53・ゲリラ戦すわ
免悟は5匹の気獣と共に、テラリス部隊の哨戒範囲内に侵入した。
言い忘れていたが、気獣全7匹の内2匹はフェイジの護衛役だ。
免悟は気獣の背に乗りながら飛剣ランサンを前方に投げた。
魔法剣は回転しながら免悟たちと並走するが、その回転は止まるどころか更に増し、唸りを上げて高速化して円盤となった。
この飛剣は単純な動きなら数パターン登録出来て自律運動が可能だった。こうして刃を水平にして回転させ、円盤型のカッターにする事が出来るのだ。
要するにクリリンの気円斬だ。(←おい、〇忘れてるぞ)
かつてエルドウィンと模擬戦をした時は、単に飛剣を投げるつけるだけでイマイチ役に立たなかった。なのでそれを教訓に少し色々考えてみたのだ。
と言うのもこの飛剣は何処かに突き刺さったりして、一旦動きを止めてしまうと再使用に時間が掛かる。
要するに免悟の元に戻るか、又は自力で殺傷ダメージを与えられる速度を取り戻すまでの時間が致命的に長いのだ。
そのせいでエルドウィン戦では弾き飛ばされてばっかりで、殆んど戦闘参加出来なかった。
まあ免悟の【浮遊術】からしてそんな感じだから、手首クイッてやったらヒュッって戻って来て即キャッチ!、とはならない。ゆーっくり起き上がって徐々にスピード加速って感じなのだ。
最高速度は結構あるのだが、連続攻撃に難があった。
そこで考えられたのがいわゆる気円斬だ(もういいや…)。
これならそもそも一撃必殺を賭けて投げなくてもとにかく接触させるだけでいい。回避も難しくなるし、ターゲット以外に突き刺さって停止する可能性も低くなる。
ホームランは減るが、三振が減って代わりに打率が上がる感じだ。
ちなみにもう一つ、剣の縦軸回転でドリル攻撃と言うパターンもある。こっちは逆に一撃必殺をさらに特化させたバージョンだ。
そんな飛剣を従えて免悟と気獣は走った。
有無を言わさず最速での奇襲だ。
気獣たちは一番近くの斥候目掛けて最短距離で駆け抜けた。恐らくすでにテラリスの斥候は免悟の動きに気付いているはずだ。
免悟たちは木々の間を素早く掻い潜り、巨大な樹を回り込んだ。
いた!。
免悟は乗っていた気獣から飛び降りると、速攻で円盤カッターと化した飛剣ランサンを飛ばした。
すでに気獣たちは散開し、斥候の逃げ道を塞ぎつつ飛剣が炙り出す隙を待ち構えていた。
その時一匹の気獣だけがスルーして、少し離れた所にいたもう一人の斥候に突進する。
おっと、そんな所にもう一人いたか!。
テラリスの斥候はどうもペアで行動してるっぽいので、とりあえず一人づつ確実に各個撃破だ。なので目の前の斥候を倒すまでもう一人には足止めを食らってもらう。これは打ち合わせ通りだ。
そして逃げ場を無くした第1ターゲットの斥候に気円斬が襲い掛かる。
当然ながら斥候も気円斬の軌道を予測して回避行動を取るが、飛剣は弧を描いて斥候を逃さない。
斥候は軌道を変えて追尾する飛剣に驚くが、瞬時に逃げる事を諦めて飛剣を真っ向から受け止めた。
気円斬、と言っても円盤風に見えるだけで実態は剣が高速回転してるだけなので、ズバッと切断!なんて事にはならない。
ただその衝撃は半端なものではなかった。
激しい斬撃音と共に両者が弾かれた。飛剣がふっ飛び、斥候の持つ盾が暴れてバランスを崩す。気獣はそんな一瞬の隙を突いて斥候に殺到した。
獰猛な狼の咆哮が鳴り響き、白い閃光が斥候を切り刻んだ。
ほんのわずかだが斥候から魔法発動のエフェクト光が浮かび上がったが、無情にもあっさり攻撃の波に飲み込まれて消える。
鈍い激突音が連続すると、斥候の体が振り回されて血飛沫が舞い、手足や装備が千切れ飛んだ。
まあ相手は索敵能力がメインの斥候だ、これだけの戦力で一気に襲い掛かれば成す術もない。
それに気獣たちも日常生活では情弱でチョロい犬っころだが、こと戦闘に於いては血に飢えた野性を爆発させる。まさに獲物に群がるピラニアの大群そのものだ。
気獣たちは思うがままに敵を屠る全能感に酔いしれ、歓喜の声を上げた。
『ォォオオオオオオォォォオオオオオオオオオオ!!!』
免悟は顔をしかめた。別に殺し方に酷いもクソもないが、確認するまでもなく完全に死んでるよ。オーバーキルにもほどがある。時間とパワーの無駄使いだぜ。
「もういい!」
とは言ったものの、一旦火が点いた気獣はなかなか収まってはくれない。近寄るのも怖いし。
あきらめた免悟は飛剣を回収すると即後ろに投げた。気獣が一匹で足止めしていた斥候2と戦っている方向へだ。
そしてそのさらに向こうではテラリスの分隊がこちらに迫って来るのが見えた。長居は出来ない。流石に本隊にまで手は出せない。
免悟が投げた飛剣ランサンは加速して気獣と争う斥候2に迫る。それを見た気獣が上手く斥候の気を引いたおかげで飛剣が易々と斥候の背中を貫いた。
「おいっ、引き上げるぞ!」
今だ蹂躙の余韻に浸る気獣たちに免悟が怒鳴る。
そのセリフにハッと動きを止めた気獣たちは、飛剣の刺さった斥候2目指してすぐさま飛び出して行った。
「ちょっ……!」
なっ、なんでそっちに行くんだよ、そっちはもう終わったんだ、後は逃げるんだよっ!。
バタッと崩れ落ちる斥候に向かって気獣たちが勢いそのままに駆けつける。その向こうからテラリスの分隊がすぐ近くまで来てるって言うのに…。
免悟一人がぽつーんと佇む………。
あかん、こいつらホント使いにくいわ!。
気獣は個々で見ると素直で賢いのだが、集団として群れると感情に流されやすく、すぐに衆愚化する。まあ社会性動物の欠点そのものとも言えるが。
仕方なく免悟は気獣を無視して逆方向へ逃げた。
一応浮遊術を使っているから追い付かれる事はないと思うが、テラリスの哨戒範囲から完全に離脱するにはかなり距離を取る必要があった。
自力で走るのって気獣に乗るのが慣れるとかったるい…。
心配はしてなかったが、気獣たちはすぐに免悟の元に帰って来た。(飛剣ランサンもね)
ついでにこの気獣部隊のリーダー役である1号=ハウロンは、さっきの斥候の首まで持って帰って来た…。殺った証拠!みたいな感じで。
なんだか凄い誇らしげな様子で生首を咥えて来たんだけど、胸元から血だらけじゃん…。
はいはいよくできました。でもそれ以上近寄るな!、首もそこら辺に捨てときなさい…。
免悟が生首の受け取りを拒否すると、ハウロンはちょっと残念そうだった。何を期待していたのかはさっぱり分からないが…。
つーかお前らの主人は生首貰ったら喜ぶのか?、俺そんなの集める趣味ぜんぜん無いんですけど…。
「さ、さあ、そんな事より次行くぞ次!」
面倒臭いので先を促して誤魔化した。
『おおっ!、次行こーぜ次ィ!』
『もーっともっと切り刻もうぜっ!』
『オレ、ニンゲン、切リ刻ム!……。プッ……ギャーハハハハ!』
免悟に気獣の言葉は理解出来ない。だからあえて突っ込まなかった。
この後免悟たちは目一杯テラリス部隊を撹乱しまくって計5名の兵士を殺した。
一方フェイジ。
免悟たちと別れたフェイジは、気獣を二匹連れてテクテクと迷宮を歩いていた。
フェイジも索敵と隠密行動には自信があるが、流石に迷宮は人間にとって一人で歩き回る所じゃない。
モンスターの中には各種隠蔽魔法の効かない奴もいるし、運悪くたまたま遭遇してしまう事もある。ゆえにバックアップは必須だった。とりあえず気獣が二匹もいれば逃げる事は出来る。
フェイジたちは森の中を見回しながらゆっくりと進んだ。そして敵を迎え討つのにちょうどいい場所を見つけるとそこに身を隠した。
大抵の索敵魔法は一定以上の厚みがある物体(遮蔽物)の向こう側は見通す事が出来ない。しかも音も立てずにジッと潜まれるとお手上げなのだ。
そしてテラリスは前に進まなければエダルの元へは辿り着けないのだから放っておいてもやって来る。来るなと言ったってやって来るだろうし。
だからこちらが待ち構える所にわざわざ敵が足を踏み入れてくれるのは好都合。と言うか圧倒的に有利だ。
そんな訳でしばらくするとここら辺をテラリス部隊の端っこが通り過ぎる予定であった。本隊に直撃するとヤバいのでなるべく端を掠る感じが理想だ。
今の所テラリス部隊に変な動きは一切ない。ひたすら最短で迷宮の中心を目指しているのだからその進路を読むのは簡単だ。
フェイジは気配を消して待ちに徹した。
忍者とは本来耐え忍ぶ者の事だ。効果的なたった一瞬の一撃の為に、じっと身を潜め身元を隠してチャンスを待ち続ける、そう言う存在なのだ!。
と言う免悟の受け売りを、待ってる間に披露しようかと思っていると索敵に反応を感じた。
テラリスの斥候のようだ。
気獣に目をやると、測ったようにこっくり頷く。間違いない。フェイジと二匹の気獣はニヤリと笑みを浮かべた。
フェイジの標的となったテラリスの斥候は、いつもより警戒度を上げて進んでいた。別の方角から例の正体不明モンスターの攻撃があったからだ。
相棒との距離も少し詰めて、哨戒よりも迎撃に重きを置いていた。
そう言う意味でフェイジのやり易い状況とは言えなかったが、斥候の意識は主に高速で現れる飛行モンスターにあった。
斥候が小魔法【滑空】を使い、短い跳躍で迷宮の深淵を渡り終えた瞬間フェイジは現れた。
斥候が枝を蹴り次の枝に着地する寸前、現れたフェイジは突き刺しの魔法剣を突き出した。
フェイジは張り付いた枝の側面から飛び出すタイミングを見計らっていたのだ。
攻撃としては単に剣を突き出すだけの誰でも出来るアクションだが、完全に相手の動きを読み切っての行動だ。タイミングも申し分ない。
実際これを陰から見ていた気獣もこっそり『おお〜!』と歓声を上げたくらいだ。
と言うのも、同じ獲物を襲うにしてもこんなに静かであっさりした殺しは気獣には出来ない。
結果的には動きを読み、位置取りを決めた時点でほぼ仕事は終わっていた。後は飛び出すタイミングさえ合わせればいいだけだ。
仮に、もし勘が外れて位置取りがズレてても特に気にする必要はない。別に無理せずスルーしたら、もう一度先回りして伏兵し直せばいい。
それにこの斥候たちは熟練者ばかり。ゆえに効率的なルート選びをするのでむしろ動きが読みやすい。
これが初心者とかの場合、セオリー無視して想定外の動きをしたりするから逆にやりにくかったりするのだ。
そんな訳で着地の寸前を狙われた斥候兵は、知覚は出来たものの行動には移せずにフェイジの一撃を食らってしまった。
小魔法【迷彩】を纏ってカモフラージュされたフェイジの剣が斥候の脇腹を貫く。
為す術なく刺された斥候だが、最後に声を上げて相棒に警告を届かせた。
フェイジと斥候が縺れる様に転がり、すぐに動きを止める。フェイジの【迷彩】が敵との激しい接触で解除される。
それに気付いたペアの斥候が相棒の元に駆けつけようとするが、フェイジだけが素早く起き上がり【迷彩】を再起動して姿を消した。
消える寸前、フェイジは向けられた視線に対してニヤリと嘲笑った。
「くそォ、ルークッ!」
斥候はすぐさま【探査】で周囲を探るが、相棒を殺った子供はすぐに木の陰に回り込まれて反応を断たれた。
斥候は急いで相棒に駆け寄るが完全に腹部を貫かれていた。ほぼ即死だ。
その斥候兵は天を仰いだ。お互い仕事だけでなく、私生活でも繋がりがあったのだ。整理しきれないやるせなさが心を満たした。
と、不意に斥候はその身を捩る様にしてその場を飛び退いた。
背後から【迷彩】と索敵潰しの【誤認】二つを纏ったフェイジの魔法剣が迫っていたのだ。
「あ…?」
フェイジの剣は僅かに斥候の背に刺さったが、振り払われた盾に弾かれた。
斥候が驚愕の思いを押さえ込み、逆に獰猛な表情で剣を構えた瞬間、気獣がその首を狩り取った。
血飛沫が舞い、切り離された頭と胴がボトリと転がる。
「サンキュ〜♪」
隠れていた気獣(×2)がちょうど上方から降りて来た所だった。一応気獣も邪魔にならない範囲で戦闘に参加したかったのだ。
それにしても、フェイジを子供と見て侮る気持ちもあっただろうが、大人の戦士に平気で向かって行けるフェイジは最早ただ者ではなかった。
最後はちょっとヤバかったが相手の勘が良かったのもある。それにどちらにしろ気獣のサポートがあるのだから多少無理してのゴリ押しはアリだ。何しろ時間は有限なのだから。
そんな感じでフェイジたちもその後、免悟たちと同じく計5名の兵士を殺ったのであった。
えっ!、引き分けか?。クソ……。(免)