムは椅子から立ち上がって舵に向かい、窓から外を見て現在地を確認する。
「あれはなんだ?」
コレルド樹海の中心、地面へと直立に突き刺さっている何重もの螺旋を作る歪な赤い樹のようなものが見えている。
管制室の扉が開き、クレイルが入ってきて言う。
「急いでグングニルの中に突っ込んでください!」
「いきなり入ってきて突っ込めとは随分手荒いことを言ってくれるな」
クレイルは何重もの螺旋を作る歪な赤い樹のようなもの、グングニルを注視するとグングニルの螺旋が徐々に絞まっていき、螺旋の間隔がなくなっていく。
「もう扉が閉じかけている、早く!」
グラハムはクレイルの必死の訴えに船の出力を上げようとしたがグングニルと船首の間に人影を見つける。
「なんだ、あれは人か?」
「足止めに現れましたか…」
複数の陽炎のような黒い人影が行く手を阻んでいる。
『死して尚、ヴァルキリアに従うのですね彼等は…』
クレイルはそう思いながらグラハムに言う。
「そのままを突っ込んで下さい!」
「もう、どうとでもなれ!」
グラハムはグングニルに向けて船を直進させる。
「ディー・ディバインド」
クレイルは船首前方に向けて特殊な魔法陣を展開させると魔法陣から帯状の文字列が現れ、グングニルと陽炎のような黒い人影達に巻きついて拘束し、グングニルに巻きついたものはその身を閉じていたグングニルの動きを止める。
だが、クレイルの身体に突然、激痛が走り跪いた。
「こんな時に…」
グングニルと陽炎のような黒い人影達に巻き付いている文字列に亀裂が入り、拘束魔法は崩壊した。
クレイルを淡い光包み、身体の痛みが和らいだ。
フェイ、レイナ、リーシュの三人がいつの間にか部屋の中におり、レイナがクレイルに治癒の力を使っている。
「何でも一人で背負わないで下さい」
「少しは他人を頼ってもいいと思いますよ」
「そうっすよ」
「そういうことよ」
女神はレイナの口を借りて言った。
「炎鎖拘束」
フェイがそう言うとグングニルの近くの地面から炎を纏った鎖が出て、グングニルの螺旋に巻き付いて螺旋同士の間隔を広げるように引っ張っていく。
「ラジカル・バインド」
フェイに続いてリーシュが言うと陽炎のような黒い人影達の周りに鋭い風が吹き荒み、陽炎のような黒い人影を切り裂くようにして拘束する。
フェイの拘束魔法でグングニルが閉じる早さは落ちたが、まだ閉じる力が強く、炎を纏った鎖がカタカタと震え鎖に亀裂が入り始めた。
クレイルはレイナの治癒の力によって痛みの和らいだ身体に力を込めて立ち上がり言う。
「リカバリー・インパクト」
フェイの拘束魔法を強化する力がかかり、亀裂と断裂が消えて徐々に狭まる間隔が止まった。
グラハムはその隙をついてサウザンド・エンプレスを一気にグングニルへと突っ込ませる。すると船はグングニルにぶつかる直前に姿を消す。
船が消えると拘束していた魔法が消え、グングニルは反動で一気に螺旋同士の間隔がなくなり、真っ直ぐ天に伸びた一本の螺旋状の柱のようになる。
そして、グングニルは螺旋に沿うように幾つもの三角形の時限魔法陣が現れ、時を刻むかのように回り始めた。




