5・鎧狼
免悟は歩きながら色々と考えを巡らせていた。早速ここで一つの問題に突き当たったのだ。
この世界における免悟の基本方針としては、スリル&ハーレム方向で行くとして、問題は根本的な生活の事だ。
生活するにはお金がいる。まあモンスターを狩ってそれを売るつもりなのだが、例えばさっきの草原龍。もしあのバカ馬をブチ殺たとして、さてどうするか?。
あんなのどうやって持って帰ればいい?。まあ普通は解体とかもするんだろうが、免悟には無理だしその気もない。
倒せばゲームみたいに消えてアイテムに変換してくれたら助かるんだが。アイテムボックスみたいな四次元ポケット的なものでもあるんだろうか?。
どちらにせよ、倒したモンスターをどうするか?、これは難問だ。それに昨日の門番に聞いた話では冒険者ギルドみたいなものは無いようだし。
経験値の蓄積やレベルアップが無く、殺しても処理に困る現状、手当たり次第モンスターを狩る意味は無い。それどころかちゃんと狩るモンスターを厳選する必要さえあるのだ。そして選んで狩るには知識が要る。不必要な狩りは時間の浪費で無駄手間にしかならない。
あ〜クソ、もっとゲーム風味な異世界が良かったなあ…。と言うかせめてキャラデザやり直したい。
この世界はファンタジー要素はあるが、テーマパークみたいなゲーム世界ではないのだ。
ある意味やっぱりか、と言う思いが免悟の高揚感に水を差していた。なーんか白けた気分になり、免悟はだらしなく荒野を歩いていた。
その時、免悟は何故かふと背後を振り返ってみて驚いた。いつの間にかモンスターがいたのだ!。
うっっわぁお!!
驚きで飛び上がるのを抑えて剣を抜いた。と言っても距離はまだ30mくらいある。
何もないこの荒野で、流石に最後まで気付かずに襲われる事など無いとは思うが、まさかここまで近づかれるとは!。
そのモンスターは鎧狼。
大型犬くらいの狼で、その名の通り毛皮の代わりに鎧のような硬い体皮に覆われている。(説明書より抜粋)
その数4匹。ツルッとした質感の獣だ。鱗の様な皮鎧は毛のある犬よりスマートで、アルマジロが犬型になった感じだ。サイズ的には大型犬くらいだが、細部は逆にがっちりしてる。
つっかデカいなコイツら…!
体重は免悟とそう変わらないだろう。
無理無理!!。
咄嗟に剣を構えた免悟だったが、即座に翻意して【浮遊術】を唱えた。
鎧狼は気づかれたと知るや、各自免悟を取り囲む様に素早く散開した。しかし免悟の体が微かに光る事に気づいた鎧狼は、ハッと動きを止める。
さっきの草原龍もそうだったが、どうやらこの世界のモンスターは、人が魔法を使う時のエフェクト=予備動作と言う概念を理解しているように思える。
おいおい、マジかよ…。
鎧狼は免悟が見た目通りのチョロい獲物ではない可能性を感じ取り、威嚇の唸り声を吐いた。
鼻筋に皺を寄せ、白い牙を剥き出す。
こっ、怖ぇーーよ!。
即座に免悟は上空へ逃げた。【術】が発動し逃げ場を確保できた免悟は、あえて逃げずにやれる所まで頑張ってみようかな〜と軽く考えていたのだ。経験の一つとして。
でもちょっと無理でした!。
目の前にまで迫る鎧狼はそれだけで予想以上の迫力があったのだ。しかも免悟の魔法に対し即座に威嚇で返すと言う緊張感溢れるやり取りに、びびった免悟は情けなくも逃げの一手だった。
無理だよヤバいよ!。
地上3、4mの空中に逃れた免悟はとりあえずほっとする一息付く。
しかし免悟の怯えを見て取り、ただ宙に浮かぶだけの免悟に鎧狼はそれ程の危険を感じなかったのだろう。狼たちは免悟の足下にゾロゾロと集まり出した。
空中に浮かぶ免悟の足下には4匹の鎧狼が…。
まぁたこの展開か…。
なんだか正直うんざりだ。とは言え、空中に逃げてしまえば恐れる物は何もない。まったく【浮遊術】様々だな…。
はっきり言って【浮遊術】は遠距離の攻撃手段を持たない相手には一方的に有利だ。だが使用中は術者の体が微かに発光するし移動速度もノロいので、遠距離攻撃のある敵には格好の的でもある。
空も飛べるなんて超カッコえーとか思った免悟だが、実際使ってみると意外にビミョーだった。
だって基本浮くだけだし…。
今も免悟が左右にフヨフヨ動くと、普通に狼たちもトコトコ付いて来るじゃん。こんなのとてもじゃないが逃走には使えやしない。ましてや戦闘など以ての外だ。
さて、そんな事よりこの状況はどうしたもんかな?。
狼たちは未だに免悟の足下をうろついており、中には後ろ足で首を掻いている奴までいる。
最早完全に未来の餌として免悟が落ちて来るのを待ってる感じだ。
くっ、舐めやがって…。確かに【浮遊術】が無けりゃあ完全に詰んでたよ。だけど今のこの状況は100%免悟優勢だってのが分かっていないようだな!。
さて、恐怖が薄れてムカつき度が上回った所で、さっさととっ散らかったフラグ(鎧狼)を回収するとしよう。
免悟がすぐに行動しなかったのは、使える魔力に限りがあるからだ。呪文2、3発で尽きてしまうクソゲー仕様だ。いきなり上手く遣り繰りしろってのはやはり難しい。
まったくさっきの馬と言いこの犬と言い、初心者と単に力ない弱者との違いが分からん様だ。
ま、モンスターとは言え所詮はド畜生。多少知恵が回るかも知れないが人間程ではない。
早速免悟は呪文の詠唱(自動)をしながら鎧狼のギリギリ真上まで降下した。
狼たちは一瞬驚きで固まるが慌てて散開する。
しかし遅いな!。
「ヘイ【光弾】!!!」
【光弾】は【業炎破】とは違い、単体向け魔法だがその分待機時間はわずか3秒。免悟は一番手近な狼に光の矢を放った。犬っぽい悲鳴と共に一匹倒れる気配がする。
うん、この魔法は使い易くていい感じだ。
狼たちが反転攻勢する事も考慮しつつ大地に降り立った免悟は、【浮遊術】を解除し再び【光弾】を唱える。
しかし発動完了時にはすでに鎧狼たちは【光弾】の有効範囲外に走り去っていた。
いや、一発目の光弾を食らった鎧狼がまだいた。
ヨロけながらも必死で逃げようとする一匹に、免悟は光弾を追い撃ちした。
意外と魔法矢の威力が大した事ないのか、狼の鎧が硬かったのか、それともたまたま運が良かったか。致命傷とはならなかった狼に今度こその二発目を食らわせると、免悟は駆け寄って剣でトドメを差した。
鎧狼は群れで活動するのでかなり危険な上に、機動力もある為なかなか捕らえるのは難しい。だが素材としての価値は結構高いと言う。なので逃がす手はない。
まあコイツくらいなら持って帰れそうだし。
などと思ってた時期がありました。はい、キッツいです。
基本的に重すぎた。なにしろ体重があまり変わらないのだからそりゃそうだよね。免悟もすっかり自分の体が小さくなっているのを忘れていた。
だがせっかく金になるモンスターを仕留めたのだ。しんどいからって放置するには忍びない。
この鎧狼がいくらで売れるかは分からないが、これからどれだけ金を使うか分からない以上、たとえ少しでも金はあった方が良い。金が尽きて異世界で人生詰むとか笑えないし。
と言う事で、とりあえず免悟は鎧狼の片足を掴んで歩いた。
歩き出してすぐ、あまりの重さにこの鎧狼の商品価値とかどーでも良くなった。とりあえずこの死体を街まで引っ張る、ただそれだけの存在に免悟はなった。
途中で何度も休憩を繰り返し、ただひたすら引きずり続ける。
我慢だ、ひたすら我慢の鬼になるのだ。
意味はわかんないが、とにかく頑張る。
数時間後、いつの間にか太陽(人工)が傾き、夕暮れの赤い日差しが横から伸びる頃。免悟の前方に小高い丘が見えた。
もちろんそれは嫌な風景だ。単なる平地でも大変なのに、ほんの僅かでも登り傾斜が付くのだ。正直やってらんない!。
この世界の神に呪いの言葉を捧げたくなった免悟は、とりあえず鎧狼をポイ投げして、自らも大地に倒れ込んだ。
あ〜〜しんど……。
夕日を横目で眺めると真っ赤な大地が美しかった。
おお神よ、俺は死んでしまうのでしょうか?。(いや、そのバカは死んでも治らねーよ?)
こんな時に一人は寂しい。ボケたって自前で突っ込むしかないし…。
その為にも早くハーレムが欲しい。だがハーレムへの道は辛く険しそうだなあ…。
免悟の思考は今や支離滅裂だった。
と、そんな時、何処かで声が聞こえた。
免悟は首だけを動かして、声の聞こえる方向に顔を向けた。
高い壁にも等しい例の丘から人の姿が見えた。結構な数だ。5、6人いるだろうか?。こっちに近付いて来るその姿は、どうやら子供の様だ。
良く見るとかなりみすぼらしい格好をした、小汚ない子供たちだ。
子供たちは騒々しくワラワラ駆け寄って来た。
「うわっ!、本当だ、鎧狼!。スゲっ!」
「お、おい、ヤバいって。他にもまだいるかもしんないんだから、早く戻ろうぜ…」
「そいつ生きてるか?」
「生きてるわっ!」(免悟)
「「「うわあっっ!!!」」」
どうやら免悟と鎧狼は相討ちで死んでる風に見えたらしい。免悟が死体風なまま、身動き一つせずに叫ぶと子供たちはびっくりして後ずさりした。
「お、おい、生きてんの?」(子供1)
「生きてるわ、何度も言わすな!」(免)
「だっ、大丈夫?、起きれる?」(1)
「いや、しんどい…」(免)
「しんどい?。け、怪我は?」(1)
「怪我は無いがしんどい…」(免)
「………」(子供全員)
「こんな所で何してんの?」(子供2)
「実はな…」(免)
免悟はこれまでの粗筋をざっくり語った。とりあえず体は動かしたくなかったが、口だけなら全然動かせたのだ。
なんか知らんが免悟のバカみたいなあらましを聞いた子供は思った、「バカだな」と。
「バカじゃん」(子供2)
「思った事をそのまま口に出すな、長生き出来ねーぞバカ野郎…」
思った事をつい口に出してしまったKYな子供が一人いたが、免悟こそ主人公にふさわしい賢明な行動をぜひ取って欲しいと思う。
こうして不貞腐れた主人公は、異世界の小さな子供たちによって無事回収されたのだった。