12−1
冥界〜愚者の森〜
大地の神殿から愚者の森に入って数時間、歩いている。
「昼だというのに随分と暗いですね」
「目的の場所はまだなのか?」
ワグはルナに聞いた。
「………」
ルナは何も答えず歩いていく。
「お〜い」
「………」
ルナは何も答えない。
「返事くらいしたらどうなんだ」
「ルナ様?」
反応のないルナにレルクも心配になり、声を掛ける。
「……迷った…」
「なっ!なにぃ〜〜!!!」
ワグはまさかの答えに声をあげる。
「仕方ないであろう、先程からあれの気配が感じられないのだからな」
「じゃあ、今まで適当に歩いていたのか?」
「何を失敬な!適当ではない、勘だ」
ワグはため息をついて思う。
『こいつは頭が切れるのか、抜けているのか…いや、ある意味…』
「それでこれからどうします?辺りは暗闇の深みが増す一方ですし」
「仕方がない、危険ではあるが光を使うか」
ルナはレルクに命令する。
「力を貸せ」
「はい」
レルクはルナの背後に立って背中に手を翳すと自らの精霊の力を引き出してルナに注ぐ。
ルナはそれを受けながら詠唱していく。
「森よ、森よ、木々に住む精霊よ。我が命を聞け、闇の結びを解き、光を紡げ。レイスピリタス」
言い終えると光の球が幾つも現れ、暗闇から木々達が輪郭を現した。
「早速、来たな」
光の球に黒い蝶が集まってきた。
「光血蝶ですね」
「あぁ光血蝶は名の通り、光と血を好む蝶だ」
「血って」
ワグは蝶に対して警戒する。
「心配いりませんよ、出血がなければ大丈夫ですから」
光血蝶は光を吸って、羽根が七色の光を帯びていく。
「これでこいつらが導いてくれる」
「初めからそうすれば良かったんじゃないか」
「全くお前にはこの森の名が似合いだな。愚者の森の愚者とは森に住む、アーデルリンガー達のことを指すのではない。何も知らずにこの森に入る愚か者を指す。これだからシスコンは…」
「そうか…ってシスコンは今の話に関係ないだろうが!」
「そうか?十分、愚か者の部類に入ると思うがな」
ルナはワグに背を向けて光血蝶の行く末を見詰める。
『コイツゥ〜』
ワグは怒りの瞳でルナの背を睨む。
四人は暗闇に幻想的に舞う光血蝶の群れについて歩き出す。
クレイルは歩く速度を落とし、一番後ろを歩くワグに近付く。
『もう心配なさそうですね』
クレイルは妹を奪われた後のワグの様子を思い浮かべ、今のワグを見る。
「何が用か?」
「一つ、初めから光血蝶を使わなかったのは光は闇を際立たせる、七色の光となれば殊更」
「闇なんて何のこともない、あの方に仕えているのだからな」
「本当、貴方にはこの森の名前が似合いかもしれませんね」
「お前も俺が愚か者だというのか」
ワグは怒りを示す。
「与えられた闇の深淵を知らない者は愚か者と言わず何と?」
クレイルの冷たい瞳がワグの瞳を捉える。
ワグはその視線に囚われた瞬間に寒気と背後から這い寄る何かを感じて振り返る。
そこにあるのは闇、ただただ先の見えない闇だった。
「今の感覚を忘れないでください、くれぐれも」
クレイルは立ち止まるワグを残して先を歩いていく。
愚者の森〜???〜
髪の色が真ん中で白と黒に分かれた対称的な双子、ディオス・クロイは森の中にいた。
「ディオス、あの人が本当にここに来ているの?」
「当たり前じゃないか、ご褒美を貰わなきゃ」
「僕、苦手だよ、あの人」
「あの御方の為だよ」
「うん、分かってるけど」
木の陰から黒いローブのフードを被った者が現れた。
「遅いぞ」
突然、現れたその者に二人は驚き後ろに倒れそうになった。
「やめてよ、それ」
「何がだ」
「その登場のしかた…」
「創者の抹殺、施設破壊は確認した」
黒いローブの者は身の丈程ある布袋を差し出す。
「約束の物だ」
ディオスが布袋を受け取る。
「次の依頼だ」
黒いローブの者がそう言うとディオスとクロイの中に依頼内容が流れ込んだ。
ディオスとクロイは内容の確認を終えると黒いローブのフードを被った者は消えていた。
「うぅ気持ち悪いぃ〜」
「毎回、この情報の受け渡し方、何とかして欲しいよ」
「うんうん…」
ディオスとクロイは錠剤を数粒取り出し飲んだ。
「は〜落ち着いたよ〜、そういえばそれって何なの?中身しらないんだけど…」
「俺も知らないけどあの御方の望まれた物だよ、俺達、ホムンクルスが知ることじゃないさ」
「そうだけど、ディオスは気にならないの?」
「クロイ、行くよ」
「待ってよ〜」
二人は暗い森の奥へと消えて行った。
冥王宮ルシファール
王宮に戻ってきたラズゥールとリベルは報告の為、国王執務室にいる。
「では、聞こうか」
「メルテクスの石化現象はあの一帯を牛耳っている権力者、タクリ公爵によるものだった」
『あの情報は正しかったな…』
バルディはある所から入っていた情報と照合した。
「恐らくタクリ公爵はクリエスターだ。住人の魂を抜き取り、自分の創った擬似生命を動かすのに使っていたようだ」
「それで公爵は?」
「公爵の館の地下通路で何者かに殺害されているのを発見した。その近くにはメルテクスまで案内をしてくれたネフィル少佐が倒れていたが命には別状はなく、リベルの治癒魔法で治療を施した」
「その後、メルテクスが消滅したようですね」
バルディの傍に立つ側近メリルがその後に起きた出来事を言った。
「俺達は館の地下通路に居たから生き埋めになりそうになったが行き止まりにあったレノーブルの枯れ井戸に逃げ込み事なきを得たが」
「レノーブル、地下通路はノームの教の町に繋がってたのか?じゃあ、公爵はノーム教と繋がりがあった?」
「分からないが、それはないだろう」
「そうです。もし繋がりがあるのなら神殿に直接、繋がっていると思います」
「確かにな」
「そして、レノーブルの事だが…」
「そこからは諜報部から報告は受けています」
ラズゥールがレノーブルで起きた事柄について話そうとしたが話を切るようにメリルが言った。
「そういうことだからもう下がっていいよ」
ラズゥールとリベルはバルディの言葉に従い、部屋を出た。
「はぁ〜」
バルディは深い溜め息をついた。
「この国に一体、何が起こっているんだ?母上の事もある、それに…」
「諜報部からあがってきている、初代冥王ルナの件ですね?」
「そう、どうしてレルクが王宮から去り、目覚めた冥王ルナと行動してるのか」
「諜報部の方には引き続き、動いてもらった方がよろしいですね」
「そうだな」
バルディはそう言い、机の上にある書類の束を取り、目を通していく。
〜???〜
そこは薬品や香料が入り交じった匂いが漂う薄暗い部屋、空間が裂けて闇からベルデが現れた。
「ベルデ、僕を消しに来たのかい?」
暗がりにぼんやりと浮かび上がる人影から声が掛けられた。
「私がグルベリ様を?そんなこと…できるわけないじゃありませんか」
ベルデはキルティング博士との会話とは、全く違う声色を使っている。
「冗談だよ」
暗がりにグリベルの微笑む口元が見えた。
「これを見なよ、ベルデ」
グルベリは液体が満たされた容器を示した。中には眠るように瞼を閉じるセリウスが安置されていた。
「これに神具セフィロトをお使いになるんですか?」
「もう適合済みだ。この冥霊スーリセにな」
「グルベリ様、お伝えしなければならないことがあります…」
ベルデは神魔クリフォトについて話した。
『複製の力を増幅させる為に用いた血の影響か…?だとすれば脅威足りえないが…しかし』
「グルベリ様、どうしたのですか?」
「ベルデ、引き続き対象の監視を頼むよ」
「はい」
ベルデは来た時と同じ様にキルティングの元へ戻った。
「グルベリ様」
「今度はゲルヴか、ヴァルキリアの状況は?」
部屋の隅にある大鏡にゲルヴの姿が写し出された。
「天上界ソフェルを崩壊させ、宝玉の一つの疾風のオーブ、エレメントと賢者の力を手中に収め、そして、疾風のオーブは一人の少年に与えたようです」
「順調に動いているようだな」
「先程、ヴァルキリアの部下がエレメントと賢者の力を私の所へ持ってきました」
ゲルヴは大鏡を介してエレメントと賢者の力をグルベリに渡した。
「無論、複製は取ってありますので直ぐに気付かれることはないはずです。それに出過ぎた真似かと思いましたが、あれの処理を施しました」
「いや、それでいい。後はそれをヴァルキリアにくれてやるといい」
「はい」
大鏡に写し出されていたゲルヴの姿が消えた。
「あと少し…」
冥霊スーリセが目を覚ました。
グルベリは容器内に満たされていた液体が排出され、容器の扉が開いた。
「俺は…」
スーリセの頭の中にデア城の戦いをはっきりと思い出された。
「あいつは何処だ。私を、私達を捨てた、あの男は!」
『セリウスの時の記憶がまだ残っているのか』
グルベリはそう思い、スーリセに命じる。
「…僕の声を聞け…」
グルベリの言葉にスーリセの瞳は深く曇った。
「忘却の扉を開き、その身に刻まれた書物を解放し、僕、ランス・ド・グルベリの命に従え…」
スーリセにはグルベリの声が木霊して聞こえている。
「はい…マスター」
スーリセはグルベリの言葉に逆らう事なく感情の抜けたような返事をした。
「では、ゼノミーティアの所在は?」
「ゼノミーティア…別名、始焉の鍵…始原の鍵と終焉の鍵が対に成りし創成の光へ続く扉の鍵……形状…所在は不明…」
スーリセは問われた名称のものを説明した後に答えた。
「ユグドラシルの断片(神具セフィロト)でも所在までは解らないか…」
グルベリはその場で少し考え、スーリセを引き連れて何処かへと歩みを進める。




