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南棟のA087号〜特別監房〜
「ここはやけに静かですね」
クレイルは静寂を壊さぬように穏やかな声で言う。
「地下のようですから…このような所にいるとデア城に来る前のことを思い出しますよ」
レルクは過去を語り始め。クレイルはレルクの言葉に耳を傾ける。
「私はこのような冷たい床の部屋に鎖で繋がれ、涙を流していた…ある日のことです。優しく穏やかな声が聞こえてきた…」
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レルクの遠い記憶〜回想〜
「坊や泣かないで」
「だぁ〜れ?」
綺麗な女性がうっすらと姿を現した。
「ここよ、坊やはどうしてここに?」
「僕は悪い子だから父さんと母さんを…」
「坊やは悪くないわ、これを見なさい」
床に映像が映し出され、二人の男女が映っている。
「あんな子をいつまで繋いでおくつもりあんな子早く殺してしまえばいいわ」
「そうしたいがボルツとシンシアの奴らが早くあの場所を吐かないから、やっちまったんだからしょうがないだろう」
「でも、あの子も呪われた子なのよ…」
「分かっている」
「そんな叔父さんと叔母さんが僕の父さんと母さんを…」
「そう、だから」
レルクに繋がれていた鎖が外れた。
「行きなさい」
「でも…呪われた僕の行く所なんて何処にも…」
「では、私の所へ来なさい」
「行ってもいいの?」
「もちろんよ」
綺麗な女性は微笑んだ。
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「それがセレディナス様でした」
「そんな出会いがあったんですね」
「えぇ…もう昔の話です」
レルクは切ない目をした。
『セレディナス様どうかご無事でいてください』
「二人共、大丈夫か?」
扉越しから声が聞こえた。
「誰です?」
「俺だ」
扉の格子窓の向こうに顔を出た。
「ラズゥール、やはり来てくれましたか」
「いま、開けてやる」
カチャと音がして扉の施錠が外れた。
「早く出るぞ、ここは何か変だ」
「はい、行きましょう」
レルクとクレイルは特別監房から出た。
三人は外に出るため歩いていると通路の角で誰かとぶつかった。
「きゃっ」
ぶつかった人物は尻餅をついた。
「いててて………あっ!レルク様」
「リベル!?どうして此処に?」
「こいつからお前達のことを聞いて俺と一緒に来たんだ」
「お二人共…あっ!ラズゥールさん無事だったんですね、よかった」
「まぁな、お前もよくここまでよく着いたな」
ラズゥールはリベルの頭を軽く撫でた。
レルクは懐疑的な表情をする。
「早くここから出るぞ」
「えぇ…」
四人は南棟から外へ出た。
「リベル、渡していたものは?」
「ここに在ります」
リベルはラズゥールから渡された物を取り出した。
「王家の刻印!?まさかそれは…」
リベルはラズゥールに渡そうとしたが本を掴む。
「それが目的だったとは」
「いきなりどうした、レルク」
「もう止めたらどうですか、演技は」
「何を言っている?」
レルクは何か呟くとラズゥールの立っている地面に魔法陣が現れ、透明な壁がラズゥールを囲む。そして、魔法陣が強く輝くと爆発した。
爆煙が晴れるとラズゥールは無傷のまま立っていた。
「全く危ないなぁ〜」
ラズゥールの口調と声色が変わった。
「どうしてわかったの?」
「ラズゥールとは永い付き合いですから。彼はシャイなんでさっきの様に素直に人を褒めることはしませんよ」
「ひどい言われようだなレルク…俺だって…褒めることはある…」
壁にもたれ掛かりながら本物のラズゥールが現れた。
「本物のご登場ね」
「ラズゥール!」
「ラズゥールさん!」
レルクとリベルはラズゥールに駆け寄った。
「大丈夫かラズゥール」
「まぁな、酷くやられたがな」
「リベル、ラズゥールに治療を、私はこちらを」
レルクは偽者のラズゥールの方を向いた。
「貴方は何者ですか?」
「そこのお兄さんの知り合いよ」
偽者のラズゥールはクレイルの方を見た。
「どうゆうことですか?」
レルクは偽者のラズゥールに視線を向けたまま訊いた。
「私は貴方なんかと知り合いでは…」
「森の神殿で会った僕のこと忘れたの?」
「……まさか!?」
「思い出したみたいね」
偽物のラズゥールは何処からともなく黒のローブを取り出して翻すと黒のローブを纏った金色の髪の女に変わった。
「やはりヴァルキリアの…」
「残念だけどもうお別れの時間」
空間が裂けて暗闇が口を開けた。
「あとこれ貰ってくね」
冥界の王族の刻印が刻まれた本を手に笑みを見せる。
「いつの間に!」
アインは裂け目の暗闇へと消える。
「待ちなさい!」
クレイルはアインを追おうと裂け目に駆け出そうとしたが突然、目の前を何かが横切り、砂埃が舞う。その最中に裂け目が閉じる。
「逃げられましたか…」
「あれは何者なんです?」
「造られし黒き血の者」
「あれがヴァルキリアの……」
レルクはぼそっと呟いた。
「ラズゥールさん!?」
リベルの声に反応してレルクはリベルと所に駆け寄り、ラズゥールの容態を伺う。
「大丈夫、気を失っただけですから」
「誰か来ます」
「ここで誰かに見つかるのは得策ではありません」
レルクが虚空に手を翳すと杖が現れた。
「行きます…」
クレイルが言葉を言い終える前に四人の姿が消えた。
〜マテリアル研究所〜
色取り取りの鉱石や大きな硝子管、濫立するように積み上げられた書物、書き殴られた文字列と図形が書かれた黒板がある部屋で白衣の老人は足先を地面で打ちならしながら何かを待っていた。
「やっと戻ってきよったか」
白衣の老人の元に瞼を閉じた金色の髪の男と金色の髪の女が現れた。
「遅くなりました、キルティング博士」
「待ちくたびれたぞ、で例の物は?」
「アイン」
アインは手に持つ冥界の王族の刻印が刻まれた本を博士に渡した。
「おぉ、これが名も無き書物…素晴らしい」
キルティング博士は書物を机の上に置き開くと恍惚の表情から一転、眉を顰める。
「どうゆうことだ、ワグ」
「何がですか?」
「中を見てみろ」
ワグは開いた書物の中を覗くと縦に三つ、横に三つ並ぶ八つの箱が入っていた。
「これがどうしたんですか?」
「一つ足りないんだよ、核とも言える重要な部分が…」
縦横三つずつ並ぶ箱の中心が四角く空いている。
「直ちに探して来たまえ!」
博士は期待から失望への変化の反動から声を荒らげて言う。
「はい、アイン行くぞ」
「え〜また行くのぉ〜」
空間が裂けて暗闇が口を開くと文句を漏らすアインの手を引いて、ワグは足早に暗闇へと消える。
「ふぅ…仕方が無い…」
博士は溜め息をつき、残りの八つの箱に視線を向ける。
「残りの一つが届くまでに準備を進めるとするか…んっ?」
物音が聞こえ、博士はその方向へと視線を移す。
「なんだ君か」
そこにはビーゼルスがいた。
「それで彼女の様子はどうだね」
「変わりはないですよ」
「そうか、ではもう一人も同じ場所に移してくれ」
ビーゼルスは少し間を置いてから答える。
「…少々難しいですが、分かりました」
「頼んだぞ」
ビーゼルスは暗闇に姿を消す。
〜ピエモンテ牢獄〜
「やっぱりもうここにはいないわね」
「またここへ来るなんて」
「本当、アニキは冥界が嫌いね」
「ここにはいい想い出がないからな」
ワグはそう言い、何処かへ歩き始めた。
「アニキ?お〜い、全く一人で何処に行くのよ、あれ?」
「やあ」
謎の男、フェイクが現れた。
「なんであんたがここにいるのよ」
「何処にでも現れるさ」
「それで僕になんの用?」
「あれを手に入れたようだね」
「何でも御見通しってわけね」
「テキステルコアが抜けていたこともね」
「それで場所も知っているのよね?」
「もちろん、城に行ってみるといい…」
フェイクはそう言い残し、霞のようになって消えた。
「ほんと何者なんだか…」
そう呟くとワグが此方を振り返る。
「アイン、いつまでそんな所にいるんだ?」
「アニキ、城に行ってみない?城には書庫もあるし、それにあいつらがいるなら城だろうから」
「…確かにそうだな」
「でしょ?」
「なら姿を変えるぞ、アイン」
アインは力を使い、自分とワグの姿を変えてデア城へ向かった。
デア城〜地下古書室〜
古書室の壁が浮き上がり、ゆっくりと開く。
「よいしょっと」
壁の隠し扉を開けてリベルが出てきた。
「こんな所に繋がってたんだ」
目の前には古書が山積みにされ、通路を塞いでいる。
「これどうやって出よう…」
リベルは回りを見渡して通れそうな所がないか探した。
「ここを登るしかないかな」
リベルは近くの本棚に足を掛け登り、反対側に降りた。
「んっ?」
扉の方から声が聞こえ、リベルは扉の脇で聞き耳をたてると廊下には二人の衛兵がいた。
「聞いたか?」
「なにを」
「ツヴァイ様が牢獄から脱獄したらしい」
「それならとっくに知っているぞ」
「そうなのか?、あぁでもその話には続きがあってな、さっき牢獄から戻ってきた憲兵団から聞いたんだが捕らえられていた囚人や看守達が忽然と消えていたんだと」
「マジかよって、おい!」
隣にいる兵士を肘で突く。
「やばい、ゲルベール隊長とトリメス副隊長だ」
そこへ甲冑を着けた大柄の男と眼鏡を掛けた華奢な女が現れた。
衛兵二人は現れた男女に敬礼をする。
「貴様等!」
軽甲冑の華奢な女、トリメスは衛兵に怒号を飛ばす。
「はい!」
「ここで何をやっている、早く持ち場に戻れ!」
「はっはぅい!」
二人は血相を変えて駆け足で走っていった。
「これで邪魔者は消えたな、それでここにあるんだな」
「元々はここにあったみたいよ」
『入ってくる!?』
リベルは急いで本棚の陰に隠れると二人が入ってきた。
「そろそろいいか…」
「そうね」
リベルは本棚の陰からそっと二人の様子を伺うとそこにはワグとアインがいた。
『あいつ、さっきの…』
「こんなに蔵書があるの!?さすがは城の構文古書室ね」
「手間がかかるな、あいつを使う」
「あいつを使うの?」
アインは嫌な顔をした。
「……」
ワグは呪文を唱えた。
「御呼びですか、主」
本をたくさん身体に結び付けた男が現れた。
「名も無き書物の核を探せ!」
「はい」
身体に結び付けていた本が男を囲む様に広がり、ページがめくられていき止まった。
「主」
「見つけたか」
「はい、あちらの方向にあります」
男は隠し部屋の扉のある場所を指した。
「あそこに隠し部屋があります」
「そうか、下がれ」
男は消えた。
「あれ無表情だから嫌いなのよね」
「仕方ない、ドールに表情は不要だろ」
二人は男の指していた方へ向かった。
『このままじゃ皆が危ない』
リベルは考えをめぐられせた。
「………」
足音がどんどん遠ざかり、隠し部屋への扉に近付いていく。
「そうだ」
リベルは床に指で何かを描くと部屋の中心に小さな穴が口を開ける。
「フォールグランデ」
リベルはそう呟くと穴が大きくなっていき、本や棚が音を立てながら穴へと落ちていく。
二人は音に気付き、穴の方を向いた。
「どうする?アニキ」
「心配ない、ただまやかしだ」
ワグがそういうと穴は消え、何事もなかったかのように元の室内に戻る。




