10−6
「大丈夫?メイテ」
「はい…」
「何か妙ね、今の破壊音を聞いても誰も来ないなんて」
「調べてみます」
メイテは力を使って周辺を調べた。
「周辺には生態反応は隊員と他数名しかいません」
そこにグレン、ゴーギャン、コルカスがやって来た。
「アーニャ、少佐は?何があった?」
「大佐、この部屋の中にいるやつに不意打ちを、怪我はありませんが少佐と思しき人物は中に囚われています」
「三人、増えたわね、まぁ何人増えようが関係ないけど」
「身体が!…」
「動かない」
突如、アーニャ達は身体の動きを封じられた。
「いい加減、コソコソしないで出て来てもらおうかしら」
黒のアンジェラは手を空に伸ばして引き寄せる動作をするとアーニャ達は姿を現し、黒のアンジェラの方に歩み寄って来た。
「軍の方々が何の御用かしら」
「ネフィルを返せ!」
「残念だけどその願いはもう叶わない」
「何!?」
「そこで黙って見てるのね」
黒のアンジェラはアーニャ達の動きを止めて法陣を施した場所を見た。
『可笑しい…術式の力が上がらない!?まさか、聖魂乃間を…』
〜聖魂乃間〜
聖魂乃間の扉が現れ、扉が開いた。
「遅いぞ!」
アンテラは開いた扉から現れた一人の人物に言った。
「すんまへん、遅れましたぁ」
現れた人物、ラズーリは相変わらずの軽い口調で返す。
「何をしていた、ラズ」
「そういいなや、色々と下準備があるんや」
「誰なんだ?そいつは?」
ワグは明白に分かるように怪しむ。
「今は秘密や」
「なに!?」
「まぁ、落ち着いて下さい」
クレイルはワグを宥める。
「そうや、そこの兄さんの言う通りやで、はよ出な皆おだふつや」
「そういうことだ、ワグ」
「…わかった」
ワグは渋々という風に受け入れる。
「ほな、はよ出てんか」
ラズーリ以外は先に聖魂乃間から出る。
「ファウ、後は手筈通り頼むで」
「分かっている」
ラズーリとアンテラは擦れ違い様に言葉を交わす。
「ほな、やるか」
ラズーリは聖魂乃間の中心に鉢植えを置くと鉢植えの土から芽が生えて幾本もの蔦が伸び、様々な文字列と幾何学模様が描かれた壁に突き刺さった。
そして、突き刺さった蔦から派生するように蔦が壁、床、天井を覆っていく。
「吸魂乃植媒、緑戒」
ラズーリがそう言うと蔦は一瞬で結晶化した。
「ここはこれでええやろ、ほな、わいも行くか」
ラズーリは聖魂乃間から出て扉を閉めた。
「堕天使が何をやっている!」
教主は一つの棺の前で苛立ちを言い放った。
「あのような者にまかせたのが間違えか…やはり、あれを…」
教会全体に地響きが響き渡った。
「この地鳴り、まさか…(スワロウメトロ、勝手なことを)」
黒のアンジェラが発動した術式は消え、アーニャ達の拘束は解かれた。
「また会えることを楽しみにしてるわ」
黒のアンジェラはそう言って姿を消すと逆さの黒の十字架に張り付かれたネフィルの拘束が解ける。
「ネフィル!」
グレンは黒の逆十字架から落下するネフィルへと駆けて受け止める。
「ネフィル、大丈夫か!?」
メイテは二人に近付き、ネフィルの額に手を当てた。
「気を失っているだけのようです」
「この揺れはなんなんだ」
地響きは徐々に収まっていった。
「揺れが収まったようやな」
ラズーリが部屋に入ってきて言った。
「ラズーリ、何だったんだ今のは?」
「それはなこうゆうことや」
ラズーリは外の映像を出した。
そこには宙に浮いた神殿の景色があった。
「浮上している」
「そこは気にするとこちゃう、問題は町の方や」
「何これ…町に巨大な法陣が」
「うそ!どうして、あれが!」
「ゴーギャン、あれが何か知っているの?」
「………スワロウメトロ、イルフィの禁術ある…」
「イルフィ族の禁術とは何?」
「スワロウメトロは生者を生き贄に死者を甦らせる蘇生術ある」
「レノーブルの民を贄として、そんなこと一体誰が…(さっきの女か?)ラズーリ、諜報部のお前なら何か知ってるんじゃないか」
「わいはな〜んも知らんで」
ラズーリは外方を向く。
『あからさまに何か隠しているわね』
アーニャはジトッとした瞳でラズーリを見る。
「町から無数の光が出ているようだが」
「あれは恐らくレノーブルの民の魂でしょう」
「なんや、神殿の頂上に集まっているようやな」
「大佐は少佐とここに居てください。メイテ、コルカス、ゴーギャン、行くぞ」
アーニャ達は神殿の頂上に向かう為、部屋を出た。
「人道的やな、でも人の身でどうにか出来んのかね」
ラズーリはアーニャ達を見送るとそう呟きながら上を見上げる。
神殿〜礼拝堂〜
「早くこちらへ」
アンテラはルナ達を再び礼拝堂へと案内した。
祭壇の裏、そこには開け放たれた扉があり、中はプリズムのように輝いている。
「どうぞ、神殿の出口で愚者の森の入口に繋がっています」
「感謝するファウスト」
「こんな所にいたか、リベル」
後方からリベルに向けて声が掛けられる。
「ラズゥールさん」
「無事の様だな…」
ラズゥールはレルクと目が合った。
「久しぶりですね、ラズゥール」
「レルク、生きていたか…」
「えぇ」
「お前が易々と死ぬわけはないだろうからな。まぁなんだ、無事で何よりだ」
「はい」
「では、行くか」
ルナは揃った面々の顔を見渡した。
「私達は此処でまだ処理がありますので」
「またの機会に、姫様」
「またね、姫っち」
「あぁ」
ルナ、クレイル、レルク、ワグは扉の中に入った。
「貴方達も早く行くといいわ」
ドゥーレナはリベルとラズゥールに向かって言った。
「ラズゥールさん、行きましょう」
「わかった」
リベルとラズゥールも扉の中に入ろうとした時、トロワンテが二人を止める。
「待って」
その言葉に二人は振り返る。
「悪かったね、おじさん」
「構わん、お前達もお前達の理由があるだろうからな」
「おじさん、優しいんだね見た目によらず」
『見た目によらずは余計だ』
そう思いながらムスッとした顔をする。
「最後の言葉は余計だったね」
トロワンテはラズゥールの心を見透かしたようにいたずらっぽく笑う。
二人のやり取りを見てリベルも笑う。
「なんだお前まで」
「いえ、すいません…もう行きましょう」
笑いを抑えて謝ると扉の方へ向きを直る。
「あぁ」
二人は扉の中に消える。
「さて、あとはテッペンにいる奴だね」
トロワンテは二人を見送ると振り返るといつの間にかアンテラ、ドゥーレナの他にラズーリがいた。
「それだけちゃうで、四人、上に向こうた」
「その二人は?」
ドゥーレナがラズーリの足元に倒れているグレンとネフィルを示す。
「上に向こうた四人の連れでちょい眠ってもろたわ、サード、悪いけどこの二人北方へ送ってくれへんか?」
「いいよ」
「んじゃ、頼むわ」
トロワンテはルペネートを使って二人を北方司令部に飛ばした。
「次は私達を上へ」
「分かってるよ」
トロワンテは自分を含めた全員を神殿の最上階に飛ばした。
教会〜空中庭園〜
神殿の最上階。そこは普段ならば花が咲き乱れ、美しい庭園なのだが、今は見る影もない。
全ての花が枯れ果てており、茶色の絨毯を作り上げている。
その庭園の中心には教主とキャトルニカがいた。
「教主」
「キャトルニカ、見ろこの魂魄の数を生きとし生けるもの全てが此処に」
二人の頭上には棺が浮いており、その周囲を無数の光が渦巻いている。
「これならば…」
「終劇」
キャトルニカの言葉と共に血に染まる刃が教主の胸部から現れた。
「何をする…お前も裏切るか…」
キャトルニカは剣を引き抜いた。
「残念だが…」
教主の胸部からは流れ出ず、引き抜かれた剣の刃に血は付着していなかった。
「こんな物では私を殺せはできぬよ」
「予想一致」
「お前も贄となれ」
キャトルニカの足元にスワロウメトロの法陣が現れ、キャトルニカの姿が消えた。
渦巻いていた無数の光が動きを止め、すべての光が棺へと吸い込まれていった。
そして、棺はゆっくりと地面に降りる。
「ようやくこの時が…」
棺の蓋がずり落ち、中から赤毛の少女が姿を現した。
「おはよう、ジュリア」
「お父様…」
ジュリアは再び眠りにつく。
「…やはり、すぐには使えないか」
教主は眠るジュリアを抱えあげると背後に空間が裂けて暗闇が口を開ける。
教主は開いた裂け目の方へ振り返り、裂け目の中へと入っていった。
そのすぐ後にアンテラ達が最上階の入口に到着した。
「とうちゃくぅ〜」
トロワンテが庭園に一番乗りすると同時に裂け目が閉じる。
『あれっ?』
トロワンテはスタスタと庭園の中心、裂け目の消えた場所に向かうとアンテラ、ラズーリドゥーレナも庭園に入り、トロワンテと同じ方へと向かう。
「誰もいない」
ラズーリは庭園の中心にある蓋の開いた棺を見つけるなり、棺に駆け寄る。
「あかん、一足遅かったわ。中身がのーなっとる」
「サード、重ね重ね済まないが足取りはたどれるか?」
「もうやってる…けど歪みに障壁が発生してて無理だよ」
「そうか、では次なる場所へ向かうか」
「ほな、わいはここで」
「あぁ、分かっている」
トロワンテがルペネートを使い、アンテラ、ドゥーレナ、トロワンテの姿は消えた。
「さて、聞こか」
何処からともなく声が聞こえた。
「目標は教主と共にヴァルキリアの元へ飛びました」
「そうか、ほな、引き続き追跡、監視をよろしゅうな」
「了解」
「そろそろやな」
ラズーリがそう言うとアーニャ達が庭園に入って来た。
「遅かったな」
「どうしてここに?」
「ここにいた奴はもうおらんで」
「ラズーリ、貴方が?」
「ちゃうちゃう、来た時にはもうおらんかった」
「じゃあ、レノーブルの町民は…?」
「残念やが…な…」
「そう…わかったわ、これで私達は大佐達を連れて砦に帰還するわ」
「大佐達なら北方司令部へ送っておいたで」
「ありがとう、ラズーリ」
「かまへん、かまへん、ついでにお前達も送ったる、砦でえぇか?」
「いいわ、自分達で帰還するから」
「そうか、んじゃ、わいは先に戻っとるわ
こんな状況や任務はしまいやしな」
ラズーリはそう言うとラズーリ姿が霞のようになって消えた。
「(…何か変ね)メイテ、この部屋を調べて」
アーニャの中で何か違和感を感じて、メイテに調べるよう指示をする。
「何も異常は見られません」
「そう(…思い違いか?)、では私達も戻りましょ」
アーニャ達、四人はゴーギャンの力で砦へ戻った。
〜廃墟〜
廃墟の一室にはヴァルキリアとアビス、他一名が卓に着いており、ヴァルキリアの傍らにはセルゲイが立っていた。
「…そうか、すまなかったなアビス」
「構わない」
「お陰で障害は消えた」
部屋の一角に魔方陣がコンパスが円を描くように現れて青白い光の粒が湧き上がり、全身氷で下半身は蛇のように長く、上半身は両腕のない女性の身体が構成された。
「アビス様…」
頭を低くする。
「グラス、何という体たらくだ」
「申し訳…ございません…」
グラスディーテの身体が少し崩れ落ち、疾風のオーブが転がり出た。
「なんだ?これは」
アビスはオーブを拾いあげた。
「それをあの少年に身につけさせておくといい」
「あの人形にか?」
「そうだ」
「…私はどうすれば…」
「戻って傷を癒せ!」
グラスディーテのいる地面に魔法陣が現れ、グラスディーテは水となり魔方陣と共に消えた。
「それでケイオス、エレメントは?」
「はい、全て此処に」
ケイオスは卓の上に布袋を置いた。
「奪った賢者の力と合わせて奴の元へ届けておけ」
ケイオスは立ち上がり、一礼をして立ち去った。
「私もこれを渡してくる」
オーブを持って、アビスは立ち去った。
その後、空間が裂けてジュリアを抱えた教主が現れた。
「突然の来訪、ご無礼申し上げる」
「何者だ?…ん?ほう、冥界の地神を宿した娘か」
「一目見ただけでお分かりとは、さすがは帝王様」
「何が目的だ?」
「冥界神の確保、天界で手に入れた六賢者の力とエレメントを使わせて頂きたいのですが」
「後者は何処から聞いたか気になるが所だが、いいだろう、セルゲイ」
「はい」
「案内してやれ」
「かしこまりました」
セルゲイはヴァルキリアに一礼すると教主に近付いた。
「こちらへどうぞ」
教主はジュリアを抱えたまま、セルゲイに付いて行った。
レノーブル〜教会地下墓地〜
ほの暗くじめじめとした神殿の最下層。
少年と黒のアンジェラがいた。
「まぁ、こんな所かな、姉さんは遊びがいがある」
「魔女を放っておいてもいいのですか?」
「いいさ、姉さんは見てて飽きないから。それにそのうち向こうから来るよ」
「分かりました」
黒のアンジェラの身体は光の粒となり、少年の背中で黒い翼になった。
「黒柩」
黒い棺が一つ、地面から垂直に迫り出すように現れた。
「久し振りに開けるな」
両開きの蓋を開き、幾つかの物を取り出すと黒い棺は地面へ戻っていった。
「ヘブンズコンパス」
少年は黒い棺から取り出した物のひとつである方位磁針を使った。
「もう神殿の中には誰もいないな」
方位磁針はくるくると回り続けている。
「もう少し此処にいるかな」
空中に浮く神殿の上空では箒に座るマリーと人の姿のミラが宙に浮きながら神殿と町を眺めていた。
「アンジェラ姉さん…」
「言っておかなければならないことがある」
「何?」
「その姉、アンジェラは元々、存在しない」
「何を言ってるの?」
「あれは堕天使ガブリエルの一部を媒介とした、仮初めの姿」
「そんな……」
「奴は人の心に付け入り、躊躇なく心を破壊する、そういう奴だ」
「………なにを知っているの?」
「マリーと出会うずっと前のこと、燃え盛る町の中、天使の微笑みと悪魔の所業を従えて奴は俺の目の前に現れた」
〜ミラの過去〜
翼を広げ、微笑みながら佇むガブリエルは赤い髪の姿でいた。
「…足りないな」
「…お前は何者だ」
ミラは頭から血を流しながら聞いた。
「まだ生きていたものがいたか」
ガブリエルは向きを直り、ミラの方を見た。
「どうやら人ではないようだな、悪魔か」
「どっちが悪魔だ」
「失礼だな、こう見えても私は天使なのだが…まぁ、していることは悪魔のそれだな」
ガブリエルはそう言って笑った。
「さて、どうするか…名は何と言う?」
「ミラ」
ミラは一応、名前を答えた。
「誠名じゃない、ですよね?悪魔にとって誠名の啓示は死を意味する」
ミラは隠し持っていた数本の銀のナイフをガブリエルに投げた。
銀のナイフは全て、ガブリエルの前で止まり液状化して地面に流れ落ちた。
「そんなもの意味はない」
ミラは続いて別の銀のナイフを投げた。
「無意味だと…」
ナイフはガブリエルの頬を掠めた。
「ヒエログリフか、愉しませてくれそうだ。だが頃合いだ」
背中の翼を広げる。
「待て!」
「愉しませてくれた、礼に名を教えてやろう、我が名はアンジェラ・ドゥラ・ガブリエル」
自らの身体を翼で包むと一気に開く、それと同時に突風が起こり、燃え盛る町の炎は消えた。
「また会おう、ミラ」
そして、風が止むとそこにはもうガブリエルの姿はなく、ガブリエルの羽だけが宙を舞っている。
レノーブル〜上空〜
「それが奴との最初の出会いだ」
「そう…なんだ」
「マリー、これからどうするんだ?」
「西都に向かうよ」
「分かった」
ミラはそう言うとクマのヌイグルミの姿に戻り、マリーの肩に掴まった。
マリーは何処かへと乗って飛び去った。




