63・最終回(前編)
「よろしいのですね?」
床に転がる免悟の胸元で、突然魔王雛の漆黒が声を発した。
静かな拠点の一室に響いた異質な声。その声に免悟ですら驚き、そしてその言葉の意味が理解出来ずにいた。
室内は相変わらず無言のままだったが、その沈黙は魔王雛のセリフに対する困惑に満ちていた。
そもそもこの謎のアーティファクトは、滅多に自分から口を開く事がなかった。それが今になって急に何を言い出すのか?。つーかどう言う意味?。
「はあ?!、リタイアって一体何を……」
免悟でさえ訳が分からず怪訝な表情を浮かべた。が、
「あ?、ああ…!、スマン。
そうだな、これはもうゲームオーバーだ、認めようリタイアするよ」
この時、リタイアを認める事で、閉鎖されていた免悟以上の外部記憶が全解放される。
そして免悟は立ち上がると、ネックレスの紐を千切り、魔王雛の漆黒を前方に捧げた。
すると足下に魔法陣が現れ、人影を一つ生み出した。
それは美しい人間(♀)だった。
白い肌に漆黒の髪。スタイルの良い長身と、そして先の尖った長い耳。
突然現れた人影にメンバー一同が呆然とする中、彼女はすぐさま免悟に向かって跪いた。
「イルフェル、早速だが、エダルのスキル『魔核連繋』を消去しろ」
「はいマスター!、了解しました、暫しお待ちを。……カク300698744、エダルジセル・エフリダスのスキル『魔核連繋』の消去、完了致しました」
「エダル、ステータスを開いてスキルの有無を確認してみろ」
エダルはぼんやりと言われるがままにステータスを開いた。
「あれ…?、スキル消えてる…」
え!、マジ……?。
メンバー全員が展開に付いて行けず、完全に置き去り状態だ。
その時、隠れ家の外から突如モンスターの咆哮が鳴り響いた。
位置的にはかなり近い、拠点のすぐ側だ。しかし周辺には気獣がゴロゴロしてる筈、と思ったらそれは気獣の遠吠えだった。
何かあったのか?!、とメンバーが扉を開けて外を確認すると、気獣たちが拠点の上空で竜巻の様な渦を作って飛び回っていた。
その声は、どうやら歓喜を表しているようであった。
気獣たちは狂った様に上空を疾走し、喜びの声を張り上げていた。
そして扉の中から顔を出したエダルを見つけると、エダルのすぐ側まで飛んで来て、それぞれが祝福の歌を捧げた。
その荒っぽい祝福に危険を感じたメンバーたちはすぐさま部屋の中に逃げたが、エダルだけは微動だにせずその祝福を一身に浴びていた。
「スキル『魔核連繋』が消え、召喚獣との契約が解除された様です。
契約が切れて解放された召喚獣は、非道な扱いを強いた召喚主に逆襲する事もあるのですが、この者はどうやら召喚獣に嫌われていない様ですね」
免悟に跪く美しい人影は、顔だけを主に向けて状況を説明した。
「なるほどな」
どうやらこれは契約から解き放たれた気獣たちが、自由の喜びを表現しているらしい。
気獣たちが繰り広げる暴力的なほどのダンスを眺めるメンバーたち。
そんな中、シントーヤとデヒムスだけが免悟に跪く女性の後ろ姿をじっと見つめていた。
シントーヤとデヒムスはエルフ族を見たことがあった(ネビエラは忘れた)。細身で色白で、そして先の尖った耳。それがエルフ族の身体的な特徴だ。
ちなみにこの世界のエルフは特別美しい種族、と言う訳でもない。なのでこの目の前にいる、神々しいまでの美しい女性が単なるエルフではない事は一目瞭然だった。それはつまり、
「ハイエルフ…?」
デヒムスの呟きに、シントーヤが唸りながらも頷く。
と言うのもそれは伝説的な稀少種族であると言う事に留まらないからだ。
要するにハイエルフと言うのは管理者。つまる所、幻想皇帝に仕える天使であるのだ。
「「……………」」
デヒムスとシントーヤは無言で目を見合わせた。
単純な思考の上では結論に至っているのだが、分別を弁えた一般常識がそれを許さないのだ。
ところでいい加減メンバーたちもこの異常事態の連続に慣れて冷静さを取り戻しつつある頃、ついに気獣たちの饗宴が終了した。
全ての気獣がエダルに別れを告げ終えると、あっと言う間に森の奥に消えて行ってしまったのだ。
後にはエダルが一人ポツンと取り残された。
エダルは気獣たちが消えた方向をぼんやり眺めていた。だが、意外な事にエダルの表情に感情の乱れは窺えない。いつもの様に憂いある儚げな眼差しがそこにあるだけだ。
と言うか、逆に普段のヘタレな挙動が無いのが不気味なくらいだ。
と、その時、エダルのすぐ横で突風が巻き起こった。
エダルが風に煽られてヨロけると、柔らかい何かがエダルを取り巻いてその体を支えた。
それはグリドラだった。
何故かグリドラが一匹だけ去らずに残っていたのだ。
「……?」
エダルはビックリして固まるが、恐る恐るグリドラに手を伸ばす。するといつもの様にグリドラが喜びに身震いした。
いつもと変わらないグリドラの反応に安堵したエダルは、たまらずグリドラに抱きついた。エダルから笑みが零れる。
グリドラが他の気獣と違う所はその一番大きな体だ。それはグリドラが、永続召喚の最初の個体である事に理由がある(←初回特典)。
そして一番最初の召喚獣ゆえに一番大事にされたし、エダルが言葉やルールを直接教えたりもした。
エダルは全ての気獣を平等に扱ったが、結果的にはリーダーでもあるグリドラと一番身近に接する時間が長かった。
それ故にこの短期間の内にグリドラはエダルを真の主と考える様になっていたのだ。つまりグリドラは、自主的にエダルと共に居る事を選択したのだった。
結局グリドラは終生をエダルと共に生きた。
みんなが二人のその姿に、なんだかジ〜ンと感動していると、拠点の周囲で無数の転移魔法陣が発生した。
「……!!?」
サイズ自体は個人規模だが、魔法陣が設置されてない所にいきなり転移門が出現する様な事は基本あり得ない。
「ええい、もう今度は何だ!?」
誰かがやけっぱちに叫ぶ声が聞こえた。
地味だが噂話で聞くような裏技級の魔法使用が大量に発生したのだ、慌てるのも無理は無い。だがしかし、メンバーたちはもはや動こうとはしなかった。今さら慌てて対応するのはなんだかバカらしい気がしたのだ。
つーか、もうどーせ免悟絡みの何かなんでしょ!。
好きにしやがれ!、今さらなんも驚かねーよっ!。
さすがにワープの所要時間まで短縮する訳ではない様で、なかなかお客さんたちは出現しない。やけに勿体ぶるね!?。
そしてついに現れました、予想通り無数のハイエルフの皆さんが。
ゾロゾロと管理者たちご一行が転移陣から顕現すると、魔童連盟のメンバーたちを全く無視して免悟の前で跪いた。
「マスター…、お帰りなさいませ!。ご帰還長らくお待ちしておりました」
「わが君…」
「おお、わが君よ!」
何故か免悟は偉そうに「まあまあ、落ち着け?」みたいな事言って余裕かましてやがる。なんかイラッと来た。蹴っていい?。
ハイエルフの管理者たちはその後も次々と現れ、しかもグイグイ免悟の側に詰め寄って行った。
ハイエルフの皆様方は、見た目すごい洗練されていてかなりハイソで優等生的な雰囲気ありまくりなのに、何故か免悟に少しでも近付こうと必死だった。
もちろんその行動はお上品で、互いを押し退けたりなんて見苦しい事はしないが、それでも静かなる狂騒がそこにあった。
なに?この気持ち悪い集団……。
魔童連盟のメンバーたちはその光景をどんよりと濁った目付きで眺めた。
いくらハイエルフ=管理者とは言え、免悟なんかにうつつを抜かす姿はかなり引いてしまう。
「わかった!、わかったから一旦離れろ。とりあえず天界に戻るぞ?、皆には話がある!」
免悟が袖を振り払ってハイエルフたちを引き剥がす。ハイエルフたちはざわめきながらも、嬉しそうにその言葉に従って動き出した。
「えっ!、ちょっ、ちょっと待って?!。免悟は?、免悟はどうなったの?!」
何の説明もせずにそのまま立ち去ろうとする免悟に、ホノが思わず声を上げた。
と言うのもハイエルフたちに囲まれた免悟だった男は、すでに免悟ではなかったからだ。
雰囲気や顔つきにはどことなく面影はあるのだが、背丈が伸びて完全な大人の男に入れ替わっていた。免悟を知る人間からすれば全くの別人だ。
「おお、そうだ!、お前たちの事をすっかり忘れる所だった…」
しかし、ホノの声にハイエルフたちは凄まじい反応を見せた。それまで賑やかだった空気が一変する。
全員が動きを止め、発言者であるホノをジッと凝視した。下手すれば現実的に痛覚を刺激しても不思議ではないくらい、つまりかなりヤバい雰囲気だ。
しかしホノにしてみれば、自分が原因なのは何となく分かるが、それが何故彼らの怒りを誘うのかがさっぱり分からない。
「待てっ!、彼らに危害を加える事は絶対に許さんぞ!。もしそんな事をする奴がいたら100年は左遷させるからなっ!」
元免悟であった男がすかさず割って入った。何しろそれほど禍々しい殺気がダダ漏れだったのだ。
その一言で何とか場の空気はマシにはなったものの、それでもまだホノに対する冷たい視線は変わらなかった。
元免悟はハイエルフたちを退けてホノたちの前に出た。
「改めて名乗ろう、我こそは幻想皇帝である。
この度あえて身分を隠し、高坂 免悟としてエグゼリンドに降臨した。お前たちには混乱させてしまったかも知れないが混乱しないで欲しい」←無茶言う
「それで免悟は…、免悟はどこに行ったの?!」
「免悟と言うのは世を忍ぶ仮の姿。幻想皇帝の数ある別キャラの一つだ。
しかし、ゆえに我、幻想皇帝もまた免悟であると言える」
「…え、ちょっ、どう言うこと…?」
いまいち意味が分からずホノが混乱する。「混乱しないで欲しい…」
「マスター、その者は免悟様の事を敬愛しており、免悟様に会いたいと言っているのです」
元魔王雛の漆黒のハイエルフが横から手助けをした。ズバリと言い切られてホノが怯む。
「え!、そうなのか?」
素でビックリして直接ホノに訊ねる幻想皇帝元免悟。そしてその姿を見て、この場に居る者全てが「コイツはダメだ」と確信した。
そんな事を本人に直接確認するとは、なんてデリカシーが無いんだろう!。
まあそう言う意味では、この幻想皇帝=免悟説、が何となく納得出来てしまった魔童連盟のメンバーであった。
ホノは一人、プルプルうつ向いて無言のままだ。
「ねえねえ、それで免悟はどうなったのさ?」
子供の一人がホノの後ろから口を出すと、再び場の空気が激変した。
相変わらず神をも恐れぬKY少年マール。お前はもしかして勇者の血でも引いているのか?!。
そんなでたらめ勇者を、全てのハイエルフが光線を発射しそうなくらい鋭い目付きで睨み付けた!。
だがマールは、なんか居心地悪いけど何かあったの?的な感じで、ハイエルフの眼光線を完全シャットアウトだ。
コイツのKYスキル…マジパネェ…。
まさかの味方からもリスペクト来た……。
ぶっちゃけ管理者がその気になれば、あらゆる生物は一瞬で即死コース直行なのだが、無知もまた力なり!。
マールの「何となく俺やっちった?」的な天然のノリが、さらにハイエルフたちの気分を逆撫でするし。
しかしハイエルフたちも幻想皇帝の左遷発言が効いているのだろう、必死で感情を押し堪えていた。
「マ、マスター?、こっこ、この様な態度はふ、不敬過ぎます!。果たして許してしまって良いものでしょうかっ?!」
「きょっ、許可を!、許可を下さい許可を!」(←何の?)
横にいたハイエルフ数人が、幻想皇帝元免悟に何かと忠言を囁くが、元免悟は聞こえないフリした。あーうっさ。
元免悟はハイエルフを脇へ下がらせると、再度ホノたちの前に立ち上がった。
「みんな、安心して聞いてくれ!。君たちの大好きな免悟は、いつだって君らと共にある!。君らが望めばいつでも会えるし、免悟と君らを妨げるものは何も存在しない。我らの友情は永遠に不滅である!」
ジャジャーーーン、的な仕草をすると、キラキラしたエフェクトに包まれる元免悟。(横からハイエルフたちが元免の演出をバックアップ)
やたら無意味に演出過多だ。
別に、免悟の事、そんな好きって訳ではないんですけどね…。(魔童連盟一同)
本来ならここでまたシーーーーン、って感じで寒冷化現象が発生する所なのだが、どうやらこの元免さんは意外と偉メンらしい。あんまり粗末に扱うとハイエルフの皆さんからまた苦情が来そうだ。
なので仕方なくカルが気を利かせて話を繋げてやった。
仕方なくだぞ!?。まったくいつも手間ばっかかけさせやがって。
す、すまん…?。
「ま、まあ、なんか良く分かんないけど、いつでも会えるって言うのなら問題無いじゃん?。
それにエダルのスキルも取れたし…。って事はこれで全部解決だな!」
「あ、そうなんだ…。じゃあ早く街に帰ろ?」
「ちょっと待った、その前に俺ビブリットで買い物したい!」
「あーいいな、金ならあるしな」
「つーかさ?、いっその事ビブリットで屋敷買ってみんなで住もうよ、その方が良くない?」
「そうだな、あんまガルナリーにはいい思い出無いしな!」
「「「「そう言やそーだ!!!(爆笑)」」」」
なんだかお前ら仲いいな…。って、べ、別に寂しくなんか無いんだからねっ!。俺、幻想皇帝は他にしなきゃいけない事がいっぱいあるし!、みんなで楽しくショッピングなんか、そんなの羨ましくなんか無いんだもんねっ!。
「つー訳で俺ら帰りますね?、エダルのスキル取ってくれてありがとう、じゃあ失礼しまーす!」
「免悟によろしく〜♪」
えっ、軽っ…!。
つかもう行っちゃうの?、もっと俺の真の姿にビックリしてよ?。そうそう!、ここはもっと免悟SUGEEEE的な所じゃねえの……?。
ご安心下さい。マスターはいつだってSUGEEEEですよ♪。(天使たち)
まだもう一話(後編)ありますw。