5ショートストーリーズ3 その5【やさしい嘘】
人は嘘をつかずにはいられない。でも、やさしい嘘 というものもある…
嘘。口にむなしいと書いて嘘。
生きてるうちには、嘘をついたら針千本飲まされる。
死んで地獄に着いたら、閻魔様に舌を抜かれてしまう。
そこまでの罪なのか?
たぶん人は嘘をつかずにはいられない。
今日も世界のどこかで 嘘がつかれている。
***
「だからさ、もうオマエの事が重荷なんだよ!」
30を過ぎて未だに芽の出ないミュージシャン。三つ年上の彼女と
の暮らし。彼女の稼ぎで暮らしている、といってもいい。そんな彼
女に田舎から見合い話。
地元の資産家で、彼女の事が昔から好きだったと。
今でも彼女の事は愛してる。少しでも早く売れて彼女を安心させ
てあげたい。
しかし…彼は決断する。
「オレはもう出てくぜ。もっと若いカワイコちゃんに乗換えだ」
「あんた…嘘でしょ? 嘘よね?」
女は泣いて彼にすがりつく。
「ばかやろう! いい加減に気づけよ。じゃあな」
彼は二人のアパートを飛び出していく。
「こんな馬鹿な男は忘れて、幸せになれよ…」
男の目には一筋の涙。
女は泣き崩れる。そして起き上がるとお腹をさすりながら
「この子は何があっても産むから」
彼にも内緒だった事実。彼女はある決意をして田舎に帰る。
そしてすぐに結婚。少しでも早いうちに。それが彼女の希望だっ
た。
8ヵ月後、子供が生まれた。周りのみんなには早産だったと。
三千g越えの早産の子。看護師は不思議に思うが、旦那には微笑み
と祝福を。
旦那もそれほど鈍感ではない。しかし彼女の総てを愛してる。だか
ら沈黙を。
子供がしだいに大きくなって。父親にはちっとも似ていない。
けれど父親はやさしくいい聞かせる。
「おまえは私のおじいちゃんにそっくりなんだよ。うん、本当さ」
子供はパッと笑顔になる。昨日学校で言われた言葉。
「オマエはお父さんとはちっとも似てない。親父は別人じゃない
の?」
やっとこれで安心できる。ぼくはお父さんのおじいちゃんに似て
るのさ。
例のミュージシャン。バイトでアイドルに提供した曲が大ヒット。
そこから波に乗り、プロデューサーに。
そして今では時代の寵児。
「~さん、大活躍ですね。今でも独身のようですが、誰か忘れられ
ない人でも?」
音楽雑誌の記者の質問に
「そんな訳ないでしょ? ただ、女が面倒なだけですよ」
そう言って笑う。
嘘が嘘を呼び、地を、時を、駆け巡る。
でも、それは やさしい嘘。
みんな罪人。地獄で閻魔様に舌を抜かれる。
そこまでの罪なのか?
やさしい嘘。今日も世界のどこかで こんな嘘がつかれている。
誰かの為を思ってつく嘘は やさしい嘘だと思います。