12−4
冥界〜グリフィス荒野〜
植物一つ生えていない、岩と砂礫の大地にある巨大な窪んだ地形の中、三人の人物がいた。
「強いある…」
「底知れない力…」
ゴーギャンとメイテは地面にうずくまっており、二人の視線の先には黒い翼を持つ少年がつまらなそうに聞く。
「もう終わり?」
「メイテ、ゴーギャン」
そこへアーニャが現れ、二人に駆け寄る。
「仲間が到着したようだね」
「大丈夫?」
アーニャはサーベルを構えて、少年を見据える。
「手酷くやられちゃったある…」
「すいません…」
「始めようか…」
ミュートは両の手の平に魔法陣を出現させるとアーニャ達の背後から大勢の兵士が行進して現れ、ミュートは手の平の魔法陣を消した。
「遅いよ、メビウス」
大勢の兵士はアーニャ達に武器を向ける。
そして、兵士達の間から眉月のような目と口が空いた無気味な笑みの白い仮面を着けた兵士が現れた。
「申し訳ありません」
「誰の命で兵を?」
アーニャは兵士達を見回して言う。
兵士達の武具には冥王騎士団の紋章が刻まれていた。
「勿論、王の勅命ですよ」
「王はそのような命は出すはずないわ」
「バルディには退席して頂きました」
「直系の王がただおいそれと引くわけはない」
「その忠義は感銘を受けますね」
「まさか、セレディナス様を掠ったのも」
「それは私共は関与していません、ただ…」
「メビウス」
ミュートは高圧的な声色で名前を呼び、メビウスは一度、咳ばらいをして言った。
「では、お仲間共々着いて来てもらいます」
メビウスが兵士、及びアーニャ達を連れて消えるとミュートは再び西へと向かった。
冥界〜王宮ルシファール〜
バルディとメリルの二人は王宮の隠し通路に居た。
「陛下、大丈夫ですか?」
「大丈夫だが、そろそろ降りてくれると有り難いな」
俯せに倒れているバルディの上にメリルが馬乗りになっている。
「申し訳ありません!」
メリルは慌てて降りた。
「何故、騎士団が謀反を」
バルディは立ち上がると呟く。
「すみません、確証を得てからと思ったんですが」
「何を知っている?」
「今回の謀反は副団長のラトが起こしたものです」
「目的は?」
「例の案件に関係していると思います。ですから恐らく王宮内は掌握されているはずです」
「だろうな、奴らが関わっているとなるともう次が動いている(ラズゥールは大丈夫かな)」
「今は此処から脱出をしましょう」
二人は隠し通路を進んだ。
王宮ルシファール〜回廊〜
ラズゥールは縄に縛られた状態で副団長ラトが騎士団の指揮を取っている。
「どうゆうつもりだ」
「どうゆうつもりも、私は本来の仕事をしているだけですよ。レーデルの件では失敗したのでね」
「本来の仕事?まさか、冥王失脚?」
「そう、ラズゥール団長はどうだか知りませんが私達は元々、元老院の指揮下なのですから。」
「それは冥王あっての提言だ」
「はっきりいいましょうか?元老院は冥王代行。いや、冥王制など認めていないんですよ」
ラトは剣を抜き、剣先をラズゥールの顔に向けた。
「さぁ、冥王の逃げた隠し通路はどこに繋がっているか、言って貰えれば貴方に冥王を打つ名誉な役をあげますよ」
ラズゥールはその言葉に何かを感じ取り、隠し通路の出口の場所を教えた。
「デア城の地下深くにあるレイティア・アースだ」
ラトは団員に縄を解くよう指示し、ラズゥールを数名の団員と共にレイティア・アースに向かわせた。
『ラト』
ラトの頭の中に声が響き、ラトは団員に持ち場に戻るように指示して何処かへ向かった。
〜冥府ブロード〜
V字の机に数人の元老院の面々が並んで椅子に座っており、その元老院の視線の先にはV字の机の間で直立不動の姿勢で立つラトがいた。
「何か不備でも?」
「どうして、ラズゥールを向かわせた」
元老院の一人が棘のある声色でラトの問いに問いで返す。
「それは…」
ラトに問いをした元老院の一人に対して別の者が宥める。
「良いではないですか、べグラム議長。計画は当初の通りに進んでいるし、例えラズゥールが命令に背いたとて他愛もないこと」
「…もう良い、下がれ」
べグラムは不服そうな口調でラトに言い、黙り込んだ。
「ラト、私はラズゥールを向かわせた事には何も言わないが目的を忘れるでないぞ」
べグラムを宥めた元老院の一人がラトに優しい声を掛ける。
「はい」
ラトは部屋から出て行った。
「アンセム様、失礼な事言い申し訳ございませんでした」
ラトが出ていったのを確認するとべグラムは自らを宥めた人物に深々と頭を下げる。
「良い、表向きはベグラム、お前が元老院の議長だからな」
「では、ラズゥールとラトの件はどう致しますか?」
「勿論、死を与える、バルディ共々な」
「アーニャの件はどうするの?」
二人とは別の者がアンセムに訊ねた。
「セントはしくじったんだったな、リミウム」
「手負いで帰ってきたわ」
「まだ、使えるか」
「…」
リミウムが何か言おうとした途端、セントが入ってきた。
「まだ、いける…」
溶け切れた右腕は元の形を取っていたが包帯でグルグル巻にされていた。
「ふん、中々の忠義心…では銃機兵・改を二機連れてブラストスカイ向かえ、メビウスがアーニャを連れてきた」
突然、入ってきたセントに対してアンセムは眉一つ動かさずに命令を下す。
「メビウスが!…分かりました」
セントはすぐさま扉を閉めてブラストスカイに向かった。
「くっそ、メビウスの奴が、メビウスなんかに!…」
セントは扉を閉めてすぐに悪態をついた。
「行かせて良かったの?」
リミウムは危惧をしてアンセムに訊ねる?
「何故、行かせたと思う?」
「失敗を払拭する機会を与えた?」
「何の為に、銃機兵を二機つけたと思っている」
『……どちらにしろ死ということね……』
リミウムはアンセムの言葉の意味をすぐに察した。
〜ブラストスカイ〜
石造りの円錐台の建築物の最上部、そこには柱が円を描くように立ち並び、その中央にはメビウスとアーニャ、メイテ、ゴーギャンを拘束する騎士団がいる。
「誰が来たかと思えば…」
円錐台の外面に配する階段から二機の銃騎兵を引き連れたセントが姿を現す。
「お前もしくじったな、アーニャ達の仲間はもう一人いる」
「そんなことは知っている、もうこのブラストスカイにいることもな」
「怪我したくなかったら、お前は下がって見ていろ」
「出来損ないの貴方じゃあるまいし怪我なんて…」
メビウスはその場から動く事はなかった。
『短い命をせいぜい生きる事ですね』
メビウスはそう思い、事の次第を眺めた。
「出てこい、コルカス」
セントは徐に右腕の包帯を解いていくと複数の触手で形作られた右腕が露わになる。
右腕の触手が解れ、舞台全体に延び広がり、次々と兵士を捕えて行くと周りにいた兵士達はたじろぎ辺りを逃げ惑う。
混乱の中、アーニャ達に一人の兵士が近付き、アーニャ達の拘束を解いた。
「ご無事か?」
それは騎士団員の姿に扮したコルカスだった。
「大丈夫」
コルカスは取り上げられていた全員の武器を渡した。
「一旦、散り挟撃する」
アーニャは小声で言い、四人は散開した。
メビウスはそれに気が付いたが何も言わず、ただただ眺めている。
アーニャ達が柱の陰に隠れ、様子を伺うと逃げ惑っていた兵士達は舞台から逃げていなくなる。
そこでようやくセントはアーニャ達が居ないことに気が付いた。
「何処へ隠れた…」
セントの様子が少し変わる。
左腕も右腕のようになり、白目の部分が黒く染まり瞳が紅くなった。
その様子を見た、アーニャ達は武器や魔法を構えて柱から飛び出し、セントに向かっていく。
「くそっ…」
セントは四人に触手を同時に伸ばした。
アーニャとコルカスは武器で触手を薙ぎ払い、メイテは体に巻かれた包帯を操り、触手を往なしていき、ゴーギャンはイルフェの力で空間を瞬間移動しながら躱した。
だが、突然、四人の足元から触手が現れ、四人を捕えた。
「どうして、下から」
アーニャはセントの足元を見ると脚までもが触手に変化していた。
「ぐぅははは…捕まえだぁ〜」
『もう自我を失いましたか、与えられた力も使い熟せないとは弱すぎる精神ですね』
メビウスの視線の先には顔が獣と化したセントがいる。
「そんな姿になってまで何がしたいの?」
「…だだまれ」
セントはアーニャを掴んでいる触手を締め付けた。
「もう潮時ですね」
メビウスはそう呟くとセントの背後で人形のように動かなかった二機の銃機兵は砲口をセントに向け、砲弾を発射した。
砲弾はセントに直撃して辺りに爆煙が広がる。
そして、爆煙の中からバラバラになった二機の銃機兵が飛び出てきた。
「俺も見限られたか」
落ち着いたセントの声が聞こえ、爆煙が消し飛ぶ。すると地面には鉄屑同然となった二機の銃機兵の残骸が散らばっており、爆心地となった場所にはもう人の形を取っていない化け物がいた。
「銃機兵二機の主砲を…不完全ながらも力を得たようですね、手間がかかる」
メビウスは仮面越しに溜め息を漏らし、剣を抜き、素早く軽やかに剣で虚空を数回斬るとアーニャ達を捕らえている触手を切り落とした。
「どうして?」
「誤解しないで下さい。助けたわけじゃありませんから、まずはあの出来損ないを処理したいので」
「出来損ない…言ってくれるね、出来損ないかどうかその身に刻むがいい」
メビウスの足元から地面を突き破って触手が現れ、メビウスはそれを滑るように後ろへ退いて躱すと触手を剣で斬り裂いた。
「同じ事をなんとも芸がなさすぎる」
メビウスは剣の鋒をセントに向ける。
触手から解放されたアーニャ達は一つ所に集まっていた。
「どういたす、隊長」
コルカスはアーニャに訊ねる。
「取り敢えずこの場から離れた方がいい、ゴーギャン」
「わかってるあるよ」
四人はゴーギャンの力でどこかへ移動した。
『逃げましたか、早く終わらせて追わなければいけませんね』
そう思い、メビウスは腰に携えたもう一本の剣を抜いた。
「もう奴らなどどうでもいい、この力があれば…お前を消し、元老院の老人共を喰らってやる」
「とうとう思考まで獣じみてきましたか、見るに耐えませんね」
セントは全触手を使い、メビウスに攻撃するがメビウスはそれを躍りを踊るかのように躱していき、時より剣で触手を切り落としていく。
「ちょこまかと」
セントは触手を一本だけ別に動かし、他の触手に紛れ込ませてメビウスの死角から触手を伸ばし、寸前で触手を四本に裂いてメビウスの四肢に巻き付かせる。
「これで終わりだ」
他の触手は動きを止めて、先端を尖らせると突端をメビウスに向けた。
「そうですね」
メビウスは剣を一本ずつ鞘に納める。その際に自分の指先が刃に当り、血が地面に滴り落ちる。
そして、血が地面に落ちて弾けるとセントを囲むように地面に魔法陣が現れた。
「リバース」
メビウスがそう口にするとセントの身体は一瞬で外皮と内部が入れ代わり、地面に崩れる。
「いつもこうですね」
メビウスの姿は返り血を浴びて血塗れになっており、紅い涙が仮面から滴り堕ちる。
そして、メビウスはそのままブラストスカイから立ち去った。
アーニャ達は冥府ブロードの使用されていない一室にいた。
「これからどうするあるか?」
「先程の奴がすぐにくるだろうから、対応が必要ね」
「その役、私がやるね!メイテ、預けておいたメルトレイカを出して欲しいね」
メイテは両手、両腕の包帯を解き、手を胸の前で構えると両腕の刻印が光り輝き、両手の間に複数の弦の付いた弓が現れた。
ゴーギャンはそれを掴み取ると弦を鳴らした。
「これで短時間だけど他者の認識をずらせるね」
「生きて戻るのよ」
「もちろんあるよ」
ゴーギャンはそう言うと部屋から出て行った。
「私達は老人達の元へ向かうわよ」
アーニャ、コルカス、メイテは別の扉からから出ていった。
〜西都アルメリトス〜
種類の違う大小様々な建物が一つに集まり、巨大な塔の形をした都を旋回するようマリーは空を飛んでいた。
「何をしにアルメリトスに来ただぐ?」
「先生に会いに来た」
マリーのその言葉にミラはゆっくりとマリーの肩から離れる。
「俺、ちょっと用事が…」
マリーは何処かへ行こうとするミラを掴んだ。
「はいはい、行くよ〜」
「やめるだぐ〜」
嫌がるミラを引きずるよう連れてマリーは塔の下層から飛び出た崖にある屋敷の前に下りた。
そこへ屋敷の玄関の扉が開き、白髪で長い髪の男が出て来た。
「マリー、久し振りですね」
「マギ先生」
「ミラも」
マギはマリー達を屋敷の中へ招き入れた。
「さて、何しに来たのかは分かっているので本題に入りましょう…その子の願いは叶いません」
「どうしてですか?」
「あれはミュートの死徒契約によって連鎖から逃れた魂」
「ちょっと待って下さい、先生!今、ミュートって」
「その子の弟を演じていた少年、そして、マリー、君の弟弟子です」
「そんな…ミュートが先生の弟子…?…」
「貴女が出て行った少し後、ペンドラドから預かったんですよ」
「ペンドラドさんがミュートを?どうして?」
「それは…」
「僕から話しましょうか?」
扉に背中を預けてこちらに視線を向けるミュートがいた。
「もう防壁を破ってきましたか」
「こんなことになったのは残念だよ、姉さんとの生活は愉しかったんだけどここで終わり」
ミュートは言葉とは裏腹に嬉しそうな表情で言うと床から黒柩が浮かび上がる。
「そんなことはさせませんよ、貴方の深層を見抜けなかったのは師としての私の責任です。マリー、貴女は逃げなさい」
「出来ません!」
「ミラ」
いつの間にか人の形を成していたミラはマリーを抱き抱える。
「ちょっと離してよ、ミラ!」
ミラは硝子窓を突き破って外へ逃げ、割れた窓は時を遡るかのように元の形へと戻る。
「せっかく姉さんと遊べると思ったのに残念」
ミュートは落ち込む素振りを見せた。
「ミュート、もう止めるだ」
「そのつもりだよ、貴方と姉さんでね」
「あの時、封印ではなく私の命を掛けてでも殺しておくべきでしたね」
マギは部屋の書棚に向かって左手で引き寄せる素振りを見せると書物はミュートに向かって飛び出した。
黒柩の蓋が開き、中から龍の柄の付いたステッキが飛び出してミュートの手に納まり、ミュートは向かい来る書物にステッキを向けると龍の口から炎が噴き出し、書物を消し炭した。
「あの時と同じ手は効かないよ」
消し炭になった書物が舞い上がり、部屋中に渦巻くように二人を囲む。
「火燃ゆる赤き月、司津かなる青い月、交わりてウェルトリスの修道女の讃美歌の導きによって啓け、テンペストゲート」
マギが詠唱を終えると渦巻いていた消し炭になった書物が消え、屋敷の部屋の中ではなく、光満ちる聖堂のような場所へと変わっていた。
「もう僕に聖域なんて低俗な箱は効かないよ」
ミュートはステッキを掲げると龍の口から炎を吐き出し、瞬く間に火が拡がるが直ぐに弱まっていき、ステッキの龍の口から炎が出なくなった。
「どうして…(聖域の支配から抜けたはず)」
ステッキが灰へと変わり、形象崩壊した。
「当然です、ここはソレイドですから」




