料理人になりたいっ!
「悪いけど、リンゴを皮剥き器を使わなきゃ剥けないような料理音痴の女とは付き合っていたくない」
そういって私は、見舞いに行った彼氏の部屋で振られました。ちょっと手抜きをしただけなのに!
「今から異世界に行ってもらうけど、欲しい物や力はあるかい?」
だから夢に見知らぬ神様が現れて私に問いかけたとき、私の心は決まっていました。
「自分だけの力で何でも簡単に最高の料理にできるようになりたい!あと、料理道具も調味料も、絶対壊れたり無くなったりしないものを一式全部!」
気がついたら私は、荒野にいました。
何でも切れる包丁と、どんな力で殴られても絶対にへこまないフライパン、いくらでも目眩ましに使える胡椒や、それらを完璧に扱える肉体を持って。
「はぁっ!」
私は今日も、超巨大包丁で食材となる龍を倒しおえました。皮を自分の手でやすやすと剥がしたあと頭を切って血抜きをし、背中を覆っていた巨大フライパンに魔力で熱を加えたものへ塩と香草で味を調えた肉をぶつ切りに入れて焼きます。
周りの雑草を引き抜き、毒消しの魔法をかけて味見しながら一緒に焼いたり、サラダを作ったり。スープは私が調味料として認識していた各種インスタントから好きなものを取りだし、魔法で出したお湯で溶いて出来上がり。何故か味は一級品です。
今日も豪華な食事が出来上がりました。
この世界に来てから私は毎日、こんな贅沢な食生活を送っています。
食生活だけは、贅沢なんですけど。
初めてこの世界に来て、まる一日さまよった後ようやく出会ったのは旅をしている途中の隊商でした。
私は必死で一緒に近場の町まで連れていって欲しいとお願いしました。言葉は何故か通じました。
「働くから一緒に町へ行きたい?なにができるんだ?」
「何でも料理して見せます!何でも切れます!」
思えばこのときのやりときがいけなかったのでしょう。
荒野をさまよい、体くらいもある大きな包丁を持ち歩いている女。とても料理人には見えません。冷静になって考えると、私も自分の台詞をこう解釈します。『何でも退治してみせる。どんな敵も切ってみせるよ』
「じゃあ隊の先頭で護衛にまざれ。しっかり働けば考えてやるよ」
そう言われたときも私は、簡単に信用してもらえないのは当たり前だからまずは仲間として認めてもらわなくてはということだと思っていました。慣れたら戦闘などせず、料理人として雇ってもらえるのだと。
それから周りの人たちに獣の殺し方、さばき方を教えられ、いろいろなことを乗り越える頃には立派な戦闘員となっていました。
町につくまでに、優しくしてくれた隊で一番格好いい護衛さんに恋をし、そのまま隊で働く契約をして。他の人たちとも仲良くなって。そろそろ料理をさせてもらい、反応の薄い護衛さんの胃袋をつかもうと思い出した頃。
恋していた護衛さんが隊で料理をしている女の子と結婚してしまいました。
失恋した私は今度こそ町で料理人として働こうと思いました。
ただ、その頃にはもう一流の護衛として国中に名が売れてしまっていたのです。
「ここで働きたい?わるいけどうちは料理屋なんだ。護衛は必要ないよ」
「いえ、料理をしたいんです」「料理ってのは人が食べるものを作るって意味だよ。何でも自由に切れるってことじゃないんだ。他を当たってくれ」
とか。
「あんたが料理してるなんて知られたら、客がこなくなっちまう。」
とか。
「護衛としていくらもらってるかしらないけど、この地域じゃ料理人なんて下働きだから給料も出ないよ」
とか。
どの町でも断られ、ならば隊で料理をしようとしたら。
「あたしたちはこのために隊においてもらってるんだ!仕事をとられたら追い出されちまう!頼むから、隊で料理をするなんて言わないでおくれよ!!」
そう友人一同に泣かれてはそれでも自分で料理がしたいなんて言うこともできず。
料理の腕を披露する機会は全くありませんでした。
ある日。私が怪我をして町の医者に診てもらっている時に、隊商は盗賊に襲われ、散り散りになってしまいました。
護衛は皆、殺されてしまい、生きているものはさらわれ、辛うじて逃げてきたという友人も腕を失っていて、しばらくして高熱を出して死んでしまいました。
私は泣いて嘆いて、なぜその場にいなかったのかと悔やみ、せめて友人を助けるのに必要な知識を得ていなかったことを嘆き、盗賊を憎み、盗賊を放置していた領主を恨み、そうして、長い時間をかけて立ち直りました。
一人になっても私は、もうこの世界のことをある程度理解できています。
戦うことも平気になりました。そのための力もあります。
もしもこのまま大きな城下町くらいにまで行けば、料理人になることができるのではないでしょうか。もしかしたら旅の途中で素敵な人にめぐりあい、手料理でお嫁さんにしてもらえることだってあるかもしれません!
決心した私は、城下町を目指すことにしました。
この世界に地図や方位磁石はありません。ですが村をたどっていけば領主のいる町へ、町で情報を集めれば城下町のある方へとなんとか向かうことができました。
旅の途中、何人もの素敵な人に出会えました。ですが私は忘れていたのです。
この世界に飛ばされたとき、私は20歳を越えていました。隊商では3年くらいすごし、そのあと旅に出て、年数は地域により季節の代わり方が違いすぎて数えられなくなりました。
ですが見た目から考えてもおそらく20代後半にはなっており。
つまりは婚期を盛大に逃していたのです。
この世界の女性は子供が産めるようになったらすぐに嫁ぎます。13歳くらいでも平気で結婚するのです。
そんな世界で私と年齢が合う人は、すでに奥さんも子供もいます。下手したら孫までいます。独身でいる人は性格にかなりの問題があるとか、賊になっているとか。
あまり好みではなかったのですが、年下を狙ってみたら冗談だと思われたあげくこう言われました。
「護衛や料理人としては家に土下座して来て欲しいくらいだけど、母親みたいな人を奥さんにはしたくない。周りからも笑われちゃうよ」
この世界ではもう、私は彼氏を作ることが出来ないのでしょう。
それでも、もしかしたら違う地域に行けば私の年齢でも受け入れてもらえるかもしれません。奥さんを亡くして独身になっている人や、婚期を逃しただけの男性も見つけられるかも。その希望にすがって、私は旅を続けます。
包丁を武器に、フライパンを防具に、胡椒や唐辛子を毒薬として使用して。
神様。私は確かにあのとき、料理の腕を希望しました。わがままな願いも全て叶えてもらいました。でも神様。八つ当たりかもしれませんが言わせてください。
私が望んだのは料理が上手になることだけだったのに!
なんでこんなにも戦う人間になってしまったのですか!!
私は、料理人に、なりたいんです!!!